俺様の美技に酔いな 21

 テニス部の都大会では、青春学園は聖ルドルフを倒してまずは快調な滑り出しを見せた――。

 リョーマが夢の中で聖ルドルフの観月はじめにテニスボールをぶつけてやっつけていると――。
 南次郎がリョーマを起こした。
「うぉーい。リョーマ、出かけるぞー」
 饅頭をもぐもぐさせながら南次郎が言う。何だ、親父か――と、リョーマは眠い目を擦りながら考える。今日は休みなのに。ゆっくり寝かせて欲しい。
 跡部が夢に出て来なくて良かった。観月を打ちのめす夢なら、まぁ、すかっとはするし。
 着替えて階下に降りると、魚を焼く匂いがした。この匂いは――もしかして鮭?
「おはよう。母さん。菜々子さん――今日は和食なの? 美味しそうだね」
「あらあら。和食だとリョーマさんの機嫌がいいわね。そう、鮭の塩焼きよ」
 菜々子がくすくすと笑いながら言った。
「おい、早く来い、リョーマ。時間が押してんだ」
「何だよ、親父。――ご飯ぐらい食べたっていいでしょう?」
「いいや。もう既に時間がねぇんだ。――乗れ」
「ちぇー。菜々子さん、鮭の塩焼き、それ取っといてくださいよ」
「わかったわ」
 菜々子がまたくすくす笑った。リョーマは肩を竦めた。
(親父の用なんて――)
 リョーマは思った。どうせろくでもないことに決まっている。
「おら行くぞ」
「…………」
 リョーマは無言の抵抗をしたが、最後まで抗う気はなかった。
「――行けばいいんでしょ。行けば」
「んじゃ、早くついて来い」
「わかったよ。親父、俺の朝飯、絶対取っといてよ」
 リョーマは釘を刺す。
「わぁってるよ」
「リョーマ。そんなに好きならまた作ってあげるわよ」
 倫子まで笑っている。血が繋がっていないくせに、菜々子と倫子はどこか似ている。
 ――リョーマは南次郎に首根っこを掴まれた。
「何すんだよ、親父ー」
「だから……急ぐんだよ」
「行ってらっしゃい」
 倫子と菜々子がバイバイ、と手を振る。

「まんじゅう食うか。ほれ。腹減ったろ」
「誰のせいだと……」
 リョーマは助手席でぶうたれながらもまんじゅうを口にする。
 南次郎によると、彼の恩師の娘がテニスを始めたので、コーチして欲しいと頼まれたということであった。まんじゅうはその時のお礼らしい。
「さぁ着いたぞ」
 南次郎はリョーマとラケバと帽子を外に出す。いきなり追い出されてリョーマは戸惑う。クールに見えるリョーマでも、いろいろ戸惑うことはあるのだ。
「恩師の言うこときかない訳にはいかねぇからなぁ。――ではまたな。孝行息子よ」
 車は走り去った。リョーマは何となく腑に落ちない。
(まんじゅう一箱で息子を売るか、ふつー)
 しかも、その大半は南次郎の胃に納まっているのである。
 やはり南次郎は最低――とまではいかなくとも、かなり理不尽な父親である。
 まぁいい。あんな父の元に生まれたのが運が悪かったのだ。今日だってもう少しで観月をやっつけられるところだったのに……。コーチなんてすっぽかしてやろうと思った時だった。
「あー、リョーマ様よー。ホントに来たー」
 小坂田朋香の元気な声が聞こえる。竜崎桜乃も一緒だ。
「あー、親父にコーチ頼んだのって、アンタ?」
 リョーマが朋香に指を差す。
「違う違う。桜乃のおばあちゃんよ。ほら、スミレ先生」
 ――そうだった。忘れてた。
 竜崎スミレは南次郎達の教師だったのだ。なるほど。恩師とはスミレのことだったのだ。桜乃がスミレと違ってあんまり引っ込み思案なのでうっかり忘れそうになるが、スミレは桜乃の祖母だったのだ。
(……にゃろう)
 リョーマは南次郎に文句を言いたくなった。朋香と桜乃に罪はないとしても。
 南次郎は南次郎なりに気を回したのだろう。この頃、跡部のことで変だったリョーマのことで。
 それとも、本気でまんじゅう食いたかっただけ……?
(あの親父ならあり得るよね……)
 でも、多分まんじゅうはコーチの話を引き受けてから受け取ったのだろう。というか、そう思いたい。
(まぁ、小坂田と竜崎は嫌いじゃないけど――小坂田はうるさいし、竜崎は……)
 桜乃は済まなさそうに俯いていた。
(……静か過ぎるし)
「リョーマ様! ――ほら、桜乃、挨拶して!」
「あ、おはよう。リョーマくん」
「さっさと準備して」
「――はい」
 不満はともかく、この二人は嫌いではない。朋香は明るくて元気だし、桜乃は可愛いし。
「リョーマくん、今日はごめんね……休みなのに無理言って」
 そうは言うものの、桜乃の表情はどこか嬉しそうだった。
(――どこに行ったんだよ、ばあさんの遺伝子……)
 これでスミレが、
「私もこれで昔は桜乃のような可憐な美少女だったんだけどねぇ……」
 と言ったら驚くところだ。南次郎によれば、昔から派手好きだったようだが。年を召した今もスミレはお洒落に気を使っている。中学教師のくせに大きな金の輪っかのピアスをしている。
 ――スミレのことはいい。
「んじゃ、構えて――」
 二人の生徒はラケットを構えてボールを打った。
 朋香はなかなか優秀な生徒だった。
「見てみて。リョーマ様!」
「へぇ……」
 リョーマはちょっと興味を惹かれた。
「もっとギリギリまでラケットを長めに持って」
「うん!」
 朋香はもっと上手くなる。――何で女テニに入らないのだろう。勿体ない。朋香は弟の面倒があるし、青学の女テニは弱いと評判なのだが。
 一方、もう一人の方は――。
 スカッ。
 これにはリョーマも、
「……当ててくれ」
 としか言えなかった。何となく、南次郎にコーチを頼んだスミレの気持ちがわかるような気がした。南次郎も、世界では名だたるプロテニスプレイヤーだったのだから。グランドスラムも夢ではないと言われた程の。
(まぁ、今はただのエロ住職だけどね――)
 あ、とリョーマは思った。電動バリカン、買わなくても、親父のがあったじゃん。――南次郎は住職だが、丸坊主にはしていないのだ。
(バリカン代損したかな――)
 でも、まぁ、いずれ使い道はあるかもしれない。跡部に勝てばいいだけ――。
 桜乃は苦戦している。――桜乃の打ったボールは見当違いの方に行った。
「あ、ごめんなさい。拾ってきます」
 リョーマは溜息を吐いた。本当、どこ行ったんだよ、ばあさんの遺伝子――。
 スミレはテニス部の顧問なだけあって、テニスはお手の物だ。
「拾ってきます」
「そうしてくれ――」
 そう言いながらもリョーマは桜乃が少し心配になった。トラブルに巻き込まれやすい体質の彼女であるのだから。初対面の時も桜乃はトラブルに巻き込まれていた。――まぁ、それも面白いじゃんと考える程、リョーマも非情ではない。例え、ついて行く程のものではないにしても。

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2019.07.05

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