オレの高尾和成 7
青峰……。
オレ達のことは好意的に見てくれてたと思ったのに、違うのか?
忠告――なんだろうか。確かにオレは高尾が大切だ。依存していると言われたら――それがどうした。
「――ちゃん、真ちゃん?」
高尾の声にオレは我に返った。
「な……何なのだよ」
「どうしたの? 何か考え事?」
「――何でもないのだよ」
青峰のことを言って不快にさせるまでもない。オレ達は帰途についた。
「真ちゃん。バスケットコートだよ」
「ああ、そうだな」
「やってく? あ、でも、体力が続かないか……」
高尾がちょっと赤くなった。オレもそうなっていることだろう。
「よぉ」
聞き慣れた声に振り返ると――そこには青峰がいた。
「青峰……」
「青峰、バスケしに来たの?」
高尾が無邪気に訊く。
「ああ。ちょっと体をほぐしにな」
バスケットボールを持っているんだから見てわかるだろう、高尾……。
青峰は高校時代に誠凛に負けたおかげかしらんが、またバスケが好きになってきたらしい。彼の求めているのは好敵手だ。火神というライバルを得て、今こいつは水を得た魚だ。
――オレはちょっと気まずかった。青峰にはあんなことを言われたのだから。高尾と別れろ。高尾が可哀想だから――と。
確かにオレは高尾にとっていい恋人でないのは認める。けれど、そんなこと青峰に言われる筋合いはない。
「行くぞ、高尾」
「ああ、待って、真ちゃん……」
青峰は顎を撫でながらそっぽを向いた。
「青峰、何か言いたそうだったけど……」
「――別にいいのだよ」
「ふぅん……」
高尾と腕を組んで歩いているところを見られてしまった――青峰に。それは別段構わないのだが。
黄瀬は青峰の本命は火神だと言っていた。そういう与太を信じる訳ではないが。
あいつも何か悩んでいるのだろうか。だとしても、オレの知ったことではない。オレは冷たいんだろうか。
そんなことを考えているうちに、オレの部屋に着いた。
「何か簡単なモン作るね」
「ああ」
「オレ、やっぱり味覚が完全に戻ってよかったよ。学食とか旨かったもん」
高尾は鼻歌を歌いながら卵を割る。
「真ちゃん、卵かけご飯でいい? あと、なんかおかずとか」
「任せるのだよ」
「――冷蔵庫、殆ど空っぽになっちゃうな」
まぁ、いいやと高尾はご飯をよそう。――母から電話だ。
「真太郎。元気で過ごしてる?」
「母さん。オレは元気なのだよ」
「良かったわ。高尾君の弟は?」
オレはうちの母には真相を話していない。
「――無駄に元気なのだよ」
「そう――また何か持ってきてあげるわね。あなたの食生活、ほんとは心配だったんだけど」
「これからは心配しなくていいのだよ」
――高尾がいるから。
「高尾君に代わってくれる」
「わかったのだよ。――高尾、オレの母から電話だ」
「ああ、はい。高尾です。真ちゃんのお母さん、どうも――いえ、いえ。そんなことありませんて」
高尾の声が明るい。ヤツはいつでも馬鹿みたいに明るい。それが救いになってもいる。
「はい――はい。ええ。真太郎君とは仲良くやってますよ。ええ。これからも宜しくお願いします」
電話なのに高尾は頭を下げている。癖なんだろうな。きっと。
「はい。わかりました。――真ちゃん、代わってだって」
オレは母に近況報告をした。秀徳高校に行ったことも。――母は嬉しそうだった。今までは息子が生ける屍だったからな。そんな我が子の姿を見るのは辛かっただろう。それぐらい、子供のいないオレでもわかる。
「母さん――すまない」
オレは無意識のうちに泣いていた。
「ううん。大変だったのは真太郎だったものね。でも、高尾君に兄弟がいて良かったわね」
「まぁ、そうだな――」
オレは躊躇した。高尾のことは母に話しておくべきか――。
明るくて頼りになる母だが、今はまだ喋って事を大きくしたくはない。オレはこのことに関しては黙っていることに決めた。
それに――早く高尾と寝たかった。
「母さん、もう電話切っていいか?」
「あら、もうこんな時間。ごめんね。真太郎」
「いいのだよ」
「もう切るわね。おやすみなさい」
「おやすみ」
オレは電話を切った。
二人で卵かけご飯を食べる。今日はいろんなことがあった一日だった。高尾と食べる卵かけご飯は旨かった。気が付くともう十時になろうとしていた。
「真ちゃん、その……」
高尾がもじもじする。理性が働かなかったら、オレはこいつを押し倒していたかもしれない。
それでも、何とか抑えて食器を洗って片づける。その傍で高尾が米を研いでいる。
ベッドに入る。甘い睦言。囁き。キス――そして……。
「真ちゃん、じゃんけん……」
「あ、ああ、そうか……明日はじゃんけんしてやるから、今日はオレに抱かれてろ」
「――うん」
高尾が笑った。どくん、と熱い血潮が体内を駆け巡る。
生前通りの順番だが、今日はいやに燃えた。――人間の高尾を抱くのは久しぶりだったからかもしれない。高尾の体も熱かった。そして、相変わらず名器だった。
「――あっ……ん」
高尾がオレの腹に放つ。オレも滾る欲望を高尾の体内に(正確にはコンドームの中に)勢い良く注ぎ入れた。
「真ちゃん……」
高尾が甘えた声を出す。もう一度――と思った時には、高尾が微睡んでいた。
仕方ない。無理強いはしたくない。
「おやすみ。高尾」
「うん。おやすみ……」
眠れないかと思ったが、あっという間に夢の中に落ちてしまった。
ここは――。
「緑間君」
黄緑と紫の美しい髪の女――。
「ミザリィ!」
じゃあ、ここはアウターゾーンか?
「――いいこと? 一度しか言わないからよく聞きなさい。――小早川アルトには気をつけなさい」
小早川アルト? ああ、小早川監督のことか――。
いい人そうだったけどな。でも、ミザリィがそう言うんなら。
そして、オレは夢の中でまた夢を見た。どんな夢だかは覚えていない。とても哀しい夢だったような気がする。
高尾が一人で泣いている。何を泣くのだよ、高尾。オレ達はもう離れることはない。しかし、何だろう、この漠然とした不安は――。
目覚まし時計が鳴った。オレは瞼を開ける。高尾は隣でまだ寝ていた。幸せなはずなのに、心のどこかに憂いがわだかまる。
2015.11.13
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