オレの高尾和成 9

 ふぅー……。
 朝練を終えたオレは、早く高尾の元へ行こうと気が急いていた。高尾本人には言わないがな。
 あ、あれは小早川。高尾……あいつと顔が近いのだよ。
 ――小早川が高尾の唇にキスをした。
 オレは頭が真っ白になったのだよ……。
 高尾が小早川を突き飛ばす。
「あ、真ちゃん」
 高尾が駆け寄って何か言って欲しそうにしたが、オレは踵を返した。
「待ってよ、真ちゃん」
 オレには、高尾にかける言葉などないのだよ。
「ねぇ、真ちゃん――オレの言うこと聞いてよ」
 無視だ。無視。
 高尾が誘惑しているのではなかったことぐらいわかっている。だけど、こいつが無防備だから悪いのだ。ゲイだったら高尾に惚れるヤツもたくさんいるだろう。――オレも、その一人なのかもしれない。
 高尾に不当にあたっているのはわかっている。けれど、仕様がない。自分の嫉妬心を抑えることはできない。
(小早川アルトには気をつけなさい)
 ――あれはそういうことだったのか。ミザリィ……。
 多分、悪いのは小早川だ。あと、魅力たっぷりな高尾。
 オレは今、高尾を許せていない。そして、そんな自分自身も許せていない。オレはこんなに狭量だったのか。まぁ、嫉妬深いのは認めるが。
「真ちゃん、あいつ……小早川がいきなり――」
 オレは振り向いた。かけていた眼鏡が日光に当たってきらりと光ったんじゃないだろうか。これはバスケットマンとして不利なことだが、オレは視力が悪い。眼鏡が手放せない。でも、小早川と高尾のキスは見ることができた。――見たくなどなかった。
「人のせいにするのは最低なのだよ」
「真ちゃん……」
 高尾。お前は隙があり過ぎる。だからいけないのだよ。
 しばらく付き合っているうちに、こいつにも苦手なものやら触れられたくないことがあるのはわかるのだが――初対面の人間は高尾を何でも受け入れる人間のように思ってしまう。
 高尾は触れられたくないところに触れられるのを一番嫌う。そういう人間のことも嫌う。オレは――まぁ、高尾とは長い付き合いだしな。そのぐらいはわかるようになった。
 でも高尾。お前は人たらしだ。誰にでも愛想を振り撒かないで、オレの為だけに笑って欲しい。そう思うオレは高尾にべた惚れなんだろう。
 だから小早川も勘違いしたのだよ。強ち小早川のせいばかりではないのだよ。
 オレは何となく気になってもう一度振り向いた。
 ――見なければよかった。
 高尾が、泣きそうになっている顔なんて。

