テニプリミステリー劇場 ~跡部景吾殺人事件~ part2

(犯人は忍足侑士だ――)
 リョーマの勘がそう叫んでいる。けれど、ただの勘では決め手に欠ける。
 同じコーヒーを飲んだ樺地崇弘は無事生存している。リョーマは彼に話を聞いてみることにした。
「樺地さん……」
「ウス……」
 樺地は涙こそ流してはいなかったものの、悄然としていた。がっくりと広い肩を落としている。
 悲し過ぎて――というか、現実感がなさ過ぎて感情が追いつかないのだろう。
 不思議だ。彼のことはよくわかる。何故なら、自分も同じだから――。
「樺地さん……」
 からりと晴れた空だった。皮肉なものである。跡部は太陽が大好きだった。でも、こうなると、リョーマにとってはその太陽すら憎い。
 リョーマは無意識のうちに待っている。いつか、跡部がひょっこり現れて来るのを――。
 でも、そんな日はもう永遠に来ない。
「いい天気っスね……落ち込みたくなるくらい」
「――ウス」
「雨が降ればいいのにね」
「ウス」
「……ウスしか言わないね。アンタ。跡部さんはよくアンタとコミュニケーション取れたね」
 無理矢理跡部の方に話題を持っていく。
「俺は……俺には跡部さんしかいませんでした」
「うん」
 リョーマは頷いた。そして続けた。
「アンタ、犯人知ってる?」
 樺地は哀しそうな色を小さな目に湛えてゆっくり首を振った。大型草食恐竜というものの哀しみが伝わってきそうだ。
「俺、犯人知ってるよ」
「う……?」
 リョーマの言葉に樺地は目を見開いた。
「あのね……犯人は忍足さんだよ」
「う……?!」
 沈黙が流れた。――やがて、樺地が口を開いた。
「越前さんは……どこまで知ってるんですか?」
「やっぱり、樺地さんも忍足さんならやりかねないと思ってるの?」
「う!」
 樺地は己で失言に気が付いたらしい。
「俺と一緒だね」
「――ウス」
「でも、確たる証拠がないんだよ」
「ウス」
「証拠、一緒に探そうよ」
「――ウス!」
 樺地は力強く肯った。頼もしい味方が出来たなと、リョーマは少しほっとした。
「じゃあ、教えてあげる。これは今のところ極秘情報だよ。――実は跡部さんは青酸カリで亡くなったんだ。わかる? 青酸カリ」
「ウス、ウス」
 樺地は口が重い割には頭の回転は速そうだった。
「樺地さん、何ともない?」
「何とも……ありません……」
 それが自らの業であるかのように樺地はまた飼い主を失った猫のように力を落とす。
「青酸カリの反応はね、跡部さんのマグカップと、それから忍足さんの家の砂糖壺から出て来たんだって。砂糖を入れたスプーンからも。――樺地さんのカップにはなかったよ」
「う……?」
「つまりね、忍足さんしか青酸カリを入れる機会のあった人はいなかったんじゃないかと思ってる訳。でも、彼には動機がない。――樺地さん、何か知ってる?」
「……ウス」
 樺地が小さく答えた。
「跡部さんが言ってました……『愛は人を殺す』と」
「それ、ダイイングメッセージ?」
「いえ……雑談の合間に、出て来た話ですから――あ」
「どうしたの?」
「思い出しました。――俺はいずれ殺されるんだろうな、と」
「それ、言ったの跡部さん?」
「――ウス。それから……『俺様は幸せだよな、なぁ、樺地』と、哀しそうに言ってました」
「幸せ……か」
 殺される程に愛されていたのだから、確かに幸せであろう。もしかして跡部さんは自分の死を覚悟してたんじゃないだろうか――リョーマはそう思った。
(跡部さん……)
 アンタ、馬鹿だよ。どこの世界に想いを遂げられないからと言って逆恨みで人を殺す奴に心臓差し出すような愚か者がいるんだよ。
 可哀想に、跡部さん。忍足さんも可哀想。樺地さんも多分可哀想。
 ――そして、残された俺も可哀想。
 この世に可哀想な奴なんていないんじゃないかと思った。
「跡部さん……馬鹿だよ……」
「ウス……ウス……」
 樺地が背中を撫でさすってくれる。
「ありがとう、樺地さん」
「ウス……自分には、こんなことしか出来ませんから……」
「でも、気力持ち直さないとね。ホシを上げる為にも」
「ウス」
 その時、一台のロールスロイスが。車の窓が開いた。
「樺地! 越前君!」
 氷帝テニス部の顧問、榊太郎である。
「いいから乗れ」
 樺地とリョーマは顔を見合わせたが、結局従うことにした。

「竜崎先生に泣かれて大変だったよ」
 竜崎スミレ。青学テニス部の顧問。リョーマ達をいつもしごいている女傑である。若い時は知らないが、今は婆さんである。
「榊先生――協力してくれますか?」
「元よりそのつもりだ」
 スマートな音楽教師は前を向いたまま運転に集中しているように見える。
「私もね――あの子は好きだったから」
 あの子――跡部のことであろう。
「どのぐらい好きだったんスか?」
「そうだな……ちょっとここでは言えないくらい大好きと言った方がいいかな。彼が死んだことで、私の中では永久にあの子は14歳のまま光り輝いているよ――私は彼を、愛している」
 それは、リョーマも同じだった。けれど――。
「何他人事みたいに言ってんの? アンタ。本当に跡部さん愛しているの?」
「愛している。私なりのやり方でな」
 冷静だった榊に苛立ちの炎が見えた。或いはそう感じただけだったのか。
「――アンタからも話を聞きたいんだけど」
「どうぞ。小さな探偵君」
 小さい――跡部にもよくチビと揶揄われ、腹を立てていたリョーマだったが、今は気にならなかった。どこから訊いていいかわからないリョーマに業を煮やしたらしい榊が訊いた。
「……テニスはどうする?」
「――わかりません。そんな気になれません」
「……跡部が悲しむぞ。お前のテニスが好きだったようだからな」
「どうしてわかるの?」
「――跡部が話してくれた。私は正直嫉妬したよ」
 すらっと言ってしまうあたり、榊は本当は嫉妬していないんじゃないかと思ったが、榊の性格のせいでもあるかもしれないと思ってリョーマはそのことに関しては突っ込んだ話をしなかった。

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2018.08.26

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