テニプリミステリー劇場 ~跡部景吾殺人事件~ part4

(樺地さんも共犯だったらどうしよう……)
 リョーマは悩んでいる。何となく、樺地は敵に回したくない。あの、図体はでかいくせに子供のように純粋な樺地は――。
 樺地は純粋な為、一部では『大きな妖精さん』と呼ばれている。
「ああ、くそ!」
 リョーマはベッドに寝転がった。相手が人間だったらともかく、妖精相手に戦う気はない。戦う気が失せるというか――。
 ピンポーン。
 インターフォンが鳴った。
「はい、もしもし――」
 来客が映る画面に立海テニス部部長だった幸村精市の顔があった。波打った髪を頬に纏わりつかせている女顔の美形である。病弱だがいい性格をしていて、陰では『魔王様』と呼ばれている。正式な二つ名は『神の子』。
「ボウヤ……俺だよ。真田もいる。――開けてくれないか?」
「はいはい」
 溜息混じりにリョーマは扉を開ける。幸村はリョーマのことをいつもボウヤと呼んでいる。それは、跡部と同い年――つまり、リョーマの二歳上なのはわかるけれど。
「ありがとう」
「何スか? こんな時間に」
「話があるんだけど」
「何?」
「とにかく通してくれないか」
 真田弦一郎が言った。老け顔だが、意外と鼻筋が通っている男だ。中学生には見えないのだが。「たるんどる!」と言うのが口癖で、何か不正や不始末があるとすぐ鉄拳制裁に出る男だ。この男のことについては、真田警部からいろいろ聞いている。
「そうだね。立ち話も何だし。真田さんのお父さんには世話になってるし」
「悪いね」
 幸村に微笑まれるとリョーマも、
「――別にいいっス」
 と、言うしかなかった。
「お父さん達はいないの?」
「青学で集まりがあるって。菜々子さんは跡部家に残って手伝いしてる」
「ボウヤは跡部と仲が良かったよね」
「――別に。普通っス」
 リョーマはぶっきらぼうに言い放った。跡部はリョーマのことを何とも思ってないはずだから。
 跡部は樺地が好きだった。二人はいつも一緒にいた。リョーマも内心妬く程に。
「嘘はいけないな。ボウヤ」
 幸村の目が眇められた。
「俺には跡部のようなインサイトはないけれど――それでもボウヤの気持ちはわかるよ。いろんな人の話を聞いてね」
「え……な、何で……」
「俺はこういうことについては鼻がきく方なんだ」
「うむ。俺もそれでしょっちゅう揶揄われる」
 むすっとした声で真田が口を開いた。
「真田はわかりやすいんだよ。ボウヤも結構わかりやすいね」
「――わかってたんスか」
「うん」
 幸村はにこにこ。不二先輩に似ているな、とリョーマは思った。
 幸村と不二周助が組めばこの世に敵はいないかもしれない。
 まぁ、良くしたもので、幸村は真田の友達。不二は手塚に想いを寄せているから、不幸コンビの二人が共闘することは滅多になさそうだけど。
 けれど――跡部の死でどう動くかわかったもんじゃない。
「真田、犯人は忍足だろ?」
「侑士の方だな。まず黒に近い」
「――やっぱりね」
 幸村はリョーマに真田とのやり取りを聞かせているように思える。
「俺もそう思うっス。けど、問題があるっス」
「何だい?」
「樺地さんが――忍足さんを庇ってるんです」
「樺地が?」
「俺、樺地さんに一回協力を仰いだんですよ。樺地さんは一度は肯いました。でも、樺地さん、忍足さんに有利な発言してるんスよ」
「それは面妖な。俺は聞いたことなかったぞ」
 真田が口を開く。リョーマが続けた。
「当たり前でしょう。真田警部は一般人には捜査の状況を話す人ではありませんし。――例え、実の息子にも」
「うむ。父上は機密漏洩には厳しい人だ」
 それなのに、真田警部はリョーマを信頼しているのだ。それに応えなければ、とリョーマも思った。そうでなければ跡部も浮かばれない。――つらつら考えていると、幸村がこう口を挟んだ。
「俺も自分なりに事件の真相を考えてみたんだけど――この事件は見た目以上に複雑かもしれないよ。犯人は忍足だ。それは間違いない」
「――証拠でもあるんですか?」
 樺地が頼りなくなった今、リョーマは幸村に縋り付こうとしている。それはリョーマも自覚している。
「うん。砂糖を入れたのは忍足だろう? その時に入れたんだと思う」
「けれど、樺地さんによれば、樺地さんと跡部さんのマグカップに砂糖を一杯ずつ入れたって」
「その前に青酸カリを入れてたらどうする?」
「う……」
 それは考えてなかった。
「ボウヤ、君の知っていることを全部話してくれないかい?」
「だけど、俺だって事件の全貌は知らない訳だし……」
「おや。中学生名探偵と呼ばれてるのは単なる嘘かい?」
「うう……」
 リョーマは幸村のことを不二より苦手だな、と思った。
 確かに、リョーマは殺人事件を担当したことはなかった。失せ物探しとか失踪事件とか、盗難事件とかには参加したことがあるけれど。それに、マスコミに祭り上げられたことも確かにある。
 この人に下駄を預けてしまおうか。――だが、探偵として、幸村に全部任せるのは癪だった。
 しかし、取り敢えずリョーマは話すことにした。幸村と一緒にいる真田弦一郎は警部の息子なのだ。
「――思った通りだった」
 話を聞いて幸村は呟いた。真田も幸村の顔を見て頷いた。
「思った通りって何スか?」
「トリックはわかった。忍足の動機はわからないけれどね」
 それだったら俺が知っているかもしれない。でも、それだけはリョーマも幸村に話す気になれなかった。
 だってそれをやってしまったら――天国から跡部が怒るような気がして。
 それに、忍足の気持ちもわからなくもないのだった。
 あのきらきら光る青年になりかけの少年、跡部景吾。
 あの人を自分の中に閉じ込めることが出来たらどんなにいいだろう。――自分も忍足と同類なのだ。
 俺は、跡部さんを愛している。
 ――わかっているのはそれだけ。そして、忍足も跡部を愛していることだけ。多分今でも。今なら、前よりももっと恋心は募っているかもしれない。
 そして、自分も……。
 リョーマはどこかで跡部のことを想っているであろう忍足のことを考えた。
 トリックなら、多分自分もわかっている。あの方法で間違いがないだろう。他にも手段はあるかもしれないけど。
「僕はね――トリックを二通り考えた」
「ふ、二つ?!」
 リョーマは一生懸命考えても一つしかわからなかったのに、幸村には二つもわかったと言う。
「俺は、それをこれから真田のお父さんに話そうと思う。だから、後は入手ルートだが――それは真田のお父さんに頼った方が早いだろうな」
「うむ」
 真田はむっつりとした顔で頷いた。リョーマが幸村に詰め寄る。
「幸村さん! 跡部さんを殺したトリックって?!」
「君はまだわからないのかい?」
 憐れむような目で幸村はリョーマを見た。リョーマはムッとした。
「俺だって――ひとつはわかったんだから」
「じゃあ、明日、警察で話すよ。だけど――これで忍足は窮地に陥るかもな」
「忍足さんは――あまりにも愛し過ぎたんですよ」
「それだ! ボウヤ――その話を今から俺にしてくれないか? 俺にはわからないのはその点でね――真田は何か知っているみたいだけど、貝のように口を割らないんだ」

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2018.09.15

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