オレの高尾和成 3

 オレ達は階段を降りて行く。
「使って」
 高尾がぽん、と真新しい歯ブラシを投げて寄越した。
「何なら持って帰ってもいいから」
 ――オレはお言葉に甘えることにした。
「オレはシャワーを浴びたいのだが……」
「じゃあ、一緒に浴びる?」
 それもいいな――じゃなくて、
「何を考えているのだよ」
 と、ぶすっと答えた。――オレも何考えているのだろう。
「なっちゃーん。バスタオル出してー」
 はーい、と夏実が答えた。高尾の妹にしてはできた妹なのだよ。将来立派な嫁になるだろう。
「真ちゃん。オレ、歯磨いたら食堂にいるから後で来てよ」
 わかった、とオレは頷く。
「真太郎さん、おはよう」
「おはようございます」
 高尾の母と夏実に迎えられてオレは、おはようと言った。新聞を読んでいた高尾の父も顔を上げて挨拶してくれた。
「和食でいいかしら。ご飯に油揚げと大根のお味噌汁。それから漬物も」
「母さん、昨日の肉じゃががあったろう」
 と、高尾の父。
「あれはあなたが全部食べてしまったでしょ」
「そっか……」
「目玉焼きがあるから。それと油揚げと糸こんを炒めたのとカボチャの煮付け。それとおかずに明太子」
「足んなくない? 今日真ちゃんいるよ」
 高尾が訊く。
「ご飯とお味噌汁だけは量をたっぷり作っといたから」
「ほんと、わーい。ありがとお袋」
「ありがとうございます」
 そう礼を言ったオレは多分神妙な顔をしていたことだろう。
「まぁ、真ちゃん家ほどのじゃないけど、うちの料理もなかなかなもんだと思うよ」
「真太郎さんの家って、家政婦さんが料理作ってるんだよね」
 夏実はオレの家でご飯を食べたことがあるのだ。
「そうなのだよ」
 オレも高尾の家で何度かご飯を食べたことがある。結構旨い。オレも高尾も和食党だ。テレビではおは朝をやっている。日常の香りのする幸せな風景。
 ピンポーン――チャイムが鳴った。
「オレが出る」
 少しして、高尾が女と一緒に戻ってきた。何か見たことはあるような気はするのだが。
「あ――皆さん、初めまして。筒井美由紀と言います。今日は高尾君のお兄さんに線香あげにきました」
「ええっ?!」
 高尾は思わず声を上げてしまったらしい。オレは視線で窘めた。
「大学のご友人だったのですか?」
 夏実が訊く。
「いえ、そんな……同じ大学ですけど、私は遠くでただ見ているだけでした」
「オレは美由紀ちゃんのこと知ってるぜ」
 高尾は言ってからはっとしたようだった。
「あ、その……兄貴から聞いたんだ。おさげの可愛い娘がいるってな」
「そうなの――嬉しい」
 高尾の母が仏壇の蝋燭に火を灯す。美由紀は線香をあげると、チーン、と鐘を鳴らした。
「ありがとうございました」
 美由紀はお礼を言って出て行った。
「和成もなかなか隅におけないねぇ」
 高尾の母がふぅっと息を吐いた。オレは高尾の頭を軽く小突いた。
「いてっ」
 と言ったが、手加減はしてある。――全く、この人たらしめ。オレのライバルをこれ以上増やすななのだよ。
 オレ達は高尾の母の手作りの料理を食べると、早速オレの家へ向かった。学校の通り道で助かったのだよ。荷物とか持っていきたいものがあるからな。着替えもしたいし、ラッキーアイテムも必要だし。高尾は玄関先でオレの母と話している。
 課題がなくて良かった。あ、ドイツ語の訳がひとつあったのだよ。まぁいい。居残り勉強でもさせられるのも一興だろう。
 高尾のことでバタバタしてたからな。――高尾のせいではないけど。
「真ちゃん行くよー」
 はっ、オレとしたことが些かぼーっとしていたらしい。
「すぐに行くのだよ」
 オレは駆けて行った。愛しい相棒――いや、恋人のところへ。
「ところで、昨日の話、結論はどうなったの? オレ、自分のことなのに、途中で寝ちゃってさ……」
「お前もいろいろ気疲れしたんだろう」
「真ちゃん――優しいね」
「優しいだけが取り柄なのだよ」
「あはは。真ちゃんも冗談上手いね」
 高尾、今のは冗談だったのか……。取り柄は優しいだけじゃないとか? 頭がいいとかバスケが上手いとか……。
 ――自分で言ってりゃ世話はないのだよ。緑間真太郎。
「『海外に行ってた名前が同じ死んだ高尾の双子の弟』説に決まったのだよ。どうせ、どう説明しても胡散臭いと思われそうな事実だしな」
 しかし、事実は小説より奇なりなのである。死んだ高尾が還ってきた。イエス・キリストでもあるまいし、こんなことは皆信じないに違いない。双子説の方がまだしもだ。
「でも、嘘だってバレたらどうすんの?」
「その時はその時なのだよ。また何か考えるのだよ。でも、まずその心配はないと思うのだよ。大学には馬鹿ばかりだからな」
「――真ちゃん。悪い男だねぇ……」
「ふふふふふ」
 オレは含み笑いをした。

「よぉ」
 大学へ向かう途中、青峰が姿を現した。
「高尾。緑間借りるぞ」
「ああ、どうぞどうぞ」
「――緑間、屋上へ来い」
 まるで今から決闘でもするような緊迫感だ。オレじゃなく、青峰が。
「わかったのだよ」
 オレは頷いた。
 屋上には誰もいなかった。冷たい風が吹く。
 青峰も雰囲気がいつもと違う。触れなば切れんというような鋭い眼光をこちらに向ける。
「緑間――」
 青峰が言った。
「お前――高尾と別れろ」
 その瞬間、オレ達は永遠という時に縛られ、いつまでも対峙していた――。
 勿論、それは錯覚なのだが。
「――どういう……意味なのだよ……」
 オレは切れ切れに言葉を紡いだ。
「お前は高尾に依存している」
 なるほどそうかもしれない。けれど――
「人間はみな誰かに依存しているのではないか?」
 そんな話を本で読んだことがある。
「オレもそう思うが、お前の高尾に対する執着の仕方は異常だ」
「異常な執着の仕方などしていないのだよ!」
「だったら何故そうムキになんだよ。ああ、めんどくさ。お前らのことはほっとこうと思ったけど、高尾が可哀想だからな。――オレの言うことも心に留めておけ」

2015.10.20

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