 その後も、オレ達は別々に行動した。
 高尾はオレに何度も近寄りたそうにしていたが、オレが許さなかった。
 また、級友どもも高尾を囲んでわいわいやっていた。――だが、この日は楽しそうな明るい高尾の声は聴こえなかった。
 やはり、オレが声をかけるべきか? でも何て?
 コミュ障気味のオレはこの場合どうしたらいいかわからない。このままじゃ、高尾とも終わりかもな……。
(お前――高尾と別れろ)
 ああ、ああ、青峰。お前の言う通り、オレは高尾と別れるかもしれないのだよ。
 高尾は人気者だから彼氏か彼女くらいすぐに作れるのだよ。
 ――オレは、高尾に真実の愛を感じたのに、高尾はそうではなかったんだな……。
 でも、高尾はアンドロイドから人間に戻った。――ということは。
 満更悪い辻占でもないかもしれないのだよ。
 オレは思い込みが激しい上に人を選ぶと来ている。厄介な性分だがこればっかりは直せそうもない。そんなオレを高尾は好きだと言ってくれた。
 オレは、高尾の為に何か行動したことがない。いつも高尾の方からオレに働きかけて来た。
 ――オレは高尾を愛してる。
 だから、それを伝えなくてはならないんじゃないか?
 それがミザリィの言う真実の愛だとしたら――。
「高尾は?」
 オレは同じ講義をとっている桃井に訊いた。
「帰ったわよ。何か、気分が悪いって」
「そうか。ありがとうなのだよ」
「待って。ミドリン」
「ミドリンはやめろと言っただろう」
「高尾君、交通事故で死んだり、アンドロイドになったりして、いろいろ大変だったんだから優しくしてあげて、ね」
「わかった」
 ――勿論なのだよ。心の中で呟いて、オレは桃井に対して頷いた。
「テツ君も青峰君も赤司君も――私も味方だから」
「重ね重ね感謝するのだよ。桃井」
 桃井はいい女だ。何故黒子が桃井に振り向かないのかわからない。それは、黒子の恋人の火神はいいヤツだが――。
 黄瀬が妙なことを言っていた。青峰の本命は火神だって? ――まぁいいけど。
「オレも早退するのだよ。高尾が気になる」
「うん。がんばって」
「退出する旨、教授に話しておくから」
「うん」
 オレは職員室に寄って帰ることを伝え、ドイツ語の教授に課題を提出した後――青峰に会った。
「よぉ……」
 青峰には何だか覇気がない。どうしたと言うのだろう。
「お前、オレが言ったこと気にしてるんじゃないかと思ってな」
「全然気にしてないのだよ」
「早耳クラブのヤツらが言ってたぞ。緑間が高尾と目も合わさないってな」
 ふぅん、わかるヤツにはわかるんだな。
「確かに、オレと高尾はぎくしゃくしていたかもわからないのだよ。でも、お前のせいではないのだよ。――高尾にキスした男がいたんだ」
 青峰が目を見開いた。
「それだけ?」
「何か文句でも?」
「キスぐらいアメリカじゃ友達でもするだろうが。何だ? そいつ帰国子女か?」
「小早川アルトだ。ちょっとハーフっぽいのだよ」
「名前からしてハーフっぽいよな。気にし過ぎなんだよ、おめーはよー。『オセロー』みたいだぜ。全く」
 青峰――『オセロー』を知っていたのか。
『オセロー』――シェイクスピアの四大悲劇のひとつ。立派なムーア人の将軍、オセローがイアーゴの讒言で貞淑な妻デズデモーナを殺してしまう。最後は自分も自殺してしまう。
「まぁ、まだ間に合うから……本当にオセローのようになる前に高尾を捕まえて来い」
「お前……この間と言ってることが矛盾してるぞ」
「そうか?」
 青峰は首を傾げている。
「ま、てめーに勘違いされたまま、また死んだんじゃ高尾も浮かばれねぇだろうしな」
「オレは高尾は殺さないのだよ」
「そうそう。ほら行け。高尾に逃げられる前に」
 そうだ――オレのつれない態度を見て、オレに嫌われたと思った高尾がオレから離れてしまう、ということも有りうる。それだけは避けたいのだよ。
 オレ達は確かに深いところで結ばれ合っていると、オレは信じている。だから――許す。小早川のことも。
「ありがとうな。青峰」
「お前がオレに礼なんて……雨でも降るんじゃねぇか」
「――失敬な」
「冗談言ってる場合じゃねかったな。がんばれよ」
 オレは、ああ、と言い置いて青峰と別れた。
 高尾、高尾、高尾――。
 オレの部屋に帰っているだろうか、高尾。それとも実家だろうか。
 小早川は少年(もう大学生だが)に手を出すヤツだ。高校のバスケ部の監督で大丈夫だろうか。いずれ中谷監督とも話し合わねばならんな。キスくらいで大袈裟な、と笑われるかもしれないが。
「緑間君、緑間君」
 オレは男に声をかけられた。オレの知ってるヤツだ――というより、全ての元凶。
「小早川アルト!」

2015.11.24

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