俺様の美技に酔いな 26

 銀華中か――。
 乾がやたら意識していたけれど、どんな強敵なんだろうとリョーマもわくわくした。
 乾が銀華中を偵察した時以来、訓練は厳しさを増した。
 ――まず、パワーアップしたのは汁だった。
「ぐぇっ!」
 それを飲んだ部員達が次々と犠牲者になっていく。
「ペナル茶だよ――なんてね」
 何が入っているのかさっぱりわからない。臭さもリョーマ達の鼻に届く。冗談じゃない。あんなもの飲めるか!
 皆スピードアップした。
 そして、レギュラー陣は全員揃ってゴールイン!
 それからすぐに紅白戦。不二とリョーマ。
(ま、不二先輩には恩みたいなモンはあるっスけど、手加減はしないっスよ!)
 ――不二がボールを打った。

 そして――雨が降る。
 リョーマはまだ続けたかった。不二もそのようであった。だが――。
「明日は都大会後半戦じゃぞ」
 紅白戦で雨に濡れて風邪をひいたら元も子もない。スミレの判断は尤もだった。
「ちぇっ」
 リョーマは舌打ちした。不二相手だったら、もしかしたら全力を出せるかも、と思ったのだ。
 今日の分は明日、暴れ回ろう。――リョーマはそう決めた。
 氷帝学園でないのが残念だけど。それに、不二との決着もつけられなかったのも残念だけど――。
 帰る頃になったら雨は上がった。通り雨だったらしい。虹も綺麗に出ている。
「なーんだ。雨やんじゃったじゃん」
 これなら雨、降ってくれない方が良かったのに――リョーマは心の中で愚痴をこぼした。けれど、すぐに気持ちを切り換える。
(まぁいっか。明日があるんだから――)
 リョーマはいつものように桃城の自転車の後ろに乗っていた。
(うーん、気持ちいい。それに、青学に来て良かった。だって――)
「ねぇ、桃先輩。俺、青学に来て良かったっス」
「んー?」
「面白いっスもんね。バケモノが二人もいるなんて――」
「ははっ、三人の間違いだろう」
 桃城に訂正されて、リョーマも笑った。バッチリ決まり過ぎな青春って感じだね、とリョーマは思った。
 これで跡部さんがいれば――彼もきっとバケモノの一員だろう。公式戦でなくとも、どこかで試合したいな、とリョーマは考える。
「桃先輩。いつかストリートテニス場行きましょうね」
「ええ? でもあそこ、ダブルス専門だろ? ダブルス専門なんて需要があんのかどうか知らんけど」
「けど、人いっぱいいたじゃん」
「でもなー、お前、ダブルス苦手って言ってたじぇねぇか。――協調性ねぇんだから」
「桃先輩も人のこと言えるんですか」
「確かに言えねーな、言えねーよ」
 桃城が笑った。桃城は底抜けに明るい。けれど、頭は良く、流石青学のくせものと呼ばれるだけのことはある。――学力は海堂に負けているようだが。
(俺は学校の勉強よりテニスに力入れてんだよ!)
 桃城はいつだったか得意げに自慢して、スミレ先生に、
(勉強にも力入れんかい!)
 と、怒鳴られていたけれど――。
 桃城が勉強に本気になれば、それなりの点数は取れるんじゃないかとリョーマは思う。不二もそう思っているらしいし、井村先生も同じ意見らしく――。
(桃城君は元々の頭はいいんだからね。努力すればかなりいいとこ行けるわよ。ただし、努力すれば――ね)
 桃城自身がその話を部活でしていて、皆を面白がらせた。
(でも、仕方ねぇよな。数学よりテニスの方が面白いんだもんな)
(桃ちゃん先輩ならどっちも両立できるよぉ)
(ほんとか? サンキュな、堀尾)
 どこにでもある部活の、どこにでもある会話。なるほど、日本の学校の部活とはこんなものなのかと、リョーマには新鮮に映った。リョーマは今までアメリカにいたのだから――。
「桃先輩。俺、青学に――テニス部に来て良かったっス」
