俺様の美技に酔いな 22

「遅いね、桜乃……」
 小坂田朋香の言葉にリョーマも頷く。
「ちょっと――見て来る」
「気をつけてね」
「うん、ありがと――優しいね、リョーマ様」
 別に優しいという訳じゃない。桜乃は妙にトラブルに巻き込まれやすいので、それを危惧しているのだ。まぁ、心配と言ってしまえばそうなんだろうけど――。そして――確かに桜乃はしっかりトラブルに巻き込まれたようだ。
「リョーマ様っ! 桜乃が!」
 朋香がリョーマのところに走って来る。リョーマは思った。
(やっぱり、何かあったな――)
「リョーマ様、桜乃がね――」
「話は後。竜崎はどこ?」
「あのテニスコート!」

 テニスコートでは桜乃が男子達に因縁をつけられているらしい。
(ああいうのは、おろおろしてるから面白がられるんだよな――)
 リョーマはラケットを構える。そして――。
 桜乃を苛めているらしいリーダー格の少年の頬に思い切りボールをぶつけてやった。
「悪いね。ボール入っちゃった」
 勿論、わざとだ。リョーマはフェンスの穴を狙って、相手の頬にボールを当ててやったのだ。
「ボール見つかった? 竜崎」
「う……ううん」
 コートにはボールが散らばっている。
(そっか――これじゃキリがないもんね)
 頬にボールの跡をくっきり残した男が何か喚いていたけど、スルーした。――朋香が叫ぶ。
「リョーマ様! アイツ後ろ手にボール隠してるよ! 見えたもん! リョーマ様印の私達のボール!」
(――……ふぅん。オレの印のボールね)
 あんなボールによく絵が描けたな、と思うのであるが。朋香はリョーマのことを様付けで呼んでいるくらいだし、リョーマに心酔しているのだ。元気過ぎて少しうるさいけど、悪い子ではない。
(俺には過ぎた子だな――)
 竜崎桜乃もそうである。
「竜崎ってさ、絶対越前に気があるって」
 そう言って笑う堀尾の頭にチョップを食らわしたことがある。
 ――ま、準備運動と行きますか。コーチとしての責任もあるしね。例えギャラはまんじゅうひと箱でも。埃っぽいコートでリョーマはラケットを構え直す。
 リョーマは言った。
「一人十球」
「何だと……!」
「試合してオレが負けた時点でボールは諦める。その代わりアンタたちが負けたらボールを十球ずつ調べる……ゲームだよ」
「ははっ、そんなことが出来たらボール全部持って行ってもいいぜ」
(よっしゃ! 罠にかかった!)
 リョーマは密かに心の中でガッツポーズをした。頬が腫れている少年はさっきの恨みもあるだろう。全力で来る。
 そうでなくては面白くない。
 これは、ゲームなのだ。
 相手はリョーマがチビなので、油断しているだろう。さっきのはマグレだとでも思っているかもしれない。
「だ、大丈夫? リョーマ様……」
 気のいい朋香は本気で心配している。
「平気平気」
 リョーマは不意に桜乃を見る。桜乃は遠慮がちに微笑みながらこくんと頷く。リョーマが負ける訳ないと信じているのだ。今までの経験で。

 ――リョーマは結局、テニスコートにいた三十人を倒してしまった。
「やっぱりリョーマ様は凄かったわ!」
 ルンルン気分の朋香がはしゃいでいる。
「ねぇ、リョーマ様ー。私達のボールあったー?」
「あ、あんなとこで寝ちゃってる」
 と、桜乃。
「そうよね。リョーマ様、三十人に勝ったんだもんね。あの人達もわりかしやるけど、リョーマ様には敵わなかったわね!」
「やっぱり強かったんだ。……あの人達」
「リョーマ様でなけりゃ、勝てなかったわよね」
 リョーマは二人のやり取りを夢うつつに聞いていた。
「お、朋ちゃんは相手の力量がわかるのかい」
「ほんの少しね。南次郎おじ様」
 朋香もほんの少しでもテニスをかじったからわかるのだろう。
「でも、私、リョーマくんに悪くって……」
「いいんだよ。こいつにはこのくらいやんなきゃ。どうしても倒したい相手がいるらしいからな」
「へぇ……」
 朋香は大声で叫んだ。
「リョーマ様頑張ってー!」
「朋ちゃん……リョーマくん、試合で疲れてるんだから……その……原因は私だけど……」
「リョーマ様なら誰だって倒せるんだから、ね」
「――あ?」
 リョーマの目に飛び込んで来たのは、小坂田朋香の全力の笑顔であった。そして、荷台にばらばらになったボールを見つめた。
「これ、どうすっかなー」
「どうせだから、君らの物にしちまえ。朋香ちゃんに桜乃ちゃん」
「はい! 今日の記念にします!」
「もう……朋ちゃん……」
「リョーマ様の無敵伝説にまた1ページが加わったわね!」
 リョーマはくすくすと笑った。銀英伝のナレーションじゃあるまいし。
「リョーマ様……笑ってる……可愛い……」
 朋香はぼーっとなって、それからスマホ、スマホ、と荷物を漁り始めたようだ。リョーマにとっても、今日のことはいい思い出になりそうだ。けれど、跡部はきっとこんなものじゃない。
(ま、練習台になってくれてありがとう、と言っておきますか。今日の相手には)

「ここでいいんだな。桜乃ちゃん」
「はい。ありがとうございます」
 朋香は一足先に家に着いたので、もう車から降りている。いっぱいのボールを持って。
「……リョーマくん、今日もありがとう」
「あのさ、竜崎。余計なことかもしんないけど、少しは気をつけた方がいいと思うよ」
「す、すみません……」
「ま、悪いのは竜崎じゃないんだけどさ。あんまおどおどしてるとなめられるから気をつけて」
「う……うん……」
「おうおう、若いねぇ。青春だねぇ」
 南次郎が茶化す。
「たく、あのバアサンにこの子がねぇ……どこに行ったんだろうねぇ、バアサンの遺伝子は」
 ――それは、リョーマも思ったことであった。
「りょ、リョーマくん!」
「何?」
 リョーマは車に乗るところであった。
「あ、あの……私、強くなるっ!」
「あ、そう。頑張って。――そうだ」
 リョーマが取り出したのは朋香の描いたリョーマ印のボール一個。
「これだけ、見つかったから」
「あ、ありがとう!」
 南次郎が、「この罪作りめ!」と車に乗り込んだリョーマをどやす。リョーマには何故だかさっぱり訳がわからなかった。それよりも、三十人斬りですっかりポロシャツが汗だくになってしまった。早くシャワーを浴びて着替えたかった。

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2019.07.16

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