オレの高尾和成 11

「ミザリィ、小早川の本当の恐ろしさとは?」
「その話はあと。肉が煮え過ぎてしまうわよ」
「あっと――いけない」
 ミザリィの言葉にオレは肉を拾った。
「美味しそうねぇ。私も御相伴にあずかってもいいかしら」
 ミザリィ……ちょっと図々しいのだよ。
「あ、どうぞどうぞ。ミザリィさんにはいつもお世話になっているしね」
「高尾――ミザリィは大食らいなのだよ」
「それでもさ――礼はしておきたかったじゃん」
「う……まぁ確かに」
 肉を卵にくぐして食べる。さすが松坂牛だ。安い牛肉とは味も格も違うのだよ。
 ミザリィはよく食べる。アウターゾーンの人間はお腹を壊さないのだろうか。
 ――チャイムが鳴った。
「はぁい」
 高尾が玄関に駆けて行く。客は赤司だった。
「赤司……」
「やぁ。寄らせてもらったよ」
「今、すき焼きパーティーしてたところなんだけど、赤司も食ってく? 肉まだたくさんあるよ」
 高尾が誘う。
「いや、オレは湯豆腐の方がいい」
「松坂牛なのにな」
「松坂牛は過去に食べ飽きた」
 ――つくづく嫌味なヤツなのだよ。いや、これが赤司の素なのかもしれん。
「あ、じゃあ、オレ、湯豆腐の準備してくるよ。買い物行って来る」
 高尾が出かけようとする。
「オレも行くのだよ」
「真ちゃん、いいってば」
「おまえのことが心配なのだよ。小早川のようなヤツもいるしな」
「――わかったよ」
 高尾がほっとした顔をした。可愛い――。振り向くと、ミザリィがニヤニヤしているのが見えた。
 くそっ、恥ずかしいのだよ――。
「行くぞ。高尾」
「はぁい」
 まるでデートみたいだな。――実際は買い物行くだけだが。
「なぁ、真ちゃん。オレ、生き返って良かったよ」
「オレも、お前がいないと寂しいからな」
「オレ、真ちゃんより一日でも長く生きるね」
「『めぞん一刻』か?」
「そうそう。あれ、オレ好きなんだよね。プロポーズのとこなんて涙ボロボロ。あー、『真ちゃん好きだー!!』と叫びたいなー」
「……恥ずかしいからやめるのだよ」
 そう言いながらも満更でもないオレがいる。
「ちょっと肌寒いな」
「こっちに来るか」
「へへっ、ラッキー♪」
 高尾は嬉しそうにぴったりとオレに寄り添う。周りの声も今は気にならない。
 高尾の体温が伝わる。鼓動も伝わってくるように感じるのは気のせいだろうか。
 豆腐を買って家に帰った。勿論、ネギとおかかも忘れない。
「すまないな。なんかワガママを言ったようで」
 赤司が謝る。
「気にするな。赤司。お前のワガママは今に始まったものじゃないのだよ」
「――なんか引っかかるけど、まぁいいや。ありがとう」
 赤司は微笑む。その表情が大人びていて、確かに赤司の上にも時間が流れたのだという証拠を感じる。
 高尾も大人になった。オレは大人になりきれているだろうか。
「赤司、待ってて。今準備してくるから」
「済まない」
 美味しそうな匂いに包まれながら、高尾は鼻歌を歌う。オレは高尾が女でも惚れていたと思う。というか、高尾が女だったらオレなんか足元にも近付けないかもしれない。
「緑間君、高尾君、お肉とっておいたわよ」
「サンキュー、ミザリィさん」
「ん。やっぱり湯豆腐は最高だな。スーパーの安物というのが残念だけど」
「安物で悪かったな。いつもお前が食している最高級の豆腐とは訳が違うのだよ」
 オレはちくちくと嫌味を言ってやった。せっかく用意したのに。赤司は動じない。
「まぁ、たまには安物を食べるのも一興だな。せっかく高尾と緑間がオレの為に用意してくれたんだものな」
 赤司はまた昔のように一人称『オレ』で話すようになった。赤司も新しい生活に馴染んでいるらしい。いつだってそうだった。赤司はいつでも新しい環境に君臨する。
 オレはぼーっとしていたらしい。――花の香りがした。
 嗅ぎ慣れないその匂いに、オレはミザリィの香水かと思っていたが――。
 オレはそのまま意識を失った。

「お目覚めかい?」
 この声は――。
 この世で最も聞きたくなかった声。小早川アルトの声だ。
「小早川っ!」
 オレは周りを見回した。高尾! 赤司!
 二人はのびていた。先に起き上がったのは赤司だった。さすが赤司。災難に強い。
「ここは――?」
「我々のアジトだよ。ミザリィ――あの女を出し抜くのは苦労したけど」
 小早川は淡々と言う。
 安全だと思われていた家の中から怪しげなアジトに連れてこられたのだ。オレはちょっと焦っていた。
「高尾、高尾――」
 オレは高尾を揺さぶる。
「んー、もう食えない……」
「何のんきな夢を見ているのだよ。オレ達は攫われたのだよ」
「攫われ――え?」
「赤司君も我々の役に立ちそうだから連れて来た。赤司君、オレは小早川アルトだよ」
「ああ……聞いたことがある。お前と関わる人間は必ず災難に見舞われるとな。――死人が出なかっただけマシかもしれないな」
 怒りを潜めながら淡々と言う赤司。オレの背筋に悪寒が走った。
 もしかして中谷監督の事故も小早川のせい――?
「小早川!」
 オレは叫んだ。
「お前は悪魔だ!」
「おお、それ、オレにとっては褒め言葉だよ。なんせオレは悪魔を崇拝しているからね」
『アウターゾーン』でも読んだことがあるのだよ。悪魔を崇拝する男の話。尤も、ミザリィにやられてしまったが。その時、ミザリィが必ずしも万能のキャラでないことが明かされたのだよ。あの女も殺そうと思えば殺せるのだ。大量の人間の悪意があれば。
 くそっ、地獄に堕ちろ小早川!
「ほう――緑間君、キミは怒った顔も綺麗だねぇ」
「このホモ野郎が……っ!」
「キミには言われたくないなぁ。それにオレが狙っているのは高尾君だからね」
「高尾はお前には渡さん」
 小早川はアルカイックスマイルを浮かべた。
「ここにミザリィは来ないよ。都合よく助けの手が差し出されることが現実でそうそう――」
「私がどうかしたかしら?」
 ミザリィが落ち着いた声で言い放った。緑と、一房の紫色の髪の毛。見慣れてしまったミザリィの姿。――世の中は結構都合がいいようにできているようだな。小早川。

2015.12.9

次へ→

BACK/HOME