オレの高尾和成 2

 今、オレ達は高尾の家のリビングで一堂に会している。
 高尾の母がお茶を持ってきてくれた。美味しい緑茶だ。高尾の母はこんな時でも気配りを忘れない。そういうところは高尾に似ている。
「ありがと、お袋」
 高尾が母親に礼を言った。
「みんな、和成の為に集まってくれたんですものね」
「ここにいてくれない?」
「いいわよ」
 高尾の母も座った。高尾の家族、紫原以外のキセキ仲間、火神、黒子、桃井、リコ――そして、オレと高尾。
「名探偵、皆を集めてさてといい」とでも言うようなシチュエーションだが、生憎これはミステリーではない。
 オレと高尾は今までの経緯を説明した。
「つまり、高尾君はアンドロイドとして生まれ変わって、そしてまた人間に戻ったのね」
「そうだ」
 オレが頷いた。流石にリコは飲み込みが早い。
「でも、その話は皆には内緒にした方がいいんじゃない?」
 桃井が言った。オレもその通りだとまた頷いた。
 高尾の身に起こったことは到底信じられるものではないだろうし、もし信用されたら、それはそれでオレの好みではない騒動が起こるだろうと思う。
「だから、ここで話すことは全て他の人には内緒にしよ。真太郎さん」
 と、夏実。夏実は高尾の妹である。高尾に似て頭の回転が早い。
「それにしてもねぇ……日本には戸籍というものがあるだろう? 双子でも同じ名前というのはまず通用しない。まぁ、他人と偶然名前が同じだったという場合はともかく……」
「オレもそれは思ったんだけどぉ……まさか信じるなんて思わなかったもので……」
 赤司の台詞に高尾は頭を掻く。
「まぁ、河合隼雄という人は、生前はほらやダジャレをたくさん言う人だったからな」
 オレが言う。
「それでも一流の心理学者だったことは否めないだろう?」
 赤司がこちらを見ながら話す。河合隼雄はユング心理学の権威だ。しかし、いろいろと一般向けの本も出している。
「私も河合先生の本は好き!」
「奇遇ですね。夏実さん。ボクもです」
 黒子と夏実は意気投合したようだった。
「何だよ、黒子、河合何とかっていうヤツは……」
「いずれ本を貸してあげますよ。内容は単純明快だから火神君でも読めるでしょう」
「おまえ……オレのこと馬鹿にしてない?」
「わかりますか?」
 黒子が微笑む。こう見えて彼奴らはカップル同士なのだ。
 黄瀬は、正直ついていけないけど黒子っちはさすがに本いっぱい読んでるっスね、と感心したように笑顔になる。黄瀬は黒子を本当に尊敬しているらしい。黒子は火神と黄瀬に何冊か本を貸すことを約束する。
「ねぇ、高尾君、パパにもこのことは話さないわ。パパは普段は頼りになるし、いつもだったら相談に乗ってもらうところなんだけど……」
「景虎サンなら、相田サンの様子がおかしいてんで、話すように水を向けたりして」
「その時は正直に話すわ。――いいかしら、高尾君」
「ああ、あの人にならいいよ」
 高尾は相田景虎のことを信頼しているようだった。オレはいまいちよくわからんのだが……。高尾が全面的に信じていることも面白くなかった。
「じゃ、私、もう帰ってもいいかしら。私にはどうもよくわからないところもあるし、頭の整理もしたいから」
「リコさん、私もリコさんのところに泊まっていってもいいかしら」
 と、桃井が立ち上がる。
「いいわよ。ちょうどあなたとも話がしたいと思っていたところだったの」
「桃っち、相田センパイ。その話し合いで何らかの結論が出たら後でオレ達にも教えて欲しいっス」
 黄瀬、それはオレも聞きたいところなのだよ。
「うん。黄瀬君。また後でね」
「バイバイ」
 桃井とリコは高尾の家を出て行った。女同士の話というのは、オレにはわからんが……。
「いいなぁ、桃井さんと相田さん。私もあの二人とお話したい」
 夏実は羨ましそうだ。
「そんなことを許したら、春菜に血祭りにあげられるのだよ。――このオレが」
 オレにはその光景がまざまざと思い浮かんだ。夏実のせいで春菜に怒られるなんてこんな理不尽なことがあるか。
 因みに、春菜というのはオレの妹である。
「緑間。高尾が舟を漕いでいる」
 ――赤司が言ったので、見ると、高尾はこっくりこっくり体を揺らしていた。
「おや、和成と来たら……すみません、皆さん。この子がこの騒ぎの張本人なのに……起こしますか?」
 高尾の父が一同を見回した。
「いや、和成君はゆっくり休ませてあげてください」
「ありがとうございます。真太郎君」
「そうですね。高尾君はいろいろあって精神的にも疲れているでしょうから」
 と、黒子。
「こんなことで参るほど、ヤツの精神がか弱いとは思えないがな」
「私もそう思います」
 高尾の母はくすくすと笑った。
「お兄ちゃんはただ疲れただけなのよ」
 夏実が言った。オレもそう思う。
「真太郎さんは今日は泊まっていくでしょ?」
「――いいのか?」
「だって、真太郎さんがいた方がお兄ちゃんだって安定すると思うし」
 そうか。オレのことをそんなに信頼してくれているのか。この家族は。――何となく、嬉しかった。
「じゃあ、お言葉に甘えます」
「ありがとう。本当は私達が真太郎さんにいてもらいたいのよね、夏実」
「うん。お兄ちゃんは真太郎さんのことを頼りにしているから」
「そんな……」
 高尾を頼っているのはオレの方なのだよ――オレはそう言いたかったのだが、少し面映ゆかったので止めにした。
「黒子。緑間のヤツ、ニヤついてるぜ」
「仕方ありませんよ。火神君。緑間君は高尾君に必要とされて喜んでいるのでしょうから」
 火神や黒子の言うことなど、気にしない。
 ――それよりオレは、青峰が一言も発しないことの方が気になった。

