オレの高尾和成 16

「なぁ、ミザリィ。僕は間違っていたのか?」
 アルトが泣いた。――清らかな涙だった。この小早川アルトは、まるで天使のようだった。
「方法は間違っていたかもしれない。けれど、あなたは若いんだからやり直せるわ」
 ミザリィがにこっと笑った。
 ――と、その時。
 ゴゴゴゴゴ――。
「な、何? 地震?!」
 高尾が慌てた。オレも地震は嫌いなのだよ。
「アルト君が改心したからこの館を支える力が無くなったのよ!」
「逃げましょう、皆さん!」
 レイトが言った。
「どこへ逃げたらいい?」
 赤司が訊いた。
「この部屋から外を出られます。本棚のヘブル語の聖書を倒してください」
「わかった――これだな」
 赤司が本の背表紙を倒す。大きな音がして階段が現れた。
「じゃあね、皆。私はまだやることがあるから」
「やることって?」
「大広間に集まった人間達を助けるのよ」
 オレはミザリィがこのまま遠くへ行ってしまうような気がした。
「無事でいろよ。また会えるよな――!」
 ミザリィが綺麗な横顔を見せた。
「さぁね、私は気まぐれだから――」
「行こう、真ちゃん!」
 高尾がオレを引っ張った。
 アルトとレイトの兄弟が手を繋いで階段を昇って行った。レイトがいればアルトは立ち直れる。
 その次に赤司、その次にオレと高尾と続き――。
 外はまだ夜中だった。
 館が崩れ去るのを俺達は遠くから呆然と見ていた。
 ミザリィ……。
 あの女のことだ。まだ死んではいないと思うが。大広間にいた奴らは無事だろうか。
「高尾君――君はもう帰ってくれたまえ。君達のおかげで僕は大切なものを見つけた」
 ね、とでも言うように、アルトはレイトの方を見た。レイトはこくんと頷いた。
「今度こそ幸せになるのだよ」
 オレがそう言うと――。
「君、ここがどこだかわかるの?」
 と、レイトが尋ねてきた。
「――知らないが?」
「ここはまだ都内だよ。車道に出たら後はどう行けばわかると思う」
「済まない、君達。テレポーテーションで送れたら一発なんだけど――もうその力も無くなったから……」
 アルトが言った。
「問題ありません。オレはここがどの辺りだか見当ついてますから」
 赤司が答える。ああ、ここに来てから赤司には美味しいところを持っていかれっぱなしなのだよ。
「じゃあ――もう行くからな。アルト、レイト」
「そうだ、アルトさん。困った時は赤司の家に連絡してくれ。場所は――調べればすぐにわかると思うから。メモがあればいいんだけど」
「僕もメモ帳とかスマホとか今は持ってないしな。けれど、君の家ならわかっている。以前君達のことを調べた時に知った知識が頭の中にまだあるから――」
「じゃあ、行こう。緑間、高尾」
「うん。じゃあね、アルトさんにレイトさん。バイバイ」
 高尾は手を振った。あるべきものがあるべきところに収まったという気持ちのいい結末が俺達の心を満たしていた。
「さようならー」
 レイトが手を振った。アルトは何も言わなかったがきっと満足していたと思う。

 後日譚――。
 ミザリィはやはり帰って来ず、『美沙里』も無人のままだ。このままでは取り壊されるかもしれないがミザリィは気にしないだろう。あの女は今もどこかで人を助けている。気まぐれで所謂人助けというにはほど遠いだろうが。そう考えるのは楽しかった。
 黒子と火神に再会した時は、涙が出そうになるくらい嬉しかった。結局は泣かなかったが。
 アルトの話をすると黒子がぽつんと言った。
「そうですか。良かったですね。こういうの、何と言えばいいか知ってますか?」
「何と言うんだ?」
「――終わり良ければ全て良し」
 オレと高尾はその後青峰にも会った。
「青峰――」
「よぉ、お前ら。仲直りはできたか?」
「うん。いろいろあってね」
 高尾がオレの腕を取った。以前ならばはねのけるところだったが今は好きにさせておいた。
「――良かったな」
 青峰がふっと笑った。どことなく複雑そうな笑いだった。
「じゃ、もう行くぜ。高尾、緑間、そのうち1on1やろうぜ」
 青峰はバスケットボールを指でくるるっと回しながら去って行った。
 オレはガラケーを取り出して赤司の電話番号にかけた。もう学校は終わってるな、と思ったら赤司が出た。
「赤司」
「緑間、何か用か?」
「いや――元気かと思ったから」
 赤司が電話口で小さく笑ったような気がした。
「元気だ。お前達はどうしている?」
「こちらもまずますだ。青峰が何か言いたそうだったな」
「そうか。でも、青峰は立ち直りが早い。お前が心配する程のことはないだろう」
 オレは黄瀬から聞いた話をしようかと思ったがやめにした。青峰にもプライバシーというものがある。
「高尾が会いたがってる。後でオレの家に遊びに来い」
「――わかった。課題が終わったらお邪魔するとしよう。ところで、レイトから手紙が来てた」
「レイトから?」
「アルトを崇めていた連中は全員無事助かった。だが、その間の記憶はすっかり抜き取られてたってさ」
「ミザリィの仕業だな」
「そうだな。――あの二人も幸せになるといいな」
「ああ。勝手にかけて悪かった」
「なんの。また連絡してくれ」
 オレは通信を切った。
 ――黄瀬が現れた。
「緑間っち! 高尾っちは?」
「一緒に帰る約束をしたからな。もうすぐ来ると思う」
「真ちゃーん」
 高尾が駆けて来た。
「はい、おしるこ。真ちゃんの好きなもち入りだよ」
「ありがとうなのだよ」
「もち入りなんてどこで売ってんスか――」
 黄瀬が呆れたような顔をした。
 黄瀬と別れた後、高尾が妙に恥じらいを見せた。何なのだよ……。
「あのね、真ちゃん……あの時さぁ、オレのこと愛してるって言ってくれたよね。オレ言いそびれたんだけどさ――」
 そして、高尾はちょいちょいと指を動かす。オレが屈むと高尾は言った。
(オレも――真ちゃんのこと愛してる)
 オレの中から何かが込み上げて来た。愛おしさとでも言うのだろうか。言葉はいらない。オレは高尾を強く抱き締めた。

後書き
やっとアップし終わったーーーー! 『オレの高尾和成』シリーズ!
『オレのアンドロイド』シリーズの続きです。途中からミザリィが出張ってます。
ミザリィ好きなんですよ。ミザリィのことをもっと知りたい方は光原伸先生の『アウターゾーン』をご覧あれ。尤も、今もコミックス売ってるかどうかわからないけれど。
ミザリィには『オレのアンドロイド』シリーズでも出演してもらったんで、今回も出てもらった次第です。
小早川兄弟は完全にオリジナルキャラですね。でも、大好きだよ! 彼らを書くのは楽しかったです。
それから最後に。赤司様に怪我させてごめんなさい。そして、緑間を使えないキャラ扱いしてごめんなさい(笑)。
2015.1.22

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