 それだけでも、日本に来た甲斐があった。いや、跡部と会えたのも日本に来たからで――。日本にはあんな選手もいたのかと舌を巻いた。
 日本人は控えめだと聞いてたけど、あんな派手好きな男もいるんだな――と。
 それが見事に決まるものだから――リョーマは跡部に魅せられた。
 まだリョーマの父、越前南次郎には敵わないだろうけど。南次郎はあれでも、世界のトップクラスで戦った日本人なのだから――。
(ま、親父に敵わないのは俺も一緒だし――)
 ちゃんと跡部と話したいなぁ、とリョーマは望む。きっとテニスでの話は合うだろう。それとも、跡部と喧嘩になったとて、それはそれでいい思い出になるだろう。
 夕風が涼しい。氷帝学園。頑張って滑り込んで欲しい。
(そしたら関東大会できっちり俺がやっつけますからね――)
「何か考えてるのか? 越前」
「うん。ライバル達のこと」
「ああ。お前、負けず嫌いだもんな」
「桃先輩だって」
「ははっ、違ぇねぇ」
 リョーマはハンバーガーを食べ終えた。
「手塚部長からして負けず嫌いだもんなぁ――青学テニス部は」
「伝統っスかね」
「いい伝統だぜ。勝つまで必ず努力するんだもんな」
「オレも――三人のバケモノに勝つまで頑張るっス」
「ふっ」
 桃城が息を吐く。
「嬉しいぜ。青学のバケモノの中に俺を入れてくれて」
「誰も桃先輩のことは言ってませんよ」
「なっ……!」
 桃城が絶句するのへ、リョーマがクスクス笑う。
「なぁ、リョーマ。『ここにだけは絶対負けたくない』という学校はあるか?」
「山吹中と氷帝学園」
 リョーマはズバッと言い切った。
「へぇ……意外だな。意外じゃねーの」
「何で?」
「お前だったら、『目の前の敵をやっつけるだけ』とか言いそうだったけどねー。山吹はわかるけど、氷帝までとはねー。ま、氷帝はお前、なかなか意識してたらしいけど――都大会でルドルフに勝つのは確実だって下馬評だもんな」
「うん……」
 目の前の敵をやっつけるだけ。確かに少し前なら、そう言ってただろう。桃城も青学のくせものと言われているのは伊達ではない。桃城のライバル、海堂薫も桃城のことは認めている。認めているけど、どうも、この二人、張り合ってばかりいるのだ。同じ二年ということもあるのだろうか。
(いや、それだけじゃない――)
 桃城も海堂も確かにお互いを意識しているのだ。だからこそ、喧嘩する。でも――。
「桃先輩……学校では夫婦喧嘩、少し控えてくださいませんか?」
「あ? 俺に奥さんなんていたっけ?」
「いるっしょ。スネイクが得意な人」
「わぁっ! やめろやめろ! あんなマムシ! 俺はカワイ子ちゃんが好きなの! あーもう! お前も知ってるだろ! 橘妹とかああいう子が好きなの! 俺は!」
「冗談っスよ」
「――気持ちわりぃ冗談やめろよ……。あー、心臓にわりぃ……」
 そうか。桃先輩は男を好きな男のことを気持ち悪いと思ってんのか――……。
 リョーマは少し落ち込んだ。例え、桃城のいうことが正しいとしても。今は令和の世だというのに、日本ではBLとかいうものも流行っているみたいなのに、まだ同性愛には偏見があるのか――と。
 けれど、桃城には祝福してもらいたかった。あのきつめだけど澄んだ瞳で、
(リョーマ。恋を知ってめでてぇなぁ。めでてぇよ)
 とか言ってくれて――妄想なのはわかっているけど。この間のやり取りはリョーマもジョークとわかっていたけれど、今は二人きりだし、少しは本音も出てくるものだと思ったから――。
 それよりも、まだ都大会は終わっていない。負ける気はないけど、油断なんてしたくない。銀華中という強敵もいるようだし――それに、山吹中の亜久津にも負けたくない。多分、山吹中は決勝に上がるだろうから。
 着いたぜ。――そう言って桃城がきゅっとブレーキを踏んで自転車を止めた。

次へ→

2019.08.28

BACK/HOME