俺様の美技に酔いな 27

「ありがと。桃先輩」
 リョーマが礼を言う。
「おう。俺は越前のアッシーだぜ」
「それ、古いっス。桃先輩」
 南次郎がつっかけを履いて外に出ようとした時だった。カルピンも一緒である。
「よぉ、桃城じゃねぇか。リョーマの先輩の」
「こんにちは。南次郎さん」
「かたっ苦しい挨拶は抜きだ。――おい、ちょっと打ってかねぇか?」
「いいんですか?!」
「親父……明日も都大会あるんだから桃先輩早めに返してくださいよ」
「だって、南次郎さんがせっか稽古つけてくれるというんだから――」
「わかりました。じゃあ、俺も付き合いますよ」
「何で?」
「――桃先輩夢中になると止まらないんですから」
「あー、じゃついて来い、桃、リョーマ」
「あの、南次郎さん、ラケットは?」
 桃城の指摘に南次郎は手元を見た。
「――と、わりぃ。うっかりしてたわ」
 ……こんなんで大丈夫かなぁと思うリョーマであった。

 雨上がりの爽やかな風が薫る。道にはところどころ水溜りが出来ていた。子供の頃は長靴で水を跳ねさせて母に注意されたものである。
 尤も、今はリョーマもそんなことはしないけど――。
 この近くに寺がある。南次郎はそこの住職だ。
 リョーマはここのコートで南次郎と毎日打ってる。――そして、毎日負けてる。
(跡部さんに負けるようじゃ、親父にも勝てないよなぁ……)
 リョーマは最大のライバルを南次郎だと見据えている。跡部が目の前に現れるまでは。
 あの人、伸びしろもすごそうだった。
 あの背丈で中三だって言うんだから、神様は狡いよ。リョーマは信じてもいない神に対して愚痴をこぼす。
 背丈以外では負ける気しないんだけどな――。
 そんなことを考えながら、ぼーっと桃城と南次郎のゲームを眺めていた。
「はぁっ、はぁっ……楽しかったっス。南次郎さん」
「明日は都大会なんだろ? もうゆっくり休め」
「そうっスね」
 桃城はいっそ爽やかな笑顔で引き下がった。流石、引き際を心得ているのだ。
「リョーマもやっか?」
「んじゃちょっとだけ」
 ――今日もリョーマは南次郎に勝つことは出来なかった。ハンデがないとはいえ。
「ちぇっ」
 リョーマが舌打ちした。越前南次郎からポイントを取るのは至難の業だ。例え、こんな飄々とした生臭坊主でも――。
(跡部さんは、どこか俺の親父に似てる――)
 何となく、前からちらとそんな気がした。雰囲気とか、纏いつくオーラとか――。そして、男としての自信もある。
 南次郎の自信を突き崩すつもりは毛頭ないが、跡部なら――。
 跡部の自信を破った後、リョーマは言うつもりだ。――付き合って欲しい、と。
 それにしても、跡部を倒さなきゃ意味がない。
(跡部さん、跡部さん跡部さん跡部さん――)
 リョーマはぎゅっと拳を握りしめた。――そういえば、リョーマはまだ跡部に出会ってもいないのだ。
(出会ってもいない相手に恋なんて――俺もまだまだだね)
「疲れたか? リョーマ」
「親父みたいなおじさんと違うよ。一晩寝れば治るって」
「言ったな、この……」
 親子のじゃれあいが始まった時――タオルで汗を拭っていた桃城が言った。
「じゃあ、俺、そろそろ帰ります」
「お母さんに宜しく言っといてくれよ」
「わかりました。母も喜ぶと思います。母は南次郎さんの現役時代からのファンですから」
「おうおう、嬉しいこと言ってくれるね」
「じゃな、越前。明日頑張ろうな」
 そう言って桃城は自転車で帰って行った。
「ちゃんと友達付き合いしてんじゃねぇか。リョーマ。安心したぜ。おめぇはすっかり仏頂面になっちまったもんな」
 南次郎はリョーマの頬をグイ、と広げた。
「はひふんほは」
 南次郎が面白そうに眺めてから離してやる。
「ははは。見かけはまだまだチビ助なんだけどな……牛乳の飲んでるか?」
「……一応」
「ちゃんと飲まなきゃダメだぞ。おっきくならないぞ~」
「ちぇっ」
 跡部さん、告白するのは俺があなたより大きくなってからでも構いませんか――?

「母さんと菜々子さんがポテトグラタン作ってくれたんだ」
「また洋食~?」
「そう言うなって。牛乳嫌いのお前の為に作ってくれたんだぞ。旨いぞ」
「そりゃ、母さん達の料理は美味しいけどさぁ……」
 南次郎も和食派だ。味覚は親子でも似るのであろうか。ホワイトソースの匂いにひくひくと鼻が蠢く。カルピンもそうだった。傍で菜々子がクスクス笑う。
「ほあら~」
「カルピンも食いたいってさ」
「親父……カルピンの言いたいことわかるの?」
「わかるさ。長い付き合いだからな」
「俺の方がカルピンの言葉わかるっての!」
「ほあら~」
「何言い合いしてるの? あなた。それにリョーマ。さっさと席に着きなさい。ああ、その前に手をちゃんと洗ってね」
「わかってるよ。母さん」
 倫子は南次郎が頭が上がらないただ一人の人間である。南次郎はへらへら笑いながらぽりぽりと頭を掻く。
 リョーマは倫子との昔のやり取りを思い出していた。
(カルピンの分はないの? 茶碗蒸し)
(あんまり人間の食べる物をあげない方がいいのよ。猫には)
(ふぅん、猫ってつまんないね……)
(まぁまぁ。ミルクあげましょ)
 カルピンは牛乳が大好きだ。こういうところはリョーマに似なかった。牛乳飲んで大きくなれるんなら、カルピンなんてゴジラ並みに大きくなりそうだ。
 ――リョーマが吹き出した。
「何だ? 小僧。思い出し笑いか?」
「まぁね。そんなとこ」
「何かあったのか? 桃城という奴のことか? 家族や先公のことか?」
「秘密」
「おうおう。うちのリョーマは日増しに秘密が増えてくなぁ。いいことなのかそうでないのか――まぁ、いっか。お前とはテニスが出来ればそれで」
「――うん」
「男はテニスで語り合う。うちの家訓だったよな」
「まぁ、そうだけど――」
 テニスを嫌になったことなんてただの一度もなかった。父も母もテニスが好きだからその影響かもしれない。ロサンゼルスでは兄貴のリョーガと共にテニスの試合を見ていた。
「いつか母さんも俺と試合しない?」
「そうね。でも、しばらくラケット持ってないからカンを取り戻さなくちゃ。というか、ラケットのガットまた張り替えなくちゃ。グリップ剥がれてないかしら――」
 倫子はすっかりやる気満々だ。従姉の菜々子も大学のテニス部に通っている。テニス一家と笑う奴は笑えばいい。リョーマ達はテニスで繋がっている。

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2019.09.07

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