テニプリミステリー劇場 ~跡部景吾殺人事件~ part8

「忍足さんは……何か哀しそうな顔をしていました。一瞬だけですが。珍しいことなので、よく覚えています」
「マグカップは二つでしたよね。特徴とか覚えてますか?」
「はい。――俺のが黄色で、跡部さんのは赤でした。どちらも無地でした」
「コーヒーと砂糖は何でかき混ぜてたの?」
「普通のコーヒーマドラーで……」
「砂糖壺の中にスプーンは奥まで差し込まれていました?」
「ウス……ちらっと見た限りですが……」
「砂糖――か、グラニュー糖みたいなさらさらした粉はいっぱい入ってましたか?」
「ウス」
「マドラーで掻き回したって言ったよね。どっちのカップから掻き回したの?」
「――黄色いカップからです」
「すごい記憶力だ……」
 幸村が感心する。リョーマが幸村の方を見る。彼らはお互いに頷き合った。
「じゃ、建物に入るとしますか」
 リョーマは樺地の大きな背中をぽんぽんと叩きながら促した。幸村もついて来る。

「真田警部をお願いします」
 リョーマは事務の人にそう言った。間もなく、警部が斎藤と共に来た。
「真田警部! 忍足さんに会いに来たんですけど――」
「ああ。侑士くんのことか。彼なら送検されたよ。なかなか口を割らんそうだ。それに、あの問題……ああ、頭が痛い……」
「あの問題?」
「どうして樺地くんのマグカップには青酸カリが入ってなかったのか……我々もいろいろ考えてはいるんだが」
「毒を入れた部分と入れない部分を分けて、毒の入った部分からその砂糖を掬って跡部さんにあげたとか――」
「私もそれは考え付いた。だが、そのトリックの話をした時、侑士くんは冷笑したまま黙っていたようだよ。他に何かあるのかい?」
「俺もちょっと考え付いたことがあるんだけど――」
「どんなことだい?」
「忍足さんに訊いてみます」
「そうか――じゃ、彼のところに行ってもらうことにしよう。斎藤」
「はい」
「この三人を玄関まで送ってあげてくれ」
「――わかりました」
 斎藤が固い表情で真田警部に答える。俺にあんまりいい印象持ってないのかな――リョーマは思った。
 拘置所の廊下にカツン、カツンと足音が響く。――男がまず訊いてきた。
「君、その紙袋は差し入れかい?」
「ウス――チーズケーキ……焼いてきました」
 樺地はその男らしい外見とは裏腹に料理が得意だ。好きな教科は家庭科らしい。生前、跡部が笑いながら言っていた。
 チーズケーキか……美味しそうだな。リョーマは生唾を飲み込んだ。
 樺地が作ったのだったら、毒入りの心配もないだろう。
 だって、犯人は――。
「じゃ……俺はここで」
「俺達だけにしてくれないの?」
「君達にだって積もる話はあるだろうけどね。あ、そうそう。チーズケーキは忍足くんには渡せないんだ。食べ物の差し入れは禁止されているからね」
 男は紙袋を樺地から取り上げた。
「……ふぅん」
 リョーマは思った。確かに差し入れの食物に「あいつに生きていられちゃたまらない」と毒を盛る人もあるのだろう。――樺地はそんな男ではないが。
 ――忍足がやって来た。彼とは透明な壁で遮られている。忍足を連れて来た男もそこに座った。
「やぁ、樺地。越前はともかくとして、どうして幸村まで来とんのや」
「だって、君に会いたくなって」
「おためごかしは止してくれや」
「じゃあ、正直に言うよ。君、自白する気はないのかい?」
「――やれやれ。幸村にまで疑われとんのかい。俺は」
「俺も忍足さんが犯人だと思ってます」
「――証拠はあんのかい?」
「忍足さんの使ったトリック、わかりました」
「ほう」
 忍足の伊達眼鏡の奥の目が細められた。リョーマが説明する。
「まず、スプーンを砂糖壺の奥まで押し込んで、青酸カリを砂糖の上にかける。一杯目は青酸カリがスプーンから零れ落ちて毒物の入っていない砂糖を掬うことができるんじゃないかな。不二先輩達のやり取りで思いついたんだけど」
「――ボウヤ、君も安息角のトリックに気付いたんだね」
 幸村が呟いた。
「けれど、二杯目からは青酸カリが混ざってしまいます。――忍足さんは毒入りの方を跡部さんに飲ませたんですね」
「――見事や」
 忍足がパチパチと気のなさそうに拍手をした。
「質問ついでに。あの青酸カリはどこから手に入れたの?」
「秘密や」
 忍足が人差し指を自分の唇に押し当てた。
「――お父さんからでも大学の研究室から横流ししてもらったの?」
 すると、忍足は哄笑した。
「そんなことできる訳あらへんやろ。それに、おとんはそんなことせぇへん」
「じゃあどこから……」
「……メッキ工場や」
「秘密と言った割りには案外簡単に喋るね」
「――ウス」
 幸村がもっともなことを言う。樺地も同じ意見らしい。
 確かに、この近くにはメッキ工場がある。リョーマが訊いた。
「メッキ工場から盗んで来たの?」
「人聞きの悪いこと言うなや。もらったんや。――友人に」
「何て言う人?」
「教えられんな。ま、いずれわかるかもしらへんが。そいつに『青酸カリが必要になった』と言ったら、『これは毒にもなるから取り扱いには気を付けるんだよ』と言って渡してもろたんや」
「妙だな……普通、ホイホイとそんな危ないもん人に渡すかな」
 リョーマが首を傾げる。
「忍足、君、取り引きでもしたんじゃないか?」
 幸村が訊く。
「――どうやら越前より幸村の方が名探偵の素質はありそうやな。……そうや。確かにあれは取り引きやった」
「どんな取り引きだい?」
「俺はそいつに体を売った」
「う……」
 幸村が嫌悪感の混ざったうめき声を上げる。
 幸村さんにだって真田さん――弦一郎さんがいるくせに。リョーマはそう思った。
「青酸カリはミステリにはよく出てくるが、越前の言う通り、近頃は取り扱いがうるそうなってな。ま、大学の研究室には青酸ナトリウムっちゅー青酸カリの親戚があるらしいで。後でわかったことなんやけどな」
「青酸ナトリウムは、青酸カリより広く使われているらしいね」
 幸村が補足した。
「ああ。それがわかっとったら、わざわざ体を売らなくとも良かったんやないかな」
「そういう問題ではないと思います」
 リョーマはズバッと言った。
「ま、過ぎたこといろいろ言っても仕様があらへんけどな」
「でも、罪は償ってください。――跡部さんの為にも。……忍足さん。どうして跡部さんを殺したんです?」
「――愛してたからや」
「愛してたから殺すなんて、そんなもんは本当の愛じゃない!」
 リョーマが珍しく声を荒げた。忍足は目に見えぬどこかに視線を遣るような遠い目をした。
「あいつを殺さなければ、俺が死んどった。――俺は、あいつを愛し過ぎたんや」

次へ→

2018.10.28

BACK/HOME