オレの高尾和成 8

「あ、真ちゃんおはよ」
 高尾が笑う。朝一番の気付け薬なのだよ。
「ごめん。今着替える。ご飯待ってて」
 そうか――何だか新婚みたいだな。だがオレは、今朝の夢のことが気になっている。
(小早川アルトには気をつけなさい)
 ミザリィは何であんなことを言ったんだろう。そもそも接点が少ないではないか。
「真ちゃんは今回は和食でいい? 和食って体にいいんだよね」
「ああ――」
 オレは上の空で答えた。オレは和食党なのだよ。でも、高尾が作る洋食も結構旨い。
「真ちゃん」
 高尾がずいっと近寄って来た。
「な……何なのだよ」
 この状況は――まずい。
 昨日も高尾を抱いたのに、もう一回でもいいからしたくなったのだよ。
「真ちゃん……?」
「ああ、悪い。お前を抱きたいと思った」
「――真ちゃんて、案外即物的だね」
「そうか?」
「帰ってきたら相手してやるから今はご飯を食べようよ」
 そうだな。無理に抱いて高尾の腰つきをおかしくしたら、友人達に笑われかねない。――どうせオレは即物的なのだよ。オレは言った。
「ご飯におみおつけ、それからさんまの塩焼き」
「わかった。――あ。冷蔵庫にあんまり物ないの忘れてた。パンとコーヒーならあるけど。ご飯も炊いといたし」
「何でもいいのだよ」
「じゃあ、コンビニ弁当買ってくる。パンとコーヒーだけよりゃマシだろ? あ、後、チーズとケチャップがあるけど、昼食にピザトースト持ってく? ――学校の帰りにまた食糧調達するから」
 コンビニ弁当か――昔はよく食べていたものだが、今は高尾の手料理の方がいい。だが、それを言うのは気恥ずかしかった。
「わかったのだよ」
 オレはトイレで情欲を処理してきた。その後はせっかくだからドイツ語の訳もやっていたのだよ。

「しーんちゃん♪」
 コンビニから帰って来た高尾がオレにダイブする。
「わぁっ!」
「えへへ。びっくりした?」
「――眼鏡がずれたのだよ」
 だが、嬉しくない訳ではなく――。
「弁当買ってきたよ。俺達、幕の内弁当ね。無難なところで」
 オレも、幕の内弁当がコンビニ弁当の中では一番性に合っているのだよ。焼肉弁当だの、ハンバーグ弁当などには興味がない。高尾が作ってくれるのなら喜んで食べるが。こいつはオレの舌に合う物をわかっている。
「スーパーまだ開いてないもんねぇ――」
 高尾がくすくすと笑う。
「どうして笑う?」
「何か、幸せだなぁって思って」
 父が観ていた映画の中で、若大将が『ぼかぁしあわせだなぁ』と言っていたのを思い出したのだよ。だいぶ古い話だ。
「――重い。どくのだよ」
「えー? 真ちゃんの方が重いよ。このたっぱだもん」
「ふん」
「昔は真ちゃんのこと追い越したかったけど、これで成長止まったもんね」
 オレは、ぽん、と起き上がった高尾の頭を叩いた。高尾はこれぐらいでちょうどいい。
「早く食べるのだよ」
「そうだね。牛乳あったから一緒に飲もうよ。ご飯はいっぱいあるしね。あ、他におかずになりそうなもんも買ってくれば良かったな――金はかかるけどね。臨時収入あったけど、お金は大事にしなくちゃあ♪」
 高尾はよく喋る。――愛しい人と食べる食事は、コンビニ弁当でも旨い。

「おはよう、高尾君、緑間君」
「おーっす。高尾に緑間」
 大学の友人達が歓迎してくれる。馬鹿だけど気のいい奴らなのだよ。
 黄瀬と青峰にも会った。
「おはようっス。お二人さん」
「……よぉ」
 青峰がバスケットボールを指先でくるくる回す。オレは言った。
「オレは朝練に来たのだよ」
「オレもっス。つか、ちょっと遅くないっスか?」
「朝食食べて来たからな」
「高尾っちの手料理っスか? 羨ましいっスね」
「そんないいもんじゃない。コンビニ弁当なのだよ」
「高尾っちに作ってもらえなかったんスか? 可哀想に」
「黄瀬、オレが冷蔵庫に何もないの、忘れてただけだってば~」
「あっ、そっスか高尾っち。この間、火神っちと青峰っちでたらふくご馳走になったもん。ね、青峰っち」
「んあ~?」
 青峰は返事をするのもダルそうだ。
「まだ時間はあるから早く行こうっス」
「――だな」
「高尾っちはどうするっスか?」
「オレもバスケやれんだよな?」
 高尾が黄瀬に訊く。
「うん。まぁ、監督はいいと言ってくれるかもしんないけど――届け出は出したっスか?」
「あ、そっか。オレ、部員になってないもんね。まだ――部員どころか、この学校の学生にもなっていないし。いわゆる昔の天ぷら学生ってヤツ?」
「監督にはオレが話しておくのだよ」
「いや、いい。後でオレが行く」
「そうか。一緒に行ってやってもいいのだよ」
「緑間っちって、高尾っちには甘いっスね」
「そんなことないのだよ」
「えへへ。高尾ちゃん、愛されちゃってます☆」
 高尾が秋波を飛ばす。この野郎――自分が可愛いのを自覚しているのかいないのか。オレは心配なのだよ。例えば、こいつに惚れた誰かが手を出してこないかとか――。
 ええい。緑間真太郎、何まだ起こっていないことを気にする。今日のおは朝は運勢最悪だったからか? でも、ラッキーアイテムはちゃんと持っているのだよ。今日のアイテムは……。
「緑間君、高尾君」
 意外な人物が声をかけてきた。
「小早川監督!」
「あん? うちの大学の監督は後宮だろうが」
「そうじゃなくて、今度臨時で秀徳の監督になった男なのだよ」
「へぇ……なかなかいい男っぷりっスね」
 黄瀬のお世辞をどう取ったのか、小早川は、
「どうも」
 と軽く答えた。
「何しに来たんですか?」
 オレはちょっと警戒した。ミザリィが出て来た夢は関係ないとは思いながらも。
「大学のバスケを見に。ちょうど時間が空いたから」
「わぁー! 研究熱心っすね、小早川監督!」
「まぁ、教える方だからね。オレは――ところでちょっと小耳に挟んだんだが、高尾君はまだここのバスケ部の部員じゃないんだろ?」
「あ……はい……」
「じゃ、オレの話相手になってよ。高尾君もバスケするんでしょ? 君達とバスケの話したかったんだ、実は」
 小早川がまくしたてるのへ、高尾が「はい」と頷いた。小早川はオレにも声をかけたが、朝練があるので断った。
 オレはちょっと気がかりながらも黄瀬や青峰と一緒にバスケ部に向かった。

2015.11.20

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