オレの高尾和成 1

 高尾が人間に戻った。
 そのことは高尾の妹や黒子の知るところとなった。
 高尾は早く学校に行きたいようだった。高尾の家族も高尾の意を汲んで実家に帰ってくるのを待っている、ということを言ったらしい。有り難い家族なのだよ。
 当然、黒子も呼ばないといけないだろうな。元々はヤツのアイディアだったんだし。
 オレと黒子達は同じ大学だ。専攻は違うが。
「真ちゃん、ラッキーアイテム持った?」
「抜かりはないのだよ」
 オレの今日のラッキーアイテムはタコ焼き器。高尾が見つけてくれた物だ。高尾が探してくれていたとなると尚更愛しい。
 オレが高尾と大学へ行くと――
「高尾!」
 ――キャンパス内がざわついた。
「えー?! ほんとに高尾君……?!」
「ウソでしょ?! 死んだんじゃなかったの?」
「例えゾンビでもいい……私、高尾君がいればそれだけで……」
 そう言って泣き出す女子もいた。何だ。高尾。案外モテるじゃないか。
 ――面白く思えないのはオレだけか?
「真ちゃん。オレは真ちゃん一筋だからね」
「あ……ああ……」
 ちょっと毒気を抜かれてしまった。オレの心を読んだのか? 高尾。
「でもさぁ、高尾、お前どうして……」
「ああ。死んだのはね、オレの兄貴の方」
「え?」
 皆きょとんとなった。
「だからね。オレは双子の弟なんだ。今までこの大学行ってたのは兄貴なの」
 ――はぁ?
 もしかしてこのバカ尾、オレがこの間言った与太話を使う気ではあるまいか。書いてあったことは本当だが、実はあれを提案したのも本気ではなかったのだ。それにしても、あの時は高尾も信じてはいないようだったくせに――。
「オレはね、病気だったから海外で治療受けてたの」
 ――まさか、引っかかる馬鹿はいないと思ったが……。
「えー、可哀想」
「高尾君、元気出して。お兄さんに死なれたのは辛いだろうけど」
「オレ達も協力するからさ」
 ぐずっと泣き出すヤツもいる。まさか、この大学のヤツらそこまで馬鹿だったとは!
「で、高尾君、下の名前は何て言うの?」
「和成。オレのオヤジがさ、『双子で違う名前をつけたら差別に繋がる。だから同じ名前をつける』とこう言ったんだ」
 高尾よ……それを信じる馬鹿は……まぁ、大学の友人達は信じたようだったが。
「そういえば何となく……」
「うん、髪の分け目のあたりが違うかな」
 それからオレの級友どもは死んだ高尾のここが同じだ、いや、ここが違うと議論を戦わせ始めた。――お前ら暇人か。
「ああ、緑間」
 ――今度は何なのだよ。
「タコ焼き器持ってるだろ? 今日のラッキーアイテムなんだからさ」
「緑間はラッキーアイテム集めるのやめたんじゃなかったっけ?」
「いいや。また集め始めるのだよ。――タコ焼き器だったな」
「そうそう。オレ、うっかり忘れてさぁ……三時限には返すから」
「そういうことなら、ほら」
「ああ、すまねