タカとミドリと実渕レオ 後編
※下品注意。
「なっ。旨いだろ?」
「――うむ」
舌の肥えた緑間もうならせるほど、その店のクリームみつまめは旨かった。レオはクリームソーダを啜っている。
「ねぇ、タカちゃん、一口ちょうだい」
「あっ」
高尾は思わず声を上げた。レオは満足そうに蕩けるような顔を見せた。
「あまーい。つめたーい」
「なに当たり前のこと言っているのだよ」
「だってタカちゃんと間接キッスだもん♪」
「ぶっ」
今のは高尾が机の上に突っ伏した時に発した声だった。もしレオの意中の相手が緑間でこんな風に迫られていたら、高尾は必ず笑いの種にするに違いないのだが。
――緑間は黙々とアイスを口に運んだ。
三人は会計を終えると外に出てぶらぶら歩く。高尾は楽しげにきょろきょろしている。
「やっぱいいなぁ、この街は。風情があって」
「そうだな」
「――あ、そうだ。真ちゃん、トイレ寄ってかない? オレさっきから漏れそうで」
「下品な口をきくな。でも、一応行っておくのだよ」
「私も」
男三人、並んで用を足す。
「――タカちゃんのって……立派ねぇ」
しみじみとした声でレオが感心する。
「色といい形といい艶といい……こんなので貫かれたら私、失神するかも~」
高尾は身の危険を感じて、終わると慌てて自分のモノをしまう。
「おい、こら。何を下卑たことを言っている。聞くに耐えんのだよ。高尾も困ってるぞ」
既に用を足し終えた緑間がレオに注意する。
「あら、何よぉ、いいじゃない。けなしたわけじゃないんだし。――ミドリ、アンタのも見てやれなくて残念だったわ。アンタだったら、そんなでかい図体して短小の場合思いっきり笑ってやろうかと思ったのに」
「なっ……短小ではないのだよ!」
「そうだよ。真ちゃんは……」
緑間はぎりっと高尾を睨みつけた。オマエは黙っていろと言う目だ。高尾はひょいと無言で肩を竦めた。レオがにんまりと笑った。
「ねぇねぇ、アンタ達ってそういう関係なの?」
「なっ……何故そう思うのだよ」
緑間の声が引っ繰り返った。
「図星ね」
「偶然――見たってこともあるかもしれないだろう? よ――よくあることなのだよ」
「でも、否定はしないのね。それにこのうろたえぶり。アンタ達ガチね。女のカンが教えてくれるもの。――でも負けないわ! 愛は障害が多いほど燃え上がるものなのよ!」
「勝手に盛り上がるのはよすのだよ! 高尾はオマエには渡さないのだよ!」
ぎゃあぎゃあ言い合っている二人は、高尾がそ~っとその場から離れて消えたことにしばらく気付かないでいた。
「あ、あら? タカちゃんは?」
「呆れてどっか行ったんだろう……でも、あいつの行きそうな場所はわかるのだよ」
「え? どこどこ?」
――高尾は一人楽しくUFOキャッチャーをして遊んでいた。きゃははははと笑いながら。
「あら、ほんとにいたわ」
「――あいつの行動パターンは大体読めるようになったのだよ」
「あ、真ちゃん。話終わった?」
高尾の顔がぱあっと明るくなった。
「なに遊んでいるのだよ」
「わりぃわりぃ。――おっ。真ちゃん人形ゲーット♪」
クレーンが人形を落とした。
「勝手にいなくなるな」
「だから悪かったよ。はい。真ちゃんにはこれ。レオさんにはこれね。後は宮地サンと木村サンと大坪サンの分と――」
高尾は戦利品をほくほく顔で数える。
「私にもくれるの? ありがと~♪」
「ふん。趣味の悪い兎なのだよ」
「あら。人がもらったもんにケチつけないでくれる?」
緑間とレオの間にバチバチッと火花が散る。
「それにしても、タカちゃんてUFOキャッチャー上手いのねぇ」
レオが話題を変えた。緑間が言った。
「確か黒子も上手かったのだよ」
「そっかー。じゃ、いつか黒子と勝負してみっかな」
「……勝負はバスケですればいいのだよ」
緑間は溜息を吐いた。
「その時は私も混ぜてね」
と、レオ。
「うーん。でもぶつかられるのはカンベンして欲しいなぁ」
高尾がこめかみを掻いた。
「あらぁ、残念だわぁ。タカちゃんの体ってしなやかで弾力性があってぶつかりがいがあるのに」
「――オレ、今、そんなもんない方がいいって思った。ところで、レオさんいつ京都へ帰るの?」
「明日の夕方の五時頃帰るわ。今日泊まるホテルももう予約してあるの。ここからちょっと離れてるけど。もう行かなきゃ」
「じゃ、オレ達もそろそろ帰るわ。じゃあね」
「あ、連絡先教えて」
「いいよー」
高尾は赤外線でレオのケータイに番号を送った。
「――さすがに一緒に泊まることは無理、かしら?」
レオは流し目を高尾にくれた。
「うん。無理」
高尾ははっきり断った。
「でもお見送りはするから」
「おい、高尾――まぁ、そのぐらいだったら、してやらんこともないではないが」
「出たー! 真ちゃんのツンデレ!」
「う……煩いのだよ!」
「真ちゃんもレオさんと仲良くなったようだし?」
「誤解するな。オレにはあくまでオマエしかいないのだよ」
「真ちゃん……」
緑間ははっと目を見開いた。
(言い過ぎだったのだよ……)
レオはその眼に複雑な色を浮かべた――ような気がした。
「わかったわ。アンタ達がとーっても仲いいってことは。でも、私は諦めが悪くて欲張りな女なの。――また明日ね」
高尾もひらひらと手を振ってレオと別れた。
「明日は――午後の練習少し抜けることになるかな」
緑間にはそれが些か気懸りだった。
「そうだねー。ちょっとそのこと言っとくわ」
「……なぁ、高尾」
「なに?」
「誰かその――異性に誘惑されたら……オマエはどうする?」
「異性って……レオさん男じゃん。そりゃ、確かによく見りゃ美人だけどさ」
「真面目に訊いてるのだよ。……今回は男だったけど、その……オレも男だから……」
緑間は我ながら歯切れが悪いと思った。
「なに? オレが浮気するとでも?」
「――そういうことだ」
「心配しなさんなって」
高尾は緑間の肩を優しくぽんぽんと叩いた。
「オレもこんなに好きになったのはオマエしかいねぇよ」
「でも、もし他の人と二人きりで流されそうになったら――」
「そりゃあ、美味しくいただくだけっしょ」
「――帰る」
「ま、待てよ、真ちゃん! 冗談だよ冗談!」
緑間の長いコンパスに高尾が追いすがる。
「――もしその相手を傷つけてしまったとしても……オレは必ず真ちゃんのところに戻るよ」
「本当か?」
「本当」
でも、それだと高尾を束縛することになるのではないか――緑間は思った。
「もしかして、オレを束縛することになるかもしれない、と思ったわけ?」
高尾はオレの心を読んだのか、と緑間はびっくりした。この男には時々驚かされる。
「オレには……オマエを縛りつける権利はないのだよ」
「あるよ」
高尾はあっさり応えた。
「オレも真ちゃんのこと縛っているかもしれないしね」
「…………」
二人はしばし無言で歩いた。日はまだ高いとはいえ、もうすぐ暗くなる。やがて、高尾がぽつんと言った。
「大坪さん達、もう帰っちゃったかなぁ」
「いなかったら、二人で練習するのだよ」
「はいはい。エース様。――取り敢えず遅くなるって、家には電話しとくから」
高尾はケータイで家族に用件を伝えた。それからというもの、二人はとりとめのない話をずっとしていた。
「レオさんにもお土産買わないとな」
「明日朝早くに起きるのだよ。人事を尽くして最高の土産を探すのだよ」
「うはー。出たよ『じんつく』」
「煩い。大事なことなのだよ」
「そんなにレオさんのこと好きなんだー。もしかして実は愛したりしちゃってるわけ?」
「――オマエは一体さっきの話をどういう風に聞いてたのだよ」
「冗談冗談」
「――せっかく京都から来てくれたんだ。一生懸命心を砕いて探さないと失礼になるのだよ。食べ物がいいのか実用品がいいのか洒落た小物がいいのか……くそっ。京都にはその手の品物はいっぱいあるのだよ」
「ふぅん。ずいぶん熱心じゃね? オレの知らない間に真ちゃん、ほんとにレオさんと仲良くなったんじゃない?」
「どこをどう見たらあの男とオレが仲良く見えるのだよ。オレは人として当然のことを言っているまでなのだよ。それより高尾。オマエは自分の心配をしてろ。狙われているのはオマエなんだぞ」
「へーい。でも、そこまで人事尽くしてたら、午前中も練習出れないぜ」
「――う、そ、それは仕方ないのだよ」
「ま、いいや。オレもレオさん嫌いじゃないし、一緒になんかレオさんが喜びそうなモン見繕うぜ」
「当然なのだよ。事の発端はオマエにあるのだからな。あんなややこしい男に惚れられたオマエにな」
「真ちゃんも大概だと思うけど」
「煩い!」
秀徳に帰ると大坪達はまだいて、土産物や今日起こった出来事の話を宮地にもせがまれた。高尾はほんの少しばかりぼかして脚色した話を喋っている。
その横で、緑間は黙々とシュート練習をしている。その口元には、僅かに笑みが浮かんでいた。やがて彼は叫んだ。
「パス回せっ! 高尾!」
「おう!」
高尾が立ち上がってドリブルしながらコートを駆ける。そして的確なパスを出す。すると緑間は気持ちのいいシュートが撃てるのだ。
――レオのおかげで騒々しかった一日が過ぎ去ろうとしている。
後書き
レオ姉は赤司のことを『征ちゃん』と呼んでいるけれど、高尾のことは本当は何て呼ぶんでしょうねぇ。
この話では『タカちゃん』にしちゃったけど、『和ちゃん』と呼ばせた方が妥当ではないのか、ということに後から気付きました(笑)。
ちなみに『タカとミドリと実渕レオ』というタイトルは『バカとテストと召喚獣』のもじりです。
2013.8.16
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