オレの高尾和成 5

「緑間真太郎です。初めまして」
「高尾和成でっす。宜しく」
 小早川監督がにこっと笑った。そして早口で言った。
「ああ。やっぱり話に聞いた通りだ。――凸凹コンビだね」
「凸凹……」
「やぁ、真ちゃん、言われてしまいましたなぁ」
 高尾が、かかか、と笑う。小早川という男、馴れ馴れしいが悪いヤツではなさそうだ。
 小早川監督に、それ何?と訊かれたので、今日のラッキーアイテムのタコ焼き器なのだよ、とオレが答えて笑われるというお馴染の一連のやり取りがあった後――。
「でも、監督がこんなところにいて大丈夫なんですか?」
 高尾が訊いた。高尾の疑問ももっともだ。
「ああ――コーチに任せてきました。オレは自己紹介だけはしてきたんで」
 コーチか……秀徳にもそんな存在ができたのだな。
「中谷監督にはさっき紹介したところです。あーっ!」
「何だね?」
「オレ、中谷監督にコーヒー買ってくるの忘れてました! ごめんなさい、すぐ行ってきます!」
「いや、無理しなくてもいいんだぞ」
「いえ。中谷監督、今動けないんですから。あ、緑間君、高尾君、会えて嬉しかったよ。まだいるかい?」
「はい。せっかく来たんですし」
 高尾が言った。
「じゃ、キミらにも何かおごってあげようか。何がいい?」
「オレはいいです」
「真ちゃん、遠慮深いなぁ。オレはオレンジジュースね」
 高尾。お前の方が図々しいだけなのだよ……。
「君は緑間君のことを真ちゃんと呼んでるの?」
 小早川監督が訊いた。
「そうでっす。たまーに緑間って呼ぶこともあるけど、最近は『真ちゃん』と呼ぶのがデフォですね」
「キミ達は仲がいいんだね」
「そうでーっす!」
「まぁ、腐れ縁なのだよ」
「何だよー。オレが死んだ時落ち込んでいたくせに」
「高尾」
 オレは厳しい口調で言った。
「あ……」
 高尾が死んだ。それは一部の者以外には秘密のことだった。一部……と言っても結構いるが。
 でも、中谷監督も小早川監督も気にしていないようだった。
「じゃ、買ってきます」
 小早川監督は部屋を後にした。
「元気な若者だ」
 中谷監督はうんうんと嬉しそうに頷いた。
「中谷監督も充分若いっすよー」
「ははは。――中年をからかうのはよせ」
「バレちゃいましたかー」
 高尾も笑う。笑った高尾は可愛い。こんな笑顔を再び見られる日が来るとは。
 ああ、ミザリィ、黒子、ありがとう。
 中谷監督は楽しそうに高校のバスケ部の話をしてくれた。中谷監督がコーヒーを、高尾がオレンジジュースを飲んだ後、オレ達は小早川監督に連れられて懐かしの秀徳高校に向かった。
 こんな機会でもないと高校に遊びに行くことはないからな。
「おーい、みんなー」
 小早川監督が高校のバスケ部メンバーを集める。
「あ、監督」
「中谷先生の様子はどうでしたか?」
 中谷監督の担当は英文法である。――閑話休題。
「ん? 個室でのんびりしていたよ。怪我は痛々しかったけどね」
「中谷監督、大丈夫かなぁ」
「ははっ、中谷監督は人望が厚いねぇ」
 小早川監督が嬉しそうな微笑みを浮かべる。高尾も中谷監督のことは案じていたのだよ。
「後輩として鼻が高いよ」
「それじゃ、小早川監督も秀徳だったんですか?」
 高尾がどうでもいいようなことを訊く。
「ああ」
「どんな生徒だったんですか?」
「真面目な生徒だったよ――尤も、オレがそう思っているだけかもしれないけど」
「ううん。わかるよ。小早川監督、ドジっぽいけど真面目そうだもん」
「ドジっぽいは余計だよ。高尾君。でも、ちょっとそそっかしい自覚はあるよ」
「もしかしてそこにいるのは緑間さん……?」
 生徒の一人がおずおずと訊く。オレの髪型は緑色だ。それにわりかし覚えられやすい顔をしている。高尾はビシバシの長い睫毛のせいだ、と言っていたが。
「ああ。緑間真太郎です」
「やっぱりー?! じゃあ隣にいるのは?」
 他の生徒もどよめく。
「高尾和成でっす☆」
「あー! 秀徳の光と影!」
「お二人のことはもうこの学校じゃ伝説ですよ!」
「会えてよかった……」
 泣き出す子もいる。来ない方が良かったかな。こんな騒ぎになるんじゃ……。
「へへーん。オレらは高尾先輩と緑間先輩と一緒にプレイしたことあるもんね。だろ、主将」
 主将と呼ばれた男は得意げに「懐かしいな」と話す。
 ちょっと大坪先輩を思わす男だ。弟だ、と言われたら信じてしまうくらい。
 でも、大坪先輩には弟はいないはず。妹はいたけれど。大坪先輩に似ていない、可憐な妹だった――と高尾なら言うだろう。
 ――大坪先輩すみません。オレもちょっと高尾に似て来たみたいです。
「じゃあさ、超長距離シュートやってみせてよ。緑間君。皆も見たいだろ?」
 小早川監督が勝手に話を進める。
「見たいけど……いいんですか?」
「緑間先輩は今回はただ思い出の場所に来てみただけでは……」
 そう言われちゃあ、かえって断りづらい。
「高尾。ボール回せ」
「あいよ」
 高尾がボールを持ってオレに手渡す。
「行くのだよ! 人事を尽くしたその結果をお前らに見せてやる!」
 そして、オレはコートの端からシュートを撃つ。向こう側のゴールに見事入った。
 高尾がいなくなってから練習らしい練習はまともにしていなかったが、腕は衰えていなかった。ギャラリーが息を飲むのがわかる。
「す……」
「スッゴーイ!」
「緑間先輩、カッコイイ!」
「それだけじゃないのだよ。高尾」
「あいよ」
 オレの心を読んだのか、高尾がボールを持ってコートに入る。
「実は真ちゃんのプレイ見てうずうずしてたんだよね」
 そして――高尾はモーションに入ったオレにボールを精確にパスする。オレはシュートを撃った。ボールはリングにかすりもしない。満足なシュートを撃てたのだよ。
「あれがあるから、緑間と高尾は秀徳の名コンピと言われたんだよ」
 現主将が得意そうに説明する。名コンビか――悪い気はしないな。
 真ちゃん、オレ達有名人だね、と高尾が肩を叩いた。勝ち試合に勝るとも劣らない栄光の一日だったのだよ。

2015.10.28

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