テニプリミステリー劇場 ~跡部景吾殺人事件~ part5

「真田さん……何を知ってるの?」
「――話したくない」
 真田はムスッとしていた。
 そうか――真田も同じなのだ。真田は幸村に好意を寄せている。いや、好意というよりもっと強い感情――愛。
 真田弦一郎は幸村精市を愛している。
 だが、幸村には通じていないみたいだった。
(可哀想な真田さん……)
 リョーマはこっそり同情した。まぁ、前にも考えた通り、跡部に取り残された――そうとしか言いようがない――リョーマも可哀想なのだが。
「そうだな――じゃあ、話の前に、ボウヤ、トリックについて話してくれないか?」
 幸村がすっかり仕切っている。流石部長だった経歴を持つ少年なだけのことはある。
「そうっスね――砂糖壺の片隅に毒を入れて、樺地さんには入っていない方の、跡部さんには入っている方の砂糖を入れたとか?」
「その時はどうやって毒の入れてある位置を確かめるんだい?」
「え――だから、自分にしかわからない目印をつけて……」
「ふぅん。流石だね。ボウヤ」
 棒読みで幸村が答えた。
「それは俺も考えた。正直に喋ってくれたから俺もお礼に二つ目のトリックのヒントをあげよう――安息角さ」
「安息角?」
「後はネットででも調べてみ給え。いや、俺が最初疑ったのは実は二つ目の方法なんだが――ボウヤが言った方法はネットで見つけた。ネットって便利だよね」
 ――真田は眠っている。腕を組んで難しい顔をしながら。
「あれあれ、寝ちゃったね、真田。無理もないか。友人が死んだんじゃ、精神的負荷も相当かかるだろうしね。況して、真田はお父さんが警察官だから(注:この話だけの設定です)――ねぇ、話は変わるけどさ、跡部は一体誰を愛していたんだろうね」
「さぁ……」
 それは、リョーマにも謎だった。可能性が一番強いのは、幼馴染と言われる樺地だが――。
 忍足も跡部を愛した。殺してしまう程に――。
 跡部は忍足を愛していたのであろうか……。
「わかりません」
「でも、ボウヤは跡部のこと好きだよね」
「――ウィッス」
 隠していても仕様がない。それに、幸村には嘘はつけない。何となくそんな気がする。『神の子』と呼ばれているのは伊達ではない。それとも『魔王』だろうか。
(うちの不二先輩も魔王って呼ばれているけど)
 格が違う。そんな気がする。魔王としての格だが。
 幸村はテニスの試合中に相手をイップスにする。それだけでもう、魔王としての資格は充分なんじゃないだろうか。
「跡部のこと愛していた?」
 リョーマは黙って頷いた。それしか方法はなかった。
「何故だろうね……何で愛した人を殺すのかな」
「幸村さんにも、わかりませんか?」
「わかると言えばわかる。わからないと言えばわからない。愛と言うのは微妙な問題だからね」
 跡部さん……。
 いつも光の中にいた彼。跡部がいればそこは跡部の祭壇になった。
 ――忍足は狂ってしまったのかもしれない。跡部という毒杯に。
「フフ。跡部のことでも考えていたのかい? ボウヤ。――オレはね、跡部は忍足に殺されるのは覚悟の上だったと思うよ。だからこれは――自殺という見方も出来る」
「幸村さん……」
 リョーマが考えていたことを幸村も考えていたのだ。どうしてだろう。
「ボウヤ、オレはね、弦一郎にだったら殺される覚悟はあるんだよ。愛しているからね。でも、これはそうじゃない。跡部は――忍足は好きでも、忍足を愛することが出来なかった。そうだろ?」
 リョーマは無言で目を瞠った。
「誰を愛していたかはわからないけれどね――俺の予想を言うとしたら、跡部が愛していたのは、ボウヤ、君だよ」
 幸村がゆっくりと細い、しなやかな指でリョーマを指した。
「えっ?! 俺っスか?! でも、跡部さんには樺地さんが――」
「俺はただ憶測を言っているに過ぎないよ。でも、当たらずと言えど遠からずだと思う」
 跡部に愛されていた。そうだったらどんなにいいだろう。けれど、そしたら、あの空耳はどう説明づけたらいいだろう。
