俺様の美技に酔いな 16

「あー、美味しかった」
 リョーマは満足するまで詰め込んで膨れたお腹を撫でる。南次郎が笑っている。
「お前相変わらず大食漢だな」
「大食……何?」
「つまり大食いってことさ」
 その越前親子のやり取りを聞いて菜々子はくすくす笑っている。菜々子も倫子も食欲は普通だ。となるとこれは――。
「大食いはオヤジに似たんだよ」
「まぁ、否定はしねぇさ。現役の頃はこれの五倍は食ってたもんなぁ……」
「これの、五倍……?」
 流石の菜々子も目が点になった。倫子も言う。
「そうよぉ。父さんの食事作るの大変だったんだから」
「何でもでっかい方がいいだろ。食欲もでっかい方がさ」
「親父……今、久しぶりにアンタの意見に同意出来そうだよ」
 毛並みの手入れが良くされていい匂いのカルピンを構いながらリョーマが言う。カルピンはゴロゴロ喉を鳴らしている。ヒマラヤンのカルピンは越前家の癒しだ。しかし、人の好き嫌いは激しいみたいである。
「お前もいずれおっぱいのでっかい姐ちゃん追って行くんだろうな……」
「前言撤回。俺はそんな風にはならないよ」
「リョーマさんはストイックですものねぇ……」
 菜々子が本来の彼女の性格を取り戻す。
「そんなことないっスよ……」
「何! とうとうやったのか? 相手は誰だ? 竜崎先生の孫か?!」
「どうしてそういう話になるんだよ! そんな話、嫌いだ!」
 リョーマはバンッ!と机を叩く。じんじんと手に痛みが走る。南次郎が慌てる。
「いや……悪かった。ちょっとからかってみただけだよ。――おい、お前、男を好きだっていうのは嘘だろ?」
「さぁね」
 リョーマはすっかり楽しい気分も吹き飛んで部屋に飛び込んだ。
「カルピン……」
「ほあら~」
「カルピン~」
 リョーマはカルピンを強く強く抱く。
「……俺は変態かな……」
 カルピンはそれには答えず、賢し気に首を捻る。ご主人様、どうしたのかな?と心配している風でもある。リョーマは涙を流してもだもだした。
 跡部が女好きのナンパ野郎だというのはわかった。吉三だって、どこにでもいる寺小姓の一人だろう。
 でも――跡部はテニスは強い。あの目を見て了解した。跡部景吾は油断ならない。
 それに……あの男の美技に酔ってみたい。
 ああ、そうだ。それは認めたくなかったことだが――あの男はどこか南次郎に似ている。勿論、全然違うところもあるけど。
(逆光を浴びた跡部さん、かっこよかったな――)
 歯を磨きお風呂に入り時間割を揃え、その他いろいろ。今日は宿題がないので、国語のノートに、
『吉三はお七の亡き後どんな生涯を送ったか』
 と走り書きしてそのまま眠ってしまった。跡部のことを思い出しながら――。

(あっ、リョーマ、リョーマ……)
 跡部が――この間見たのとは違う姿だけど――自分の体の下で乱れている。
(くっ、景吾、景吾ぉ……)
 二人は裸で抱き合っていた。――跡部の体はみずみずしく、隅々まで美しかった。その美しい裸体が汗みずくになっている。筋肉が綺麗についたしなやかな体だ。跡部の中にリョーマの一部分が挿入されている。
(これは、夢……?)
(リョーマ、早く、いかせろ、よっ――)
(わかったよ、いくよ、景吾――)
 リョーマは跡部の腰に自分の体を打ち付けた。跡部さんと言った方が背徳感が増していいかな、などと頭の片隅でどうでもいいことを考える。
(うっ!)
 跡部が達したと同時に、リョーマの中からも熱い物が奔流した――。

