オレの高尾和成 15

「アルトが……ケルベロスを召喚した……ミザリィのレイピアで……仕留めたぞ……」
 そうか。この血糊はケルベロスの血か。そういえばさっきもオレを庇って怪我をした。だが、赤司の服は破れているが傷はそんなに深くなさそうだった。
 赤司は勇敢な男なのだよ。俺達のせいでこんなことに巻き込まれても文句ひとつ言わないのだよ。
 ――強い男に、育ったのだよ。
「すぅー……」
「……赤司?」
 赤司は眠っている。ったく、肝の据わった奴なのだよ。オレは、何にも役に立っていないと言うのに。
「みんな!」
 ミザリィが追ってきた。もう、彼女がテレポーテーションしてきても驚かない。常識が麻痺してるんだろうか。
「待て、ミザリィ!」
 アルトの声だ。そいつを見てオレは息を飲んだ。アルトの目が赤く禍々しく光っている。
「アルト!」
 レイトがアルトに抱き着いた。
「君達は逃げて! アルトは僕が何とかする!」
「レイト君!」
 ミザリィが叫ぶ。
 小早川レイト……お前も勇敢な男なのだよ。――使えないのはオレ一人か……。
「こうなったら……」
 ミザリィが青い光を出す。光は大きくなって小早川兄弟を包む。
「アルト! レイト!」
 オレもその青い光に手を伸ばす。
「真ちゃん!」
 意識が飛ばされる前に高尾の声が聞こえたような気がした――。

「ひっく、ひっく……」
「なくなよぉ、レイト……」
「だって、ぼくばっかりつらくて、くやしくて――ぼく、元気になりたい」
「なるよ、なれるさ。神様がついているから」
「アルト……」
「お父さんもお母さんもいなくなっちゃったけど……今日からぼくがレイトを守るから……」

 場面が変わる。
「だれだよ! レイトがもうすぐ死ぬ、なんていったのは!」
「アルト、もうやめて!」
「レイトは死なさない! 神様がついてんだ! レイトが死ぬなんて言ったヤツ――おまえが死ね!」
「アルトーーーーー!」

「喧嘩はやめなさい、アルト君。レイト君はそんなことしても喜ばないよ。神様だって喜ばないよ」
「でも、牧師様、あいつら、レイトはもうすぐ死ぬ、なんて言ったから――」
「確かに、レイト君は病気をしている。けれど、神様を信じて病気の霊と闘っているんだ。レイト君にはレイト君の闘い方がある」
「オレは、どうしたらいいですか?」
 牧師がにこっと笑った。
「祈りなさい。いつでも。人の為に祈る人に、神様は恵みを垂れてくださる」
 そして、アルトは『主の祈り』を覚えた。アルトは牧師と声を合わせて祈った。
「天にまします我らの父よ――」

 そして、すっかり育って大人になった小早川アルトは図書館みたいなところにいた。
「ん? 何だこれは。――悪魔経典?」
 アルトはその本を熱心に読んでいた。

「アルト、アルト――!」
「大丈夫、大丈夫! お前にはルシファーがついている!」
「ルシファーって悪魔でしょ?! ダメだよ、アルト、悪魔なんかに頼っちゃ――」
「悪魔でも、元は天使だったんだ。ルシファーは神に絶望したんだよ。オレにだってその気持ちわかる」
「アルト――」
「僕達を救ってくださるのは――悪魔しかいないんだ」

 レイトが泣いている。ベッドの上で。
「天にまします我らの父よ――」
 主の祈りを祈っている。アルトが牧師から聞いた祈りをレイトに伝えたのだろうか。
「どうか――アルトをお助けください。僕は、大丈夫だから……命に代えても、僕は、アルトを悪魔から守る!」
 レイトは熱心に祈っていた。

「緑間君、緑間君!」
 ミザリィが呼んでいる。
「真ちゃん!」
「た……かお……?」
「よしよし、もう平気よ。――あなたはね」
 オレはがば!と起き上がった。
「アルトは! レイトは!」
「彼らの思い出の中にいるわ」
 ミザリィが指を差す。アルトとレイトはまだ青い光の球体の仲にいた。
「あなたも垣間見たと思うけど――アルト君とレイト君の見ている夢はこんなものじゃないわ。彼らの意識は――過去に飛んでいるのよ。夢というツールを使ってね」
「そうか……」
 あれは、小早川兄弟の昔の夢。救われたいけど救われていない兄弟の夢。
「皮肉なものね……アルト君のレイト君への愛が悪魔崇拝に向かわせたのよ。けれど、アルト君は完全には悪魔に支配されていない。何故だかわかる?」
 オレは少し考えて――それから首を横に振った。キリスト教と無縁だったオレがそんなことわかるわけがない。
「祈りよ。祈りはこの世で一番力のあるものなのよ。だから――そんな彼らに神様は力を与えたのね」
 ミザリィは言った。
「でも、祈りは呪いにも繋がるものなのよ。レイト君がいなかったらアルト君はとっくに悪魔に支配されていたと思うわ。それも下級の悪魔にね。レイト君がアルト君を守っていたのよ。アルト君はレイト君を守りたがっていたけどね」
 それは、何となくわかる。守りたい、と思っている者は実は既にその相手に守られているのだろう。
 オレは傍にいた高尾に目を遣る。高尾は力なく笑った。
 高尾。オレが守りたいと思っていた者。そして、いつもオレを守っていてくれた者。
「――いつも守ってくれて感謝なのだよ。高尾」
「真ちゃん……」
 高尾が泣きたそうな顔で笑う。
「なんて顔してるのだよ、高尾」
「だって……オレ、ずっと祈ってたんだ。真ちゃんを守れるほど強くなりたいって。オレはいつも、真ちゃんに助けられてばかりいたから――」
「そうだぞ。緑間」
「赤司……起きたのか」
「少し休憩してただけだ。オレはずっとお前が羨ましかった。高尾の存在がいて羨ましかった。だってオレもアルトと同じように一人で戦っていたから――」
「赤司……お前もオレの仲間だ。一人だなんて言ったら――」
「そうだな。お前の他に青峰も黄瀬も紫原もいるし――それに何より黒子がいた」
「黒子――」
 久しぶりにその名を聞いたような気がする。実際にはそんなに時間は経っていない。一時間だって経っていたかどうかもわからない。――オレ達は黒子達のところに戻らねば。
「オレ達、帰ります。アルト達を置いて行くのは気が引けるけど――」
「彼らのことはアウターゾーンが引き受けるわ。アウターゾーンを創造したのは神だから。――さぁ、起きなさい。アルト君。レイト君」
 光の球体が消えた。小早川アルトは……泣いていた。アウターゾーンが見せた夢が酷いものでないことを祈る。
 アルトが言った。
「ミザリィ……僕は、間違っていたのか……?」

2015.1.20

次へ→

BACK/HOME