(幸せだな。俺様は。こんなに愛されて)
 そして――そうだ。樺地が伝えてくれた跡部の言葉。
(俺様は幸せだよなぁ、なぁ、樺地)
 そう言った跡部は哀しそうだったと樺地は教えてくれた。
 愛は人を殺す。
 本当にそうなのだろうか。
 それに、謙也が言った言葉。
(あいつは跡部を愛し過ぎて壊したんや)
 リョーマは目を瞑った。このことは幸村には言えない。謙也と約束したのだから。誰にも言わない、と。
 跡部は忍足を愛せないことに罪悪感を感じていた。
 忍足は、跡部しか見ていなかった。
 でも――本当にこれしか方法はなかったのだろうか。忍足は、自分を自分で追い詰めていった。それは跡部には関係がない。
 それなのに、跡部は黙って殺された。きっと、そうだ。
 跡部は優し過ぎる。優し過ぎて残酷だ。
(残された俺の気持ちは考えてなかったのかよ。跡部さん……)
 自分が愛している者より、自分が愛せなかった人の方が大事か、跡部。
 いや、そうじゃない。跡部は愛せなかったからこそ、忍足が望む物の代わりに命をくれてやったのだ。
 命は一番大事だ。誰がそう言ったのだろう。この世には命より大事なものがある。跡部はそれを恐らく本能で知っていた。
 忍足はどう考えているのだろう。そして、樺地は――。
「…………」
「おや、黙りこくってしまったね。ボウヤ。跡部は樺地も愛していたね。それに忍足に愛されて――自分でも何が一番大事かよくわかってなかったじゃないかな。或いは、誰が一番大事か」
 跡部は幸せだったと言っていた。
 自分を愛してくれた者に殺された跡部。それは、何と幸せなことだろう。そして、何て、不幸なことだろう。
 樺地はわかってくれるだろうか。あの小さな目に哀しみを漂わせながら、
「ウス」
 と言うのだろうか。
 これはまだ終わりではない。事件は解決の方向に向かっている。トリックも幸村が暴いた。
 跡部を失って虚ろになった心が新たな愛情を得た時――その時初めて、何もかも解決したと言えるのだ。
「幸村さん……俺は……」
「言ってみて。ボウヤ。俺も、力になるから」
「――ありがとう。……俺、泣けないんだ。跡部さんが死んだと言うのに、泣けないんだ」
「そこまで跡部に義理立てすることはないんじゃないかな。跡部が死んだからボウヤが泣かなくちゃいけないと言う決まりはない」
「ん……」
 幸村にそう言われて、リョーマは心が軽くなった。
 けれど、跡部に代わる者はそうそうはいない。
「君が新たな恋を見つけられるよう、祈っているよ」
 幸村の言葉が嬉しかった。幸村は本当は優しいのではないかと思った。
「明日、警察に一緒に行くかい? 忍足に会う為に」
 リョーマはこくんと頷いた。
「その時、二つ目のトリックを教えてあげるからね」
「――ありがとう」
「お礼を言うのは俺の方だよ。誰かに話したくてね。こんな場合だろ? 俺だって――ショックだったんだ」
 幸村は目を擦った。
「本当に跡部がこの世にいないなんて信じられないね」
「うん。あの馬鹿笑い、ずっと聞いていたかったね」
 共に白髪になって、一緒にあの世に行って肉体が朽ちるまで――。
 愛しているよ。跡部さん。本気だよ。
 でも、それが詮無い繰り言だと言うこともわかっていた。
 けれど、リョーマは知っている。跡部の存在がすぐ傍にいることも。跡部が死んだことで、リョーマの魂は跡部に繋がれたのだ。いつか、解放される日が来るとしても。
 ――いや、今はリョーマは解放などされたくなかった。
 俺、アンタのところに行きたい。アンタがいるところに行きたい。そして言うんだ。今までごめん。愛してるって――。

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2018.09.28

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