俺様の美技に酔いな 14

「やぁ、桃。今、越前や手塚と一緒に帰る話をしてたんだ。君も越前と帰るなら同道しないか?」
「不二先輩も一緒っスか。喜んで」
「桃先輩はチャリ通でしょ?」
 リョーマはいつも桃城の自転車の後ろに乗っけてもらっていたのだ。
「――越前、桃城。あの二人乗りの仕方は駄目だといつも言っているだろう。危ないじゃないか」
 手塚が厳しい顔をする。尤も、手塚は滅多に表情を崩さないが。そこのところがポーカーフェイスで素敵、と一部の女子から騒がれている。
 ――そんな時、不二が眉を顰めているのに手塚は気がつかないのだろうか。
(まぁ、いいか――)
 手塚と不二。どちらも清潔な匂いのするカップルだ。中学を卒業しても仲良くしていて欲しい、とリョーマは願う。皆も暖かく見守っているであろう。皆、幸せになればいいと思う。リョーマの恋はどうせ叶わないのだろうけれど――。
(跡部さん……手塚部長……)
 何となく二人は似ていると、リョーマは思った。外見も、そして多分性格も正反対な二人のはずなのに。
「どうした? 越前――」
 手塚と不二と一緒なので、自転車を引いている桃城が声をかけた。
「別に……」
「ああ、そうそう。お前のファンのことなんだけどな――」
「へぇー、俺なんかにファンいるの」
「お前、モテモテなんだぜ。自覚しろっての」
「桃先輩こそ……」
「あんがとよ。で、お前のファンのことなんだけど――『リョーマくん、ますます素敵になっちゃって声かけらんなーい』だとさ」
「それ、一年?」
「二年だ」
「ふぅん……」
 こんな仏頂面のチビのことを何で憧れの目で見つめることができるんだろう――リョーマは自分の性格も外見もあまり気にしていなかったが。
(不二先輩や手塚部長はともかく、何で俺なんか――)
「越前リョーマといやぁ、一年の間では憧れの的だし、二年にも『可愛い』って評判なんだぜ。まぁ、気は知れないがな」
「桃先輩、一言多い」
 そう言いながらも、桃城と軽口を叩けるのが楽しかった。桃城もモテるのに――。
 結構テニス部にはいい男が多い。二年の荒井にさえ、「荒井様」と呼んで遠巻きに眺めている生徒がいるくらいである。彼はレギュラーですらないのに。
(氷帝はどうなんだろうな――)
 跡部はまず間違いなく人気者だ。他はどうなんだろう――。青学にいたのではわからないことが多くある。
 岬公平は氷帝に詳しそうだが、何でそんな他校のことを気にしているのだろう。――乾はどうなんだろうか。氷帝学園のデータなんてちゃっかり取ってたりしないだろうか。桃城が前触れもなくリョーマの肩をどやした。
「何だよ。越前。深刻な顔になっちゃって」
「――氷帝学園のこと考えてたっス。ほら、都大会で当たるかもしれないから」
「ほうほう」
「岬先輩に訊けば少しは何かわかるかな――」
「敵情視察か、いいな。そういうの」
「でも、俺、練習で忙しいから」
「そうだな。どうせ乾先輩辺りが他の学校のデータも集めてくれるだろうし――何? 何でそんな氷帝にこだわってんだ? 跡部がいるからか?」
 ――リョーマは何も答えずスタスタと歩く。
「悪かったよ。お前も跡部に憧れてたのか? ナンパ野郎とか言って悪かったって――」
「いいっスよ。跡部さんがナンパ野郎と言うのは事実だしそれに――」
 跡部は自分の友達ですらない。
(そう。跡部さんなんてサル山の大将、知らない。橘妹にナンパしていた跡部さんなんて知らない。全部樺地とか言う大男にやらせて、自分は高見の見物を決め込むなんて、そんな男知らない)
 跡部景吾なんて知らない!
「何でもないっスよ」
「そうか? 何か、越前がおかしいのって、何か跡部が関わっているようだからな――いつもクールなお前が突然笑い出したり、俺に跡部のことなんか訊いたり」
 さすが、桃城も青学のくせものと言われるだけある。それだけリョーマのことも気にかけてくれているということか。
「ほんと、跡部さんのことなんか何とも思ってないっス」
「そうかぁ? 俺にはお前が変わったように思ったけど――んじゃ、やっぱり俺の勘違いか」
「ウィース」
