テニプリミステリー劇場 ~跡部景吾殺人事件~ part1

 その日、跡部景吾と樺地崇弘は忍足侑士の家によばれていた。
「おかんいないけどゆっくりしてってや。樺地、跡部」
「おう、悪いな。そうさせてもらうぜ」
「……ウス」
「コーヒーでも淹れるわ。樺地には負けるけどな」
「ああ。どうせお前じゃ樺地以上のコーヒーは淹れられんぜ。なぁ、樺地」
「う……」
 樺地は照れているようだった。インサイトもない忍足でさえもわかるくらいに。
「ははっ、何照れてねん。樺地。ホンマ仲ええな。お二人さん」
「当たり前だろう。な、樺地」
「――ウス」
「ブルマンのええのが入ったんやで。――お湯が沸いたようや。淹れてくるわ。砂糖は何杯や」
「ブルマンに砂糖を入れたら罰が当たるかもしれねぇけど……いつも通り一杯。樺地は?」
「……跡部さんと同じで」
 忍足は一旦台所へ消えた。なかなか戻って来ないので、樺地も様子を見に立ち上がる。やがて忍足はコーヒーの入ったマグカップを二つ、トレイに乗せて持って来た。樺地もついて来る。
「口に合えばええんやけど。砂糖はあらかじめ入れといたで」
「サンキュ。それはいいが、震えてるぜ、忍足。どうかしたのか?」
 跡部の疑問に忍足は「何でもあらへん」と首を振る。
 二人はコーヒーを口にする。――そして。
 ガシャーン。
 跡部がカップを取り落した。
「跡部!」
「跡部さん!」
 樺地が立ち上がって跡部に駆け寄る。忍足は跡部の背中を摩った。
「跡部! 大丈夫か?! 苦しいんか?!」
 しかし、その時跡部は既に絶命していた。
「樺地! 救急車や! ――いや、警察が先か……」
「ウス」
 樺地は電話をかけに走った――。

「ガイシャは跡部景吾14歳……」
「ふぅん」
 頭に帽子、Ponta片手に越前リョーマが登場。一見、まるで気のなさそうに見える。
「リョーマさん。君のご学友なんですよ。何かショックとか受けてないんですか?」
「跡部さんとは違う学校だもん」
「そうじゃなくてですねぇ……」
「おい、斎藤、何くっちゃべってんだ」
「はーい」
 斎藤は上司のところへ戻って行った。
「んで、真田さん――犯行に使われた毒物は?」
 真田さんとは、立海の真田弦一郎の父親である。
「ああ……青酸カリのようだ。巴旦杏の香りがする」
「――違ったか」
「……は?」
「何でもない。こっちの話」
 リョーマはまたPontaを一口、口にした。
「今、乾君と白石君にも連絡を乞うているところだ」
「何であの二人を……」
「あの二人は毒物のエキスパートだからな」
「白石さんはともかく、乾さんは毒物作る方じゃないかな……」
 何でも乾汁を飲んで死人が出たとか出ないとか……そんなデマも流れているくらいだ。いや、満更デマではないかもしれない。
(跡部さん……)
 リョーマは陽光を背に受けてきらきら光る跡部を思い出していた。
(やば。無関心を装っていないと泣きそうだ……)
 二人で海に行った時のことをリョーマは思い出していた。
(なぁ、リョーマ。俺は宇宙に行くのが夢なんだ。そん時はお前も連れてってやってもいいぜ)
(跡部さん、この間は別の夢を語ってたんじゃなかったんでしたっけ?)
 リョーマに見せる中学生らしい跡部の顔。この間は確か世界を飛び回るんじゃなかったっけ。
 夢を沢山持ってて生を謳歌していた跡部。その跡部が何者かに殺された。
 跡部さん……。
 リョーマはリョーマなりに、跡部の死を悲しんでいたのだ。だけど、泣き顔は見せたくなかった。それが、斎藤辺りには冷たく映ったかもしれない。
 越前リョーマは小学生の頃から名探偵として名を馳せていた。流石に友の――いや、片想いの相手が殺されるとは思いもよらなかったが。
 ――跡部さん、仇は討つっス。
 リョーマはそう胸に誓った。

 表に出ると、忍足侑士――跡部景吾の氷帝学園での友人――がぎゃあぎゃあ騒いでいた。
「何でや! 何で越前は入って良くて俺達はあかんねん!」
「忍足君……越前君は捜査に協力してんだから。……君にも後で出頭願うから。重要参考人として」
「ちぃーっす。忍足さん」
「え……越前……」
「らしくないですよ。忍足さん。そんなに取り乱して」
「取り乱したくもなるわアホ! ダチが死んだんやでぇ!」
「そういう時こそ落ち着きが大事だと思うんスがね……」
 リョーマ自身、そう言いながらも苛立ってくるのがわかった。
「後で話聞かせてください」
「……わかった」
 忍足は存外早く落ち着きを取り戻した。だが流れる涙は止まらない。
「忍足さん、犯人は必ず見つけるっス」
「――頼むで」
「樺地さんの話も聞きたいっス。けど、まずは忍足さんからっスね」
「おん」
「忍足さん――青酸カリって知ってますか?」
「馬鹿にすんなや。毒物やろ?」
「入手困難な毒物です。けど、昔は手に入りやすかったからよく殺人事件に使われてました」
「俺もミステリーは読むからそんなことはわかっとる。――なぁ、越前、自分は俺に何を訊きたいん?」
「跡部さんはコーヒーを飲んで死んだんですよね」
「……それで?」
「跡部さんの口からはアーモンド臭がしました。――青酸カリで死んだ人の特徴です」
「な……何やて?!」
「知らなかったんスか?」
「知らないも何も……跡部が青酸カリで死んだと言うのにまず驚きや」
「さっきも言った通り、青酸カリは入手が難しいんです。大学の研究室などにはあるそうですが――忍足さんのお父さんは確か大学病院の先生でしたね」
「それがどないした」
「別に。ただ事実を述べただけっス」
「俺が殺したとでも?」
「――さぁね。じゃ、俺は現場に戻るっス」
「あ、おい、越前……」
「何? 俺、忙しいんだけど」
「俺を、疑ってんのか?」
 越前はゆっくり振り向いた。忍足が奇妙な顔つきになっているのがわかった。

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2018.08.16

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