オレの高尾和成 14

 高尾――。
(真ちゃん――)
 高尾が呼んでいるのだよ。目覚めねば――。気が付くとオレは香の匂いのする昔の日本のような部屋にいた。オレは叫んだ。
「高尾!」
 小早川アルトが高尾の顎に手をかけて上を向かせるのが見えた。
「高尾! ――小早川アルト、高尾に触るな」
 小早川は舌打ちをした。
「君達しつこいよ。僕が高尾を愛するのがそんなに嫌かい?」
「高尾が……お前を選んだのなら仕方がない。けれど、お前は無理やり高尾を手に入れようとしている」
「何を根拠にそんな……ははぁん。焼きもちかい?」
 オレは大声で叫び出したくなった。それをしなかったのは、昔から鍛え上げえられた自制心のおかげだと思っている。
「緑間!」
 赤司の声だ。
「緑間君。皆を眠らせるのに手間取ってしまって――」
 ミザリィの声がそれに続く。
「ふん、赤司にミザリィか――悪いけど、高尾君は渡さないよ。ねぇ、高尾君。君は僕と一緒にいたいんだよね」
 高尾がこくんと頷いた。
「まさか――」
 赤司も動揺しているらしい。俺は言った。
「そいつは高尾ではない」
「何を言ってるんだ。正真正銘、本物の高尾和成君だよ、ねぇ」
 アルトの言葉に高尾は虚ろな目をしてこっちを見てこくんと頷いた。
「それは――そんなのは高尾ではないのだよ」
「無駄よ。緑間君。高尾君は多分、魂を抜かれているのよ」
「当たり。さすがミザリィ」
 アルトが茶化すように言う。
「高尾を返せ!」
 オレが殴りかかるとアルトはすっと避けた。
「君はバスケで3Pシュートを撃つしか能がないようだね。勉強も結局赤司君に勝てなかったし――」
「アルトぉぉぉぉぉ!」
 痛いところを突かれ、オレは激昂した。オレはこう見えても血の気が多い。鋼の自制心もどこへやら。いくら殴りかかってもアルトは軽々と避ける。まるで軽業師だ。
「おい、緑間。そいつをやっつけるのはオレの役目だ」
「赤司……?」
「こいつはオレの仲間を侮辱した。一発殴らなければ気が治まらない」
 そう言った赤司の右フックがアルトの頬を捉えた。重いパンチだ。アルトは一旦床に転んだ。口の端を切ったらしく血の混じった唾をぺっと吐いた。
「へぇ……緑間君よりは使えるじゃないか。赤司君。君も生贄に捧げたくなってきたよ」
「ごめんだな」
 第二ラウンドが始まろうとしたその時――
「ヤメテ……」
 高尾の頬を涙が一筋伝って行ったのだよ。
「大丈夫か、高尾」
「真ちゃん……」
 オレが駆け寄ると高尾はにこっと笑った。
「やれやれ、友達より恋人か、つくづく使えない男だ。悪いが死んでもらうよ」
 背後から殺気を感じたオレは高尾を突き飛ばしアルトの攻撃を避けた。アルトは刀を手にしていた。
「緑間君!」
 ミザリィが剣を持って応戦した。
「高尾君を連れて逃げて!」
「でも……」
「悪いけどアルトの言う通り、君は使えないのよ!」
 ミザリィにまでそう言われちょっと自尊心がぐらついた。こいつら全員まとめて撃ってやる!
 ――だが、使えないのは本当らしいのでオレは高尾の手を引いて部屋を飛び出した。
「真ちゃんあっち!」
 高尾が叫ぶ。オレは高尾の言うことに従った。
「右へ曲がって!」
「わかった!」
「レイトさんの部屋へ行く! 真ちゃんは指示に従って!」
「道順はわかってるのか?!」
「オレにはホークアイという特殊能力があるし魂だけになった時レイトさんの部屋へのルートも調べといたから」
 ――高尾の指示でオレはレイトの部屋まで来た。
「レイト!」
「緑間君! そっちは?!」
「こいつは高尾だ! 頼むから匿ってくれ!」
「――と言っても、僕には殆ど何もできないんだけど……」
「大丈夫。アルトは君には手を出せない」
 高尾はにやりと人の悪い笑みを浮かべた。ああ、忘れていたけれどこいつは相当性格が悪い。バスケの試合中でも結構えげつないプレイをしていた。オレは訊いた。
「――高尾。魂が戻ったのか?」
「うん。――真ちゃん達のおかげだよ」
「オレは使えないのだよ――」
 ミザリィやアルトに言われたことが気になっていた。普段だったらそんな台詞はねのけてやるのに――本当に有能な連中に密かに気にしていたことを指されたのだ。オレには高尾とおは朝のラッキーアイテムがないとダメなのだよ……。
「オレはどうせ3Pシュート以外能のない男なのだよ……」
「真ちゃーん。いじけないでー」
 高尾がオレを揺さぶった。レイトがくすくす笑う。
「何だかよくわかんないけど仲いいんだね。君達」
「恋人だから!」
「恋人なのだよ!」
 高尾とオレは同時に喋った。そしてお互い顔を見合わせて笑った。
「それにしてもさっきまで虚ろな目をしていたヤツとは思えないのだよ」
「オレが――魂を取り戻したからね」
「ミザリィか? あの女が力を貸したのか?」
「アウターゾーンが協力してくれた……俺自身が強く強く本来の自分を取り戻そうとしてたから――もう一人の赤司も手伝ってくれたし」
 もう一人の赤司――それはさっきも聞いたのだよ。ミザリィだけでなく、高尾にも手を貸していたのか。
「お前が――戻ってきたら言いたいことがあったのだよ」
 オレは高尾を引き寄せた。
「愛してる」
「真ちゃん……そんな場合じゃないかもしれないけど……やっぱり嬉しい。デレてくれて、嬉しい」
 コホン、とレイトが咳払いをした。オレは思わず高尾から離れた。抱き着こうとした高尾がコケた。
「真ちゃーん」
「いちゃついてるとこ悪いんだけど――君達はもうここから出て行った方がいいと思う」
「しかし、ミザリィと赤司が――」
「ミザリィなら大丈夫だよ」
 そう言われると本当に大丈夫なような気がしてきた。彼女のバックにはアウターゾーンがついている。
「でも、赤司は――」
「オレがどうしたって?」
「赤司! いつの間に!」
「あの女が逃げろと言うから逃げて来た」
 赤司のかっちりした服が乱れて血糊が付いている。
「大丈夫か? 赤司」
「ああ、このぐらい平気さ。もっと酷い目に遭ったこともある」
 オレは、この赤司征十郎という男はオレなんかが想像もできないぐらい修羅場をくぐってきてたのではないかと初めて思った。

2015.1.10

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