「でもなぁ、越前。これは俺が変なのかも知んないけど――お前、色っぽくなったよ」
「はぁ?! 桃先輩そっちの趣味があるわけ?!」
 リョーマが笑いながら冗談を言った。
「ばっ……馬鹿野郎! もうてめぇの心配なんかしねぇ! 俺が好きなのは橘妹みたいな可愛い子だよ。お前と付き合うくらいならあの娘と付き合った方がいいぜ!」
「そんな風にムキになるとこ、怪しいなぁ……」
「ああ、もうわかったよ。てめぇは何にも変わってない。いつも通りの越前リョーマだよ!」
 桃城は茶化されて怒ったらしかった。リョーマが、
「ごめんね」
 と囁くと、
「ま、お前が女だったら惚れてたかも知れねぇけどな」
 と、桃城も認めた。でも、そんなことは有り得ない。リョーマは、桃城は橘の妹とかいう娘と幸せになって欲しいと思う。そりゃもう、くっきりはっきりとわかるくらい、桃城はあの娘に惹かれているのだから――。
 前を歩いていた不二が振り向いてクスッと笑った。
「本当にモテるね。越前」
「勘弁してくださいっスよ……不二先輩……」
「でもな、越前――俺はお前はいい男になると信じてるよ。越前の恋人になる奴は幸せ者だよな」
 そう言って桃城はリョーマの肘を突いた。
(例え、男に恋をしても――か?)
 例えば、跡部も自分のことをいい男だって認めてくれるだろうか。いや――。
(認めさせてやる!)
 それまでに男を磨いて――跡部を自分に惚れさせるのだ。けれど、それは難しいかもしれない。跡部は女好きだし。
 けれど、リョーマは跡部に男としての欲望を感じている。
 いつか――自分に敗北させた時に、あの手入れの届いてそうな綺麗な髪を刈り込んでやる。リョーマはポケットの上からそっとバリカンを触った。
「越前……あまり思いつめるな」
 手塚が言う。
「え……? 思いつめてるような顔してましたか?」
「違うのか?」
 リョーマはにやりと笑った。
「俺は――幸せ者っスよ!」
 いい友達や仲間がいて――後は、跡部が自分の物になったら最高なんだけど。
「ちょっと、宿題でわからないところがあって――」
 リョーマは嘘をついた。宿題がわからなくたって、そんなことで悩むリョーマではないのだけれど――。手塚がほっとしたように微笑んだ。
「わかった。古典なら不二がいるし、俺も及ばずながら力になってやる」
「ええっ?! いいっスよ、手塚部長も勉強大変でしょう?」
「教えるのも勉強になるさ」
「あざーっす。でも、今日はいいっスよ。自力で何とかやってみます」
「偉いな、越前は。俺なんか宿題忘れて叱られてばっかだぜ」
「でも、桃は元々頭はいいんだから――」
 不二がいつものように目を細めて笑いながら言った。
「ありがとうございます。不二先輩。けど、学校の授業は苦手なんスよ」
 桃城の口元が歪む。
「何か興味のあるテーマを見つけるのもいいんじゃないかな」
「そうそう」
 ――俺みたいにね。リョーマは口には出さなかったが、心の中でそう言った。
 跡部がいなかったら、リョーマはきっと『八百屋お七』などに興味を示さなかった。その点についてだけは跡部に感謝だ。
(お七が死罪になった後、吉三は――)
 吉三がその後どうなったのか知らない。誰か他の平凡な町娘と結婚したのだろうか。お七との思い出を胸に抱きながら――。
 そんなのは許せない――とリョーマは思った。吉三はお七と一緒に死んでしまうべきなのだ。吉三には吉三の生活があるにしてもだ。
 リョーマは自分が八百屋お七になったような気がした。――いや、お七は跡部の方かもしれない。
(俺にはこのバリカンしかないけれど――)
 愛している。跡部景吾。ナンパ野郎でも、樺地とかいう男に任せて自分は高見の見物をしているようなヤツでもそれでも。この想いは呪いに似たものかもしれないけれど。――彼を、他の女に渡したくはない。決して。

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2019.04.08

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