オレの高尾和成 6

 オレは、中谷監督にメールした。すぐ返事が来ないとわかってはいるが。
『今日は秀徳高校の皆さんにお世話になりました。養生して早く良くなってください』
「真ちゃん、あのさ――思い出したね、チャリアカで通学していた頃のことを」
 高尾が言う。
「そうだな」
「あれからいくらも経ってないように思うのに――時間の流れるのは早いなぁ」
 高尾には思うところがあるらしかった。
「またやる?! チャリアカ通学!」
「そうだな。オレは楽ができていい」
「真ちゃん――自分が勝つこと決定事項なんだ……」
 真ちゃんらしいよなぁ、と高尾は笑う。高尾は高校時代からそんなに変わっていない。
 オレ? オレは高校二年の時に髪を切ったら、高尾に笑われた。だから、今は前髪伸ばしているのだよ。
「真ちゃん、今日、しようね」
「――馬鹿」
 オレは高尾の頭をこつんと叩いた。オレも考えていない訳ではなかったのだ。
「真ちゃん、照れ隠しー?」
「うるさい!」
 日はとっぷりと暮れようとしていた。オレ達二人はじゃれ合いながら再び大学に向かった。
「よー、来たかお前ら。今日は来ないんじゃないかと思ってたよ」
 後宮(うしろく)監督はまだ熱心に練習している生徒達を背に嬉しそうに手を挙げた。オレは、予定を変更しまして、と答えた。
「どうだった? 中谷監督は」
「怪我は軽いとは言えないけど、思ったより元気そうでしたよ」
 高尾が嬉しそうに報告する。
「ん、それは良かった。君達も練習するのか?」
「勿論」
 オレ達はバスケが好きだ。それは誠凛――とりわけ黒子と火神のおかげかもしれなかった。それに、オレ達は練習をしたところでできなくなるほどのやわな体ではない。今は体力のピークなのだ。
「シュート練、させていただきます」
「惜しいなぁ、緑間……お前ダンクも上手なのに……何か信念があるのか? ダンクやらないとか言う」
「まぁ、そう思ってもらって構いません」
「真ちゃんのダンク綺麗だもんなー。綺麗なヤツがやるから綺麗なのかな。ねぇ、真ちゃん。オレの誕生日にはダンク見せてよ」
 高尾、随分お手軽なヤツだな……。
「もっと何か欲しいものはないのか?」
「真ちゃんとバスケができるなら、それでいい」
 この、可愛いじゃないか。
 高校時代、こいつが先輩達から可愛がられている訳がわかったのだよ。――オレはそれを後目に黙々とシュート練習をしていたが。でも、高尾のせいで結構馬鹿なこともやったし、させられてもいたなぁ……。
「監督、今日は秀徳高校に行ってきました!」
「そうか――懐かしかったろ」
「はい。小早川監督のおかげで」
「小早川?」
「はい。秀徳の臨時のバスケ部監督で……」
「ふぅん……?」
 後宮監督は顎を撫でた。
「行くぞ、高尾」
「待ってぇ、真ちゃん」
 あいつら、本当に高尾の生前の頃の二人に重なるな……先輩達の声が聞こえた。

「あー、いい汗かいたー」
 シャワーを浴びた高尾が出て来た。黄色のトレーナーに赤いパンツ。高尾以外には似合いそうもないファッションだ。オレは無難にワイシャツとスラックス。
「早く帰ろう」
「――がっつくなって、真ちゃん」
「別にがっついている訳ではないのだよ」
 そう――でも、できることなら、少しでも長く、高尾と一緒にいたい。高尾が消えないように。高尾がいなくならないように。
 高尾がぴとっとくっついた。
「真ちゃん充電ー」
「おい! 他のヤツに見られたらどうする!」
「構いませーん」
「オレが構うのだよ。――全く」
 けれど、久しぶりだ。それに、可愛くない訳ではなかった。オレは高尾の頭を一回撫でると高尾を引き離した。
「ふぎゃ」
 何だ? 変な声で鳴くな。高尾のヤツ。
「真ちゃん、オレもっと真ちゃんと一緒にいたいよ」
「――オレもだ」
 他の部員達はとっくにいなくなっていた。いや、二、三人は残っているかな。けれど、こちらを気にしている様子はなかった。
「真ちゃん、チャリアカ、買う?」
「――買ってもいいな。どうせ漕ぐのは高尾だからな」
「ふん。オレだって伊達にチャリアカ漕いでねぇもん。脚力は付いたぜ」
「オレのおかげだな」
「真ちゃん……やっぱり相変わらず唯我独尊なんだね。そんなところ、好きだぜ☆」
 高尾が星を飛ばしてウィンクした。こいつも相変わらずだ。軽いように見えて、実は気配りもちゃんとする。
「唯我独尊だから、友達もキセキや黒子達とお前くらいしかいないのだよ。まぁ、友達なんてあんまりいても鬱陶しいだけだが」
「――真ちゃんが本当はいいヤツなのはわかってるよ。それに、オレは恋人じゃねぇの?」
「高尾」
 誰かが呼ぶ。この男は佐々木って言う。体の大きい、縁の下の力持ちだ。ちょっと高校の頃からの先輩、木村先輩を思い起こさせる。
「高尾でいいんだよな?」
「え? そうそう」
「お前のおかげで緑間がすごく明るくなった。やはり、そっくりさんでもいてくれると有り難いものなんだな」
 そっくりさんね――。実はそっくりさんでも何でもない、高尾和成本人なのだが。
 オレの、高尾和成――思ってみただけなのだよ。愛しい愛しい、高尾和成。
「じゃ、電気消してな」
「はぁい」
 高尾が元気よく返事をする。
「じゃ、行きますか。真ちゃん」
「何だ。その手は」
「腕組まない?」
「――わかったのだよ」
「やりぃ、言ってみるもんだ」
「チャリアカ通学が始まったら、腕なんて組めないのだよ」
「真ちゃんもチャリアカに乗り気だね」
「今度の日曜、チャリを見に行くのだよ」
「リアカーは?」
「そうだな――今までのは捨ててしまったしな」
 高校の頃のリアカーはフリーマーケットで買った安物だ。また売ってるといいのだが。
「まぁ、オレ、チャリ買うのはもうちょっと早くてもいいんだけどな。早く漕ぎたい……奴隷根性が身についてんのかねぇ……」
「じゃんけんに勝てばリアカーに乗れるのだよ」
「んー、でもオレさ、リアカーに乗ったら乗ったで恥ずかしくてリラックスできないかもしんない。漕いでる間は集中できるから――つか、真ちゃんはどうしてあんなけったいな乗り物に平気で乗れるのか謎だよ」
「お前がチャリアカ通学をしたいと言い出したのだよ」
「まぁね。思い出あるからさ。オレ、高校時代が一番楽しかった」
「オレもなのだよ」
 オレ達は見つめ合ってキスをした。高校時代は楽しかったが、今だからこそ言える台詞もある。――和成。もう離れるな。
 お前、高尾と別れろ――唇を離した後、青峰のそんな言葉が頭を過った。

2015.11.4

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