オレの高尾和成 4

(オレは――)
(オレは高尾に依存している――)
 そんなことはわかっている。高尾のいない時のオレは、青峰と黄瀬が言うように、生ける屍だったのだよ。心外ではあるが。
 オレには――高尾がいないとダメなことぐらいわかっている。高尾と出会う前の自分がどんなだったか、記憶はあっても実感が伴わないくらいだ。
 オレは高尾の傍にいたい。けれど、それが高尾の為になるのだろうか――。
 オレがぶつぶつと呟きながら歩いていると、長身の男にぶつかった。――長身と言っても、オレよりは低い。オレは195cmあるのだ。
「ああ、すまない」
「いやいや」
 ――何だ、黄瀬か。……別に謝ることはなかったのだよ。
「緑間っち……どうしたんスか? 浮かない顔して」
「え……?」
 そんなにオレは落ち込んでいる顔を見せていただろうか。
「何か――今にも泣きそうっスよ」
 黄瀬が微笑んだ。どうしてこの男はオレに優しい――。
 でも、ここは高尾に登場して欲しかった。そんな期待をする程オレは末期なのか?
「青峰っちに何か言われた?」
 再度、優しい声で黄瀬が訊く。
 どうしてわかったのだよ! エスパーか?!
「――ああ」
 と、オレは答えた。
「まぁ、話の内容は大体想像つくけど。高尾っちのことっしょ」
 ズバリと言われ、オレは息を飲む。
「――当たりっスね。どーん」
 黄瀬はおどけて指を銃に見立てて構えた。
「何故わかったのだよ」
「だって、青峰っちもこの頃ぴりぴりしてたし――何か起こるとは思ってたっスけどね。黒子っちばりの人間観察の能力がなくてもそのぐらいはオレにだってわかるっス」
 この男も意外と人をよく見ている。学校用の頭はバカだが、そんなことは大した問題じゃない。伊達にキセキの世代を張ってる訳じゃないってことか。
 黄瀬が言った。
「緑間っち、青峰っちの言うことなんて気にしない方がいいっスよ。あれは、本命との間が上手く行きそうにないのを緑間っちに八つ当たりしてるだけっスから。まぁ、気持ちはわかるんスけどねー」
「青峰の本命? 桃井のことか」
「ブー。残念でした」
「お前、この間、青峰が桃井のことを好きなんじゃないかとのたまってたじゃないか」
「まぁね。でも、それは冗談。青峰っちの本命は別にいます」
「ほお、誰なのだよ、そいつは」
 些か気を惹かれて、オレは質問した。
「火神っちっすよ。か・が・み・っ・ち」
「はぁ?」
 オレはつい間の抜けた声を出してしまった。
「嘘だろう?!」
「まぁ、信じないなら信じないでいいっス」
「でも火神は黒子と――」
「そう。だから、青峰っちとしても複雑な訳っス」
 ――そういえば、青峰はよく火神を暗い目付きで見ていたのだよ。そんなに火神が気に入らないのかと思ったら、その反対だったとは!
 恋愛ごとに関して、黄瀬が嘘を言うとは思えない。いや、案外オレで遊んでいるのかも……。
「信じてないっスね」
「ああ――ちょっと……落ち着く時間が欲しい」
 オレは大きく息を吸って吐く。まるでラジオ体操の時のように。
「オレの話は信じられないかもしれないけど、オレはこう見えても恋愛のスペシャリストっス」
「その割に笠松先輩には相手にされていないんじゃないか?」
 かまをかけてみただけのつもりだったが、黄瀬は、
「そうなんスよ~。笠松センパイったら、オレがデートしようと誘っても断ってくるんスよ~。何でこんな色男に惚れられて男冥利に尽きると思わないんスかね~」
 この男を……この男を見直しかけたオレがバカだったのだよ!
「お前は女にモテるんだからそれでいいとするのだよ」
「イヤっスよ! 顔だけのバカ女にモテたって!!」
 ――まぁ、気持ちはわかる。
 けれど、本当に女嫌いなのだろうか。黄瀬は。確かに女に対しては淡泊のような気はするが(ファンサービスはしても)。
 キセキの黄瀬がゲイだと知ったら、ファンの女子どもは確実に泣くな。ざまぁ見ろなのだよ。どっちに対しても。
「あ、緑間っち、悪い顔してる」
「そうか?」
 高尾にも悪い男と言われたし――でも、嫌な気分ではないのだよ。ふやけた善良な男よりは余程いいに違いない――はず。
(高尾はどう思うかな)
 黄瀬と一緒に廊下を曲がった時だった。
「真ちゃん……」
 高尾が真っ青な顔で立っていた。
 黄瀬が、
「どうしたっスか? 高尾っち」
 と、訊く。
「まさか、青峰っち、高尾っちにも……」
 黄瀬に皆まで言わせず、高尾はオレに抱き着いてきた。
「高校の恩師の中谷監督が事故に遭ったって……」
「何だって?!」
 オレは思わず訊き返した。高尾の体が震えている。あの事故の時のことを思い出したのかもしれない。フラッシュバックというそうだが。
「高尾、高尾。大丈夫だ、高尾……」
 オレは自分に言い聞かせるように呟いた。
「ここにオレがいる、オレがいるから……」
「真ちゃーん、マー坊が死んだらどうしよう~!」
「そんなことはあり得ないのだよ……」
 オレは必死にしゃくりあげる高尾を宥めた。
 中谷監督は、とても頼りがいのあるいい監督だった。中でも高尾は少々顔が似ているせいか、監督によく懐いていた。
 オレにとっても、中谷監督は大切な人だ。
「高尾、高尾、今日は部活は休んで、中谷監督の見舞いに行くのだよ」
「え? 真ちゃんが部活を……?」
 高尾がぽかんと口を開けたが、
「行ってくるといいっス。こっちの監督にはオレが話しておくから」
 と黄瀬が言ってくれたので、放課後、オレ達は中谷監督が入院している病院へ向かうことにした。勿論、木村青果店の果物籠を持って。ドイツ語の居残り学習はまた後日ということで今日は免除してもらった。
 それにしても、このところいやに事故づいている。中谷監督にもラッキーアイテムは必要だろうか。
 まさか……。
 アウターゾーンが関わっているのではないだろうな。それとも、単なる偶然か。
 オレは涙をこらえている高尾の肩をぎゅっと抱いて、また歩き出した。
「おー、高尾、緑間」
 ベッドの上の中谷監督は元気そうだった。
「お久しぶりっす。マー坊」
「マー坊はよせと言っただろう」
 高尾がきゃっきゃっと嬉しそうにはしゃいでいる。さっき泣いていたのが。嘘のように――。
 良かった。
 ――そこへ、慌ただしいノックの音がした。
「入り給え」
 中谷監督が言うと、髪を綺麗にセットした茶髪の男が肩を上下させながら飛び込んできた。
「小早川アルト君だ。この度、臨時に秀徳高校のバスケ部の監督になった」
「小早川です。宜しく。君が緑間君だね。隣にいるのはえーと、高尾君?」

2015.10.24

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