タカとミドリと実渕レオ 前編

 ――悪夢は突然やってきた。

「やっほー。タカちゃーん」
 洛山高校の実渕玲央だ。ちなみにここは東京の秀徳高校。
「あっれー。実渕サンじゃないっスかぁ。京都からわざわざ来たんですか?」
「そうどすぇ~」
 高尾和成と実渕はきゃっきゃっと笑いながら話している。
「うるさいぞ。高尾」
 緑間真太郎がバスケットボールを携えながら言った。実渕は眉を顰めた。
「まぁ。――やな感じ」
 高尾が訊いた。
「実渕さんはどうしてここへ来たんですかぁ?」
「レオでいいわ。――そうね。タカちゃんに会いたかったからよ。それから東京探訪」
「へぇ~」
「ね、タカちゃんも来ない? つか、案内して」
「は……練習が終わったら……」
「おい、高尾。今日はあがっていいぞ」
 この夏休みに母校の指導に来ていた、今は名門大学の学生となった大坪元バスケ部主将が言った。
「は、はぁ……」
「待て。オレも行く」
 緑間が静かに、だが鋭く口を挟んだ。
「はぁ? 何でアンタが来るのよ」
「オマエら野放しにして万が一間違いでもあったら困るからな」
「そんなこと言ってー。どうせタカちゃんが心配なんでしょ?」
「誰が……」
「真ちゃん……」
 高尾がおろおろしている。
「そうだな。緑間も行って来い。ちょうどいいガス抜きになるだろ」
「お土産よろしくな」
 大坪の言葉に続いて、宮地が笑って言った。宮地もバスケ部に顔を出していた。彼の特徴だった物騒な言葉はなりを潜めている。
「わかりました。行ってきます」
「――来なくていいのに」
「オマエらだけでは心配なのだよ」
「……心外ね」
 緑間の言葉にレオは唇を尖らせた。
「征ちゃんだったらもっと自由にさせてくれるわよ」
「あいつと一緒にするな」
「まぁ! 同じキセキの世代じゃない!」
「…………」
 緑間は眼鏡のブリッジに手をかけてくいっと上げた。
「何も真ちゃんまで来なくていいよ。オレも行かないからさ」
「タカちゃん!」
「まぁ、そう言うな」
 大坪が穏やかにたしなめる。
「実渕さんは洛山の生徒だろう? お互い一時勝負を忘れて親睦を深め合うのはいいことだ。部員達の面倒はオレが見ておくから」
「――オレ達に洛山をスパイしろってことですか?」
「そうは言ってないだろう」
 大坪は苦笑する。レオは緑間に対して挑戦的な口調で喋った。
「言っとくけど、私をスパイしたって何も出ないからね。征ちゃんならともかく」
「征十郎のことはオレの方がよく知っているのだよ」
「どうでもいいけどさ、その語尾変。やめた方がいいんじゃない?」
「オマエもオカマ言葉直した方がいいのだよ」
「まぁ、レディーに向かって何事? 行きましょ、タカちゃん」
「は、はぁ……」
 高尾は毒気を抜かれたらしい。レオは高尾に腕を差し出した。
「? どうしたんですか? レオさん」
「腕、組みましょ」
「えー?」
「何よぅ、だめなの?」
「オレ、女の子以外と腕を組むことってあまりないんだよ」
「まぁ。言ったでしょ。私は立派なレディーよ。ミドリとは組まないの? 仲いいんでしょ? アンタ達。一目でわかったわ」
「ミドリ……」
 緑間は気分を害した。レオが来てからずっと機嫌が悪かったのだが。
「あー、真ちゃんの場合、あっちがなかなか組ませてくれないもんな」
「冷たい恋人ね。お姉さんが優しくしてあ・げ・る」
「は、はは……」
 高尾は引き攣った笑いを浮かべる。レオはすっと自然に高尾の腕を取ると自分の腕を絡ませた。
「さ、行きましょ」
 振り払え! 高尾!
 緑間が念じるのも虚しく、高尾はずるずると相手に引っ張られていった。
「に、荷物ぐらい取りに行かせて~」
「あら、そうだったわね。じゃ、一緒に行きましょ」
 緑間はそれを見てやれやれと溜息を吐くと、自分のバッグを取りにロッカールームへと向かった。

「ずいぶん混んでるわねぇ。これだからやーよ。人ごみって。ねぇ、執事カフェとかないの?」
 秋葉原の人なかで三人は立ち往生していた。
「メイドカフェならあるみたいっすけどねぇ~」
「やぁね、タカちゃん。時代はメイドより執事よ。私はイイ男にちやほやされたいの」
「おい、高尾。そのオカマを置いてさっさと帰るのだよ」
 緑間が不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「オカマじゃないってば。失礼ね」
「大体、そんな不純な目的で来る方が間違っているのだよ。秋葉原は電化製品を売る店が並ぶところなのだからな」
「うん。確かに電化製品の街だけどさ」
「とにかく疲れたわ。どこか他のところに行きたいわね。――ねぇ、タカちゃん。どっかいいとこない?」
「オレ、浅草好きなんだけど」
「じゃ、そこ行きましょ」

 浅草に着いた途端、レオは目に見えて元気を取り戻した。
「うっわー。このレトロな町並み! なんか懐かしーって感じ。初めからここ来れば良かったわ」
「秋葉原に行きたいと言ったのはオマエなのだよ」
「オマエじゃないわ、実渕玲央って名前がちゃんとあるんだから!」
「貴様など『オマエ』で充分だ」
「真ちゃん。美味しい喫茶店が知ってるんだけど」
 高尾はこの険悪な空気を鎮めようと口を挟んだ。
「クリームみつまめが美味しいんだ♪」
「みつまめ……」
 緑間はごくんと唾を飲んだ。
「あ、真ちゃん。行きたそうな顔してる。行こう行こう」
「あん。タカちゃん。急がなくても店は逃げて行かないわよ。引っ張らないで」
 レオは高尾と腕を組んだままだった。
 雷門に寄ってから、目的地に到着した。

次へ→

2013.8.14


BACK/HOME