俺様の美技に酔いな 28

「ご馳走様」
 夕食は美味しかった。流石、母倫子も洋食が得意なだけはある。
(ただ――乳臭いんだよなぁ。牛乳って)
「リョーマさん、リョーマさん」
 風呂から上がったリョーマに菜々子が手招きをする。
「何? 菜々子さん」
「はい。お母さんから」
 そう言って差し出されたのは牛乳二本。リョーマはついしかめ面をしてしまった。――いくら背を伸ばす為とはいえ。でも、これを飲んだら、跡部よりも大きくなれるだろうか。リョーマはついそんなことを考えてしまう。
「ほら、乾さんからも勧められたんでしょ?」
 倫子も口を出す。
「一体牛乳の何がそんなに嫌なの?」
「牛乳二本は多過ぎるよ……さっきポテトグラタン食べたばかりだし。あれにも牛乳いっぱい入っているでしょ?」
「リョーマ。好き嫌い言ってると大きくなれねぇぞ」
 南次郎がにやり笑いをしながら言う。新聞を携えて。
 ――仕方ないか。
 牛乳を飲むとお腹がゴロゴロ鳴るというクラスメートもいたが、リョーマは幸いにして胃腸は丈夫な方だ。
 蓋を取って牛乳を飲む。
「いい飲みっぷりだぜ。リョーマ」
 南次郎がウィンクした。
「明日で都大会は終わりだからね。牛乳なんかにつまづいてらんないや」
 リョーマは二本目を口にする。南次郎がリョーマの飲みっぷりに拍手をする。
「やんややんや。その分なら、お前さんすぐ伸びるな」
「うん……そうだといいけど」
 リョーマは口を拭う。
「俺も昔はチビだった。でも、今じゃこん通りだ」
「そっか――」
 良かった。リョーマは心の中でほっとした。何といっても、南次郎はリョーマの目標であるのだから。――例え、美女のグラビアアイドルに目がない父親とはいえ。
(跡部さんも俺の目標になった――)
 絶対勝ってやる! 跡部さんにも、手塚部長にも。それから――南次郎にも。
 それから――不二先輩にも。
 青学には強い選手が多い。青学に来て良かった。今は心底そう思える。
(桃先輩――当然アンタにも負けないっスよ)
 リョーマは拳をぎゅっと握り直した。
 準決勝は銀華中だ。乾のデータによるとかなり強いらしい。乾のデータは頼りになるから――。
(まぁ、乾先輩のデータテニスは好きになれないけれどね――)
 リョーマはカルピンと一緒に自分の部屋に戻る。勉強はしない。先生方から応援をいっぱいもらった。
(越前、頑張れよ。俺も頑張るから)
(越前君、準決勝まで行くなんてすごいわね)
(試合が終わったら勉強も頑張ること!)
 目を瞑ると先生達の声援が聞こえてくるようだ。いい学校だ。勉強にも力を入れて、テニス部は強くて。
(親父――俺を青学に入れてくれてありがとう)
 いつか、それも口に出して言えることが来るだろう。今はまだ、そう思うだけでも――。
 青春学園は南次郎の母校だ。だから、強い少年達が集まる。今の青学があるのは、越前南次郎の力も大きい。
 そして、南次郎の恩師――竜崎スミレ。
(ばあさんもよくやるよね。親父の面倒も見てくれたんだから)
 南次郎は手の焼ける悪たれだったに違いない。リョーマはくすっと笑った。
 カルピンが抱いてくれ、というように、
「ほぁっ、ほぁっ」
 と、鳴いた。
「ほらほら、カルピンおいで――」
「ほあら~」
 ――今日もいっぱいLINEが来た。
『油断せずに行こう』
『明日頑張ろうね』
『俺達は負けねぇ』
 ――などなど。
 桜乃からもLINEが来る。
『リョーマくん、頑張ってね』
 リョーマはこう返した。
『もちろん。負ける気しないもんね』
 堀尾やカチロー、カツオからも来た。
『がんばれ! 越前! 俺達の為に!』
『リョーマくんなら負けないよ』
『僕も応援してる。一年レギュラーで試合にここまで勝ち進むなんてすごいよね』
 何だろう、プレッシャーが、今は心地よい――なんて。
 でも、心の底に寂しさがうずくまっている。――あの人がいないからだ。
(氷帝も大したことないよね。不動峰に負けるなんて)
 そんなことを思っても、寂しさは消えない。リョーマは願った。5位決定戦で氷帝学園が聖ルドルフに勝てるように。それは、不二の弟、裕太とまた戦いたい気はあるけれど。裕太は観月に逆らってまでラフプレーを断ったのだという。不二周助の弟なだけのことはある。
 関東大会で会えるといいね――。
 リョーマはそっと心の中で呟いた。そして、膝の上のカルピンを優しく撫でる。カルピンも気持ち良さそうに尻尾をゆらゆら揺らしている。
 空気入れ換えよう――。カルピンを持ち上げてリョーマは窓を開けた。涼しい風が入ってくる。
(ああ、気持ちいい――)
 風がぶわっとリョーマの髪を巻き上げようとする。まだ髪は濡れているのだが。カルピンも満足げに鳴く。
 明日は晴れそうだな。
 リョーマはベッドにカルピンと一緒に戻るとLINEにメッセージを残して寝た。
『俺達は絶対勝つから』

 そして、明日。都大会後半――。
「あれ?」
 不審者どもがこちらを見ている。一応隠れているつもりらしい。
(なんだ。この間の――確か俺と戦った奴ら――)
 何しているんだろう――リョーマは知らなかった。これでもそいつらは偵察に来ているらしいことを。
「ああっ! あの御方は――!」
 リーダーらしき男が叫んだ。
「なぁんだ。アンタら、ボール取り返しに来たの?」
 リョーマがラケットを構えた。
「返さないけどね」
 うう……と、相手の唸り声が聞こえる。それでリョーマは気が晴れた。今なら何だか銀華中にも圧倒的に敵う気がする。
 鼻歌を歌いながらリョーマは去って行った。
 リョーマは気が付かなかった。彼らこそが乾達の意識している銀華中だということを――。

 そして、青春学園の選手達がグラウンドに並んだ。向こうには銀華中の選手も。
(――あれ?)
 リョーマは、さっき会った奴らだなと思った。そうか。あいつらが銀華中か――。リョーマは無表情のまま銀華中の学生を見た。
「行くぜ!」
 銀華中の連中が前に出た。宣戦布告かな――青春学園のレギュラー陣が身構えた時だった。
 銀華中の選手がぺこぺこし出した。
「すみません。お腹痛いんで棄権します」
 ――青春学園の不戦勝であった。
 なんだ。しっこしのない奴らだな。リョーマも呆れてしまった。こういうここ一番の時は根性見せなよ――リョーマは失望した。もしかして山吹中や氷帝学園はそんな連中じゃないとは思うけど。リョーマは帽子を直した。

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2019.09.19

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