「……ん?」
 下腹の気持ち悪さで目が覚めた。――下着が濡れている。青い香が微かに漂う。リョーマには最初何の匂いだかわからなかったが、そうか、あの匂いか――と見当をつけた。それに、リョーマはもう精通が始まっている。
 前に、精通に関係あるものを少し読んだ。父が持っていて母が隠しておいたエロ小説も。それに、今はないが、小学校の頃も早熟な子供がその手の本を頼みもしないのに貸してくれた。
 だから――好奇心で初めての蜜を少し舐めたことがある。微妙な味がした。旨いのか不味いのかわからない。
 ともかく、起きたリョーマが思ったことは――。
(やべっ、やっちゃった……)
 掛け布団もシーツも――少し濡れている。
(何であんな夢見たんだろ)
 しかも、自分が跡部を抱く夢を。潜在意識の欲求ってやつかな。フロイトの精神分析学。もう少し真面目に読んでおけば良かった。しかし、あのフロイトという男は何でも性的なものに結び付けたがる。
 これがおねしょでないことは如何なリョーマでももうわかっている。これは所謂夢精というやつだ。
(窓開けよ――)
 窓を開けると小鳥達がピピピ、と鳴きながら寄って来た。
「パンくずはないよ」
 それでも、小鳥達はリョーマの目の前で飛び回っている。ああいう風に飛べたら幸せだろうな。ドラ〇もんの研究でもしてみるか。
「ほあら~」
「あ、カルピン。ごめん」
 カルピンはぷいっと行ってしまった。変な青い匂いをさせている男など僕の飼い主ではないと言いたいのだろう。
(カルピンにだって発情期はあるのに――)
 カルピンは去勢手術をしていない。敢えてしなかったのだ。まだ大人の一歩手前ではあるが、その気になれば、雌猫を孕ませることだって出来る。
(いずれカルピンにも番いの相手を見つけなきゃ)
 猫になってカルピンに恋をする――永久に叶わない夢になっちゃったね。リョーマがそっと呟く。それは、カルピンはモテるだろうけれど――。
 カルピンは、少し離れたところからリョーマの方を振り向いた。どうやら、リョーマのことが気になるらしい。
「恋人は同じヒマラヤンがいい? カルピン」
「ほあら~」
「『ほあら~』じゃわかんないよ。……と言っても無駄か」
「ほあら~」
「あのね、カルピン、俺、跡部さんを抱いた夢見たよ」
「ほあら~」
 カルピンが鼻をひくひくさせながら些か警戒してリョーマの近くに寄って来た。
「あ、膝に乗るのは止めてね。俺、臭いから」
「ほあら~」
 リョーマの言うことがわかるのだろう。カルピンはリョーマの前でゆらゆらと尻尾を振っていた。
「俺、ダメだね。カルピン」
「ほあら~」
「ああいう夢はもっと大人になってからじゃないと見ちゃダメだよね。――つか、跡部さん男だし」
 カルピンはたしっとリョーマの膝がしらに手を置いた。まるで、気持ちわかるよ、というように。――本当にわかっているのかもしれない。
「ああいう夢にはさ――普通竜崎とか小坂田が出てこない?」
「ほあら~」
「でも……竜崎の裸なんかには興味ないんだよね、小坂田なんてもっと……俺、アブノーマルだね。竜崎なんていい匂いしてるのに」
「ほあら~」
「――さてと、懺悔の時間終わり。着替えよっと。下着とシーツと掛布団のカバーを洗って……結構忙しいね」
 カルピンはリョーマを元気づけようとまた鳴いた。リョーマは汚れた下半身をティッシュで拭う。
「あ、親父に見つかるかもしれないんだ。――ま、いっか」
 リョーマが洗い物を抱えて廊下を歩いていると――。
「おっ、どうした? 青少年」
 南次郎が満足そうに明るく笑って挨拶する。
「おはよ」
「――もしかして、夢精か? 俺も経験あるからわかるぞ」
 仕方ない。南次郎の目と鼻は誤魔化せない。「母さんには内緒にしてくれる?」と頼んだ。南次郎はにやにや笑いながら、「俺もじいちゃんにそう言ったことあるぞ。ばあちゃん――いや、母ちゃんには内緒でって」と答えた。

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2019.04.28

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