 皆が帰った後、オレは高尾をお姫様抱っこして部屋に運んだ。
「高尾……」
 眠っている高尾はいつもより可憐に見えた。尤も、オレはそんなことはおくびにも出さないが。それに、起きている時の高尾はかなり煩いヤツなのだが。
 それでも――オレは高尾が好きだ。
「よく眠るのだよ、高尾……」
 そして、オレは高尾のさらさらの黒髪を撫で高尾の額にキスをした。むにゃ……と高尾が何か言ったような気がした。――その後オレは高尾家のシャワーを貸してもらった。着替えのパジャマはオレに合うサイズがないので着たきり雀だが。
(何かあったら連絡してくれ。それから、オレはお前たちに力を貸すのにやぶさかでない。何か困ったことがあったら言ってくれないか?)
(赤司――どうしてオレ達に親切にしてくれる? おまえはそんなにいいヤツだったか?)
(水臭いことを。オレ達は仲間じゃないか)
 赤司との話を回想しながら、オレも布団に入った。――高尾の隣に。

「ふぁ~あ、あっ、真ちゃん」
「おはよう。よく眠れたみたいだな」
「え? オレ眠ってた? ごめんな。オレの為に皆に集まってもらったのに」
「気にしなくていい。皆オレ達の仲間だ」
「真ちゃん……」
 高尾は起き上がったオレに抱き着いた。もう朝だ。
「オレもゆうべはここに泊まらせてもらったのだよ」
「そっかー。見てみたかったな。真ちゃんの寝起き姿。でもいいや。真ちゃんのいい匂いに包まれながら眠れたから」
 高尾は冗談なんだか本気なんだかわからないことを喋りながら、へらりと笑った。ちょっと可愛いな、とオレは思い、その分だけ高尾が愛おしくなった。

2015.10.18

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