テニプリミステリー劇場 ~跡部景吾殺人事件~ part9

 忍足は辛そうな顔をした。
 忍足は跡部を愛し過ぎた――けれど、だからと言って人を殺していい理由にはならない。ただ……。
 跡部にはこうなることがわかっていたような気がする。樺地が頭を下げた。
「忍足さん、自分からもお願いします。……跡部さんに許してもらえるよう、罪を、償ってください……」
「樺地、ボウヤ、本当はわかってるんじゃないのかい? 跡部がもう、誰も恨んでいないことを。昔から言うじゃないか。『人間死ねばみな仏』って」
 幸村が言った。
「それはそうですけど――でも、俺達は許せないっス。跡部さんを俺達から奪って行ったこの人を!」
 リョーマが忍足を指差した。
「越前さん……跡部さんはわかってました。――だって、跡部さんは忍足さんのことも愛してましたから」
「な……何やて?!」
 樺地の台詞に忍足が狼狽する。
(樺地さん……この人、真顔でそんな恥ずかしい台詞言えるんだ……)
 樺地の印象が一変される思いで、リョーマは心の中で呟く。
「そうだね――愛してもいない人に殺されたくはないだろ? 俺もその気持ちわかるから」
「幸村……」
 忍足が伊達眼鏡を外し、ハンカチで涙を拭った。
「幸村……景ちゃんが哀しそうな顔しとんねん」
「景ちゃん?」
「あ、ああ――跡部のことや。跡部、ずっと哀しそうやった。俺の目の前から、消えてくれへんかった。でも、今は違う」
「違うって、どこが?」
「跡部、微笑んどる」
「きっと、跡部には忍足の感情が伝わって来るんだね」
 その幸村の言葉を聞いた時、リョーマは羨ましく思った。
 忍足さんには、跡部さんが見えるんだ――。
 憎まれてもいい、蔑まれてもいい。ただ、あの男の顔が見られるなら――。
「何で、何で忍足さんなんですか、跡部さん……」
 リョーマの頬から涙が零れ落ちる。リョーマはそれを手で拭おうとする。悲しいからじゃない。泣く程悔しくて、仕方なかったのだ。
「仕方ないよ。ボウヤ。忍足は跡部を殺すことで、跡部と魂が繋がれたんだ」
 幸村がリョーマの肩に手を置いた。
「いいな……だったら俺だってそうなりたかった。跡部さんと今よりも強く強く魂が繋がれるなら、俺が跡部さんを殺しても良かった……」
「面白い子だね、ボウヤは」
 こんな時だと言うのに、幸村がクスッと笑った。
「そんなこと言うのは、君や忍足ぐらいのもんだよ」
「――ウス」
「樺地さんまで俺のこと馬鹿にしなくてもいいでしょうに……」
「う……? 馬鹿になど、してませんが?」
 そうだった。忘れてた。樺地は謹厳実直が服を着て歩いているような男だった。ついでに跡部への忠誠心も。――そんな樺地が口を開いた。
「これからは忍足さんの中で、跡部さんはずっと笑ってるんでしょうね。――良かったです」
「ああ。これでもう、この世には何の未練もないねん」
「忍足さん、死ぬ気なの?!」
 今度はリョーマが焦っている。
「俺はまだ死なんよ。生きて跡部に償うんや。――それは、いつかは死ぬけど」
 忍足は晴れやかな顔になった。
「神を呪ったこともあるけど――必ず、苦難を与えた後は助けてくれるんやね」
「神は乗り越えられない苦難を与えたりはしない――誰かが言ってたっけね」
 幸村が独り言のように呟いた。
「――俺、自白してくるわ」
「……頑張ってください」と、リョーマ。
「――おおきに」
「面会の時間は終わりだ」
 この、今まで話を聞いていた厳めしい男は、忍足やリョーマ達のことをどう思ったであろうか。
「おおきに。――川田さん……話しますわ。全て。ここで話せなかったことも――」
「ああ。――戻るか? 侑士くん」
「おん。もう何も怖いことあらへん。景ちゃんが見守ってくれたるから」
 そして――川田と呼ばれた男性と忍足は廊下へと消えて行った。

 その夜、リョーマは夢を見た。
「リョーマ、リョーマ……」
「跡部さん?!」
「リョーマ……お前に会えて嬉しいぜ」
「何がお前に会えて嬉しいぜだ。この浮気者!」
「は?!」
「跡部さんは忍足さんのことを愛してるんでしょ?」
「当たり前だ。こんなに愛されて男冥利に尽きるってもんだぜ」
「そんな……俺だって、俺だって……」
 リョーマが言葉を探した。だが言えるのはこれだけ。
「俺だって、跡部さんが好きっス」
「――俺も好きだぜ。リョーマ」
「アンタってヤツはいくつも愛を持っているんですね」
「おいおい。俺は諸星あ〇るか?」
「男にしかモテないっスけどね」
「それはそれとして、雌猫達もちゃんと可愛がってるぜ」
「アンタは始末に負えないっス。俺は、アンタに俺のことだけを見て欲しかったのに……」
「悪いがそれは無理だ。性分なんだろうな」
「そうスね。俺は皆のことが大好きな跡部さんが好きなんで。でも、今はちょっと忍足さんの気持ちわかるような気がします」
「お前も俺を殺すのか?」
「出来ればそうしたいけど、跡部さんの遺体はもう焼けちゃったんで」
「――俺の心残りは、お前とテニスが出来なくなったことぐらいかな」
「俺も! 跡部さん! 俺も跡部さんとテニスしたいっス! 何とかなりませんか?」
「今んところはどうにもならない」
 跡部はにべもなく言った。
「だけど――俺様の魂はお前らといつも一緒だぜ」
 こんな時だが――跡部は気高く美しいとリョーマは思った。跡部はいつでも美しかった。生前よりも更に美しくなった。呆然と見惚れそうになる己をリョーマは叱咤する。
「アンタ、生きてた時より綺麗じゃん」
「まぁな。俺様はいつだって美しいぜ」
「俺、アンタを俺のものにしたいな」
「気持ちはわかる。だが、俺はものじゃねぇ。俺様はこう見えて人を選ぶ主義でな」
「じゃあ、どうして忍足さんにむざむざ殺されたんですか」
「忍足のことを――愛することが出来なかったからだ。命を捧げることでしか、その思いは贖えなかった」
「変ですね……俺が聞いたところによると、跡部さんは忍足さんを愛しているとか」
「忍足の想いは、生前は重くて辛いばかりだったけど、肉体から離れた今は――忍足を愛すると宣言出来る」
「やっぱり跡部さんは――忍足さんを愛してるんですね」
「リョーマや樺地のことだって愛してるぞ」
「アンタ、意味わかって言ってます?」
「――わかってるさ。ああ、もう朝だ。また会おうな、……リョーマ」
「待ってください、待ってください、跡部さん、待って――」
 手を伸ばした時、リョーマはそこで目を覚ました。飼い猫のカルピンが顔を覗き込んでいる。
「ああ、おはよう、カルピン」
 そこで、リョーマは部屋の片隅に置いてある。ラケットバッグに目を遣った。
 テニスをやろう。その時はきっと、跡部を感じることが出来るだろうから――。記憶の中の跡部が、リョーマに対しても笑ってくれているような気がした。

後書き
おわっとぁ~!
なんちゃってミステリー、書いてみて思ったことは、私にはミステリーは向かないということでした(笑)。トリックも借り物だしね。
幸村くんが美味しいところ持って行ってしまいましたね。忍足クン、犯人役にしてごめん。でも、忍足のことも愛してます(笑)。
2018.11.07

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