オレの高尾和成 10

「やぁ」
 オレがつい呼び捨てにしたことも小早川は気にしなかったようだった。
「ちょっと話いいかな」
「――はい」
 オレもこいつとサシで話がしたかったところだ。
「助手席に乗ってくれ」
「はい」
 車が発車した。小早川が端正な横顔を見せて運転する。大人の顔だ。
「あのな――オレ、高尾君が好きなんだよね」
「はぁ……」
 わかってます。キスしているの見ましたから。
 そう言いたかったが、言えなかった。
「でも、高尾君はキミが好きなんだよね。ちょっと情報収集もしたし――キミはどうなんだい?」
「オレは――オレもあいつが好きです」
 信号待ちで車が止まった。
「本気なんだね」
「――本気です」
 小早川がこちらを見る。オレ達の間に火花が散ったような気がした。
「オレも本気だよ。仔猫クン」
 信号が青になった。オレはちょっとの間固まった。オレは猫が苦手なのだ。それも知っているんだろうか。
 車がオレ達のアパートに着いた。オレが降りると、小早川は言った。
「じゃあね。緑間君」
「はい。小早川監督」
「やだなぁ。小早川さんでいいよ。キミはもう秀徳の生徒じゃないんだから」
 そう言って小早川は笑う。
「というか、オレ達ライバルだからね。緑間君」
「…………」
 どう言おうか迷っていると、小早川のフォルクスワーゲン――いや、ボロクソ車――は行ってしまった。
「ふん」
 あんなヤツに負けるもんか。でも、小早川には掴みどころのないところがある。あいつは強敵になるかもな。高尾が好きだという輩はたくさんいるが、その中でも。
 オレは心臓の鼓動を感じながら部屋のドアを開けた。
 ――果たして、高尾はいた。
「お帰り……真ちゃん」
 高尾はバツの悪そうな顔をした。何だ。もうオレは怒っていないというのに。
「――ただいま」
「講義は?」
「サボった」
「真ちゃんが? 珍しいね」
「お前の方が大事だ」
 高尾が目を瞠った。
「――それはどうも」
 高尾の声に何となく嬉しさのようなものが点っているように聞こえたのは気のせいだろうか。
「お茶淹れるね」
「ああ」
 ――早く本題に入らねば、な。
「高尾。今、小早川に送ってもらった」
「小早川サンのことはちょっと聞きたくないなぁ」
「だろうとは思うが、まぁ聞け。――あいつはお前が好きだと言っていた」
「おやまぁ」
「他人事みたいに言うな」
「だって――オレが大切なのは真ちゃん一人だもん」
 こいつ……。オレは嬉しさを噛み締めた。
 だが、小早川は一癖も二癖もありそうだ。油断はできない。あっと言う間に高尾の唇を奪った男だ。だが、高尾は小早川を好きではないらしい。それがオレにとっては救いだ。
「今日ね、すき焼きだよ。だいぶ張り込んだんだ」
「――どうして?」
「オレもね……真ちゃんの態度にムカついていたからさ、どうせ真ちゃんの金なんだから思いっきり散財しちゃおうと思ってさ。でも、これからどうしよ。明日明後日は食うに困ることはなさそうだけど」
「オレにも貯金がある。明日おろそう」
「真ちゃん貯金なんてあったの?」
「親からの仕送りがあるのだよ。毎日御馳走続きでも多分一週間はもつぞ。仕送りもそのうち振り込んでもらう予定だしへそくりもあるし」
「真ちゃん家ってお金持ちだもんね。やっぱ、オレと真ちゃんて釣り合わないのかなぁ」
「――そんなことないぞ!」
 オレは勢い余って高尾を畳に押し倒した。
「し……真ちゃん……?」
 オレは高尾の唇を蹂躙する。しばしの時間の後、高尾が苦しそうに息をした。
「もう――がっつくのやめてくれよ……」
「すまん」
 でも、高尾だって人のこと言えんとは思うが……嫌がっているわけではなさそうなので、それはスルーすることにした。
「お茶、飲みたいんだけど。喉乾いちゃった。真ちゃんも飲むだろ?」
「――ああ」
 オレは高尾から体を引き剥がして起き上がった。まだ時間もあるだろう。夜になったら容赦はしないぞ、高尾。
「はい、真ちゃん、お茶」
「――ん」
 高尾が茶碗を渡してくれる。高尾の淹れたお茶は旨い。いつだったか母親から淹れ方を習ったのだと得意そうに言っていた。
 オレはすぐに茶碗を空にした。
「お代わりいる?」
「もらう」
 しかし、こうやってみるとまるで夫婦のようだ。高尾が男なのが普通の夫婦と違うだけで。
 どうだ。小早川。オレ達の間にお前の入ってくる余地などないのだよ。

 ぐっつぐっつぐっつ――。
 鍋の中ですき焼きの具が美味しそうな匂いをたてている。擬音で表したら大体こんな感じだ。
「松坂牛買ってきたんだけど」
「旨そうだな。松坂牛なんて久しぶりだ」
「ええっ?! オレ初めてなんだけど」
「美味しそうね」
 急に降って来た大人っぽい女性の声――。
「ミザリィ」
「こんばんは」
「ミザリィさん、どっから来たの?」
「それを訊くのは野暮というものよ」
 ミザリィが人差し指を唇に当てた。その様が妙に色っぽい。まぁ、ミザリィならどこから来てもおかしくはないと思うが。アウターゾーンの案内人だし。
「ああ、そうだ、ミザリィ。忠告してくれて感謝なのだよ」
「そう。それは良かったわ」
「忠告って?」
 高尾が訊く。
「ああ。ミザリィが『小早川アルトには気をつけなさい』と――」
「何だ。だったらオレに話してくれたらいいのに」
「小早川が相手でもオレは負けないのだよ」
「そう――緑間君もまだ小早川アルトの本当の恐ろしさを知らないのね」
 ミザリィが溜息を吐いた。何だ? 小早川の本当の恐ろしさって。

2015.12.4

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