テニプリミステリー劇場 ~跡部景吾殺人事件~ part3

 跡部景吾の通夜には沢山の人が来た。
「クソクソ跡部! キングだって言うんならその力で蘇って来やがれ!」
 口の悪い向日岳人が泣きながら叫んでいる。向日は忍足のダブルスでのパートナーである。そして、跡部は氷帝テニス部の部長をしていた。跡部はレギュラー陣からも平部員からも慕われていた。
「さてと、リョーマ。アンタはどうするんだい?」
「探しますよ。真犯人をね」
 忍足を疑っていることはおくびにも出さない。竜崎スミレが複雑な表情を浮かべた。
「リョーマくん……」
 可憐な声がした。
 竜崎桜乃。リョーマと同い年。竜崎スミレの孫。
「跡部さん……もういないんだね。寂しいな」
「竜崎……」
「元気出して。リョーマくん……」
「ああ、そうだね」
 事件は解決していない。愛する跡部ももういない。リョーマの心の中は空っぽであった。
 犯人は忍足侑士である。警察の見立てもそのようだ。
 青酸カリ。忍足は樺地のコーヒーに砂糖を入れた後、跡部のコーヒーにそれを混ぜたのだろう。――そう思っていた。樺地があんなことを言う前は。
 それに、どうしてそんなことをしたかという問題もある。
「動機がない……」
「え? リョーマくん」
「動機がないんだよ!」
 リョーマが吼えた。
 忍足は――跡部の親友だった。悪友と言ってもいい。
 その忍足が跡部を殺した。忍足は今のところ黙秘している。犯人は彼しかいないのに。
 忍足が犯人だすると――。証拠もばっちり。後は動機だけ。
 跡部が被害者になった事件に忍足の家族もショックを受けたようだった。
「幸せだな。俺様は。こんなに愛されて」
 不意に――天から声が聴こえたような気がした。
「どうしたの?」
「……何でもない」
 桜乃が心配してくれるのは有り難いが、今は一人になりたかった。

 翌日、跡部の遺体は荼毘に付された。木の根方にリョーマは座った。秋の気配が忍び足でやってくる。リョーマは帽子のつばを傾けた。
「……まだまだだね」
 リョーマは己に対して呟いた。
「……越前」
「あ――」
 この人は確か――忍足謙也だ。忍足侑士の従兄弟の。中学三年生で、侑士とは同い年だ。
「元気出してんか? コシマエ~」
 謙也と一緒に来た遠山金太郎も眉をへの字に曲げている。金太郎は、リョーマとはテニスのライバル同士である。
「今、一人になりたいと思ってたとこなんだけど――」
 どうしても苛立ちを隠せない。
 跡部景吾は跡部財閥の次期当主だった。今頃グループはてんやわんやであっただろう。
「越前! 済まん!」
 不意に謙也が謝った。
「どうして――謙也さんが謝るの?」
 リョーマは忍足侑士と区別する為に、彼の従兄弟を『謙也さん』と呼ぶ。
「俺……どう考えても俺、ユーシが犯人だとしか思えへんねん」
 ――リョーマが目を瞠った。
 これまで話を聞いて来た人はどの人も、「忍足はやってない」の一点張りだった。
 それなのに、謙也は『侑士が犯人だ』と決めている。
「謙也さんは忍足さんの従兄弟なんでしょう? どうして忍足さんが犯人だって言うの?」
「従兄弟だからや。――あいつの気性は飲み込んどる。あいつは、跡部を愛しとる」
「謙也さん……」
「ユーシは――毎日が幸せそうやった。跡部と会ってから……でも、段々辛そうになって来てなぁ。あいつ、こう言ったんや。『跡部が死んだら、俺が殺したと思ってくれ』って」
「え――?」
 でも、忍足は黙秘したままだ。
「そん時は冗談や思とったけど――今となってみれば、あいつのあの言葉の意味がわかる。あいつは跡部を愛し過ぎて壊したんや」
 動機が、揃った――?
 でも、そんなことが動機になるとはリョーマには考えられない。気持ちは痛い程わかるが、警察は認めないだろう。
 この国は今でも同性愛に厳しい。
 BLだ何だと女子達が騒いでいても、大多数は男女間の所謂『普通の』恋愛を好む。
「数日前やけどな、ユーシが、『なぁ、どうしたらええ? 俺、どうしたらええ? このままじゃ、俺は駄目になってまう』て叫んでたな」
「そんなことまで……ぺらぺら喋っていいの?」
「ああ。越前ならわかってくれると思ってな」
「ワイがコシマエに言うようにすすめたんや」
 遠山が言う。
「へぇ……意外」
「俺も秘密にしてんのが苦しゅうなってきたからな。誰かに吐き出したかったんや。――聞いてくれてありがとう」
 何を勝手に――とは思わなかった。パズルのピースが、これでひとつ揃った。その点では、謙也に感謝だ。
「こっちこそ――どうもありがとう」
 リョーマが手を差し出す。謙也はきっと随分悩んだことであろう。告白した勇気に敬意を表して、リョーマは謙也に手を差し出した。謙也が手を握り返す。
「ありがとう。ホンマ、ありがとう」
 謙也の目には涙が浮かんでいた。羨ましいな、とリョーマは思った。泣ける謙也が羨ましい。
「このことは誰にも言わないから」
「ああ――頼む」
 リョーマだって、パズルのピースを全て揃えた訳ではないのだ。
 樺地崇弘。彼は頑なに忍足の犯行について否認している。
 というのも、彼は見たと証言しているのだ。忍足が砂糖を入れるところを。

「忍足さん……」
「あ、樺地? 今な、砂糖入れるとこやねん」
「? ――自分でやりますが?」
 忍足はそれには何も答えずにカップに砂糖を入れた。樺地の分に一杯。跡部の分に一杯。
「忍足さんは召しあがらないんですか?」
「ああ――そんな気がせえへんのや。それに、お湯かて足りへんし」

「その時、青酸カリを混ぜた様子はなかったの?」
 リョーマの質問に、樺地は首を横に振った。
「そんな様子はありませんでした」
「入れたのはあくまで砂糖だけ?」
「自分の見た限りでは――」
「ふぅん」
 樺地のマグカップに砂糖を入れる前、既に青酸カリが砂糖壺に入っていたとすると、樺地のカップから青酸カリが検出されないのはおかしい。
 尤も、青酸カリも万能ではなく、それを飲んでも生きていると言われた怪僧ラスプーチンのようなケースもある。
 それに、変な味もすると聞く。コーヒーに混ぜて飲んだくらいで騙されてくれるだろうか。
 もしかして、跡部さんは全て知っていたのではないだろうか――。
 それにしても、いつどうやって青酸カリを混ぜたのだろう。樺地が共犯だってことはないのだろうか。
 リョーマは樺地が加害者であることを考えるのを頭のどこかで拒否していた。疚しいことのある人間が、そんな風に、自分も疑われるかもしれないことを喋るだろうか。
 だが――俺だったら喋る。リョーマはそう思った。だって、隠しておいたら罪の意識に一生苛まれることになるだろうから――。
 けれど……そうだ。盲点だったからうっかり見落としてたが、樺地も圏内なのだ。

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2018.09.05

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