俺様の美技に酔いな 25

「ほあら~」
 カルピンがまた鳴いた。猫なりに心配してくれているのだろう。
「カルピン……俺の気持ちがわかるの?」
「ほあら~」
「……へへっ」
 リョーマの頬が緩んだ。言葉なんかいらない。カルピンとは気持ちで通じ合っている。
「あがるよ。カルピン。乾かしてやるよ」
 リョーマが毛皮をドライヤーで乾かしてやっている間、カルピンは大人しくしていた。
「ん。いい匂い。シャンプーの匂いだね」
 ふわふわの毛並みになったカルピンを撫でてやると、カルピンは気持ち良さそうに喉をゴロゴロ鳴らした。
「おーい、飯だぞー」
 南次郎が呼びに来た。そういえば、お腹空いた。
「カルピンもハラ減ってるだろ。ほれ。エサ用意しといたからな」
「ほあら~」
 南次郎がカルピンに話しかける。リョーマに対する程ではないにしろ、カルピンは南次郎にも懐いている。カルピンは南次郎と共に去って行った。
「あ、カルピン……」
 ――俺よりエサが大事か……。
 やっぱり猫だ。リョーマはぷぷっと笑いながらついて行った。
 だが、その上機嫌は長くは続かなかった。
 南次郎は食事時に、
「リョーマは男が好きみたいだぜ」
 と、大事な秘密を笑い話にして、リョーマをひやひやさせた。
(俺が興味のある男と言ったら跡部さんしかいないのに――)
 倫子と菜々子も笑ってた気がする。
「親父の馬鹿……」
 思春期は人を訳もなくナーバスにさせる。南次郎のデリカシーのなさにリョーマは目に涙を滲ませた。勿論、自分の部屋に帰ってからであるが。
 リョーマはそこでひっそりと、南次郎と、自分をこんな風にさせた跡部景吾を恨んだ。
 ――その時、メールが来た。
「――何だろ」
 メールは手塚と不二と乾からだった。手塚と不二のメールは少し前に届いていたらしい。今届いたのは乾からのだ。
 リョーマは乾からのメールを見た。
『都大会で戦う銀華中の練習風景を見た。かなりスパルタの様子だった。我々も負けないよう、乾汁の新作を作るから楽しみにしてくれ』
「げっ!」
 涙も吹っ飛んだ。喜んで飲むのは不二くらいのものだろう。それから、不二に手塚――。
『準決勝、頑張ろうね。コンソレーション(五位決定戦)でルドルフが勝つといいんだけど……裕太の為にね』
『準決勝、油断せずに行こう!』
 手塚のは当たり障りのない文面。だが、リョーマは胸の中に小さな灯が点ったような気がした。――不二と手塚、この二人、お互いはどういうメールのやり取りをしているのだろう。
 気にはなったが、プライバシーがあるので、この三つのメールに対する返信は放っておくことにした。そもそも、リョーマは気紛れにメールの返信をしたりしなかったりする。それを気にして責めるような人間はリョーマの周りにはいない。
 不二と裕太の兄弟対決は気になったが、
(跡部さん――いや、氷帝が勝つよね)
 と、思いながら、部屋から出た。カルピンが足元に纏わりつく。決して誤ってもリョーマは蹴り飛ばしたりしないことを知っているのだ。でも――邪魔だ。
「こら、カルピン。あんまり足に絡みつくと蹴っ飛ばしちゃうよ」
「ほあら~」
 カルピンはリョーマの足にじゃれつくのを止めない。
「弱ったな……」
「おい、母さん。風呂入っていいか?」
 南次郎の声が階下からした。リョーマはまだ南次郎を許した訳ではない。階段で足を止めたリョーマは不機嫌さを募らせて、
(好きにすれば)
 と、思った。そして、その言葉を口に出しても言った。――好きにすれば。
「おい……今の声、リョーマか? 俺は母さんに言ったんだけど、リョーマ……お前も随分ご機嫌斜めじゃねぇか。……もしかしたらさっきのことまだ怒ってんのか?」
 そう言う南次郎に対して、リョーマは目を瞑ったまま何も答えなかった。
「ちっ、無視かよ。可愛げなくなって来たな。リョーマも。だけど……さっきは悪かったな」
 ――……何言ってんのさ。
 リョーマが心の中で呟く。けれど、南次郎も罪悪感は感じているようだった。
(まぁ、いいか――)
 そう思えたきっかけがチームメイトからのメールにもあったとしても、リョーマは素直には認めなかったであろうが。けれど、そうだったのだ。――多分。
「――いいわよ」
 母倫子が南次郎に対して答える。リョーマはカルピンと共に下へ降りた。

「あら、リョーマ」
「リョーマさん」
 倫子と菜々子がリョーマに声をかけた。
「手伝うよ、母さん」
「いいのよ。都大会の準決勝ももうすぐだし、今日はすごい大活躍したって話だものね」
「親父から聞いたの?」
「まぁ……そう、ね」
 倫子はつっかえながら答えた。
「ねぇ、リョーマ。父さんを許してやってね」
「ん~……」
 リョーマは目を瞑って腕を組んだ。
「父さん、ああいう質だから、リョーマも気に障ることがあると思うの。でも、悪気はないんだから――」
「でもさ、男好きみたいなこと言われちゃ……」
「そう。後で母さんからも言っとくから」
 倫子が力こぶを作ろうとする。勿論、いつもの細い腕でだが。リョーマは、南次郎が少し気の毒になった。自業自得とは思っても。
「リョーマが男の子好きになったって、母さん、ちっとも悪くないと思うの。体育会系の男の子にはありがちでしょう?」
「母さん……」
「その恋が実るかどうかは神のみぞ知るだけど――」
「母さんは、気持ち悪いとか思わない訳? そのう……初恋が男とか……」
「だって、リョーマまだ中学生じゃない。憧れと恋が一緒になっても無理もない時期だと、母さん思うわ」
 倫子はわかっている。リョーマが跡部に憧れていることを。――いや、倫子は跡部の存在を知らないけれど。
「母さん、ありがとう」
 倫子の言うことは常識論であるかもしれない。でも――リョーマには救いになった。自分は跡部を想っていていいんだと――リョーマは自信を取り戻す。
「母さん。都大会では絶対青学優勝するからね」
「頑張ってね。リョーマ」
「うん!」
 足元ではカルピンも、飼い主のリョーマを応援するかのように「ほあら~」と鳴く。
「あら、カルピンもリョーマさんのことを力づけようとしてくれているわよ」
 ――菜々子が言う。
「ありがとう。カルピン」
 ――そして、ありがとう。菜々子さん。
「テレビ観ていい? 親父が上がるまで」
「いいわよ。まだ時間早いし。――テニスでも観るの?」
「うん。今日錦織選手の試合があるんだ」
「リョーマは錦織選手が好きねぇ」
「だって強いし、同じ日本人として、応援したくなるじゃない」
 そして、リョーマは将来は錦織選手みたいなテニスプレイヤーになりたいと思った。それにはまず、跡部や南次郎に勝たないといけないと思うけれど。
(銀華中って強いみたいだな。頑張んないと)
 リョーマが今日ぼろぼろにした相手。――それが銀華中の選手であることを、リョーマはまだ知らない。乾は銀華中のことをとても気にしているようだったけど、彼も今日のことは知らない。
「そうだ。DVDに録画しよ」
 リョーマは南次郎がセクシーアイドルを録ったDVDにテニスの試合の番組を上書きした。――勿論、わざとだ。このことで南次郎が、永久保存版だったのに~、と泣きながら悔しがるのは数日後のことである。

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2019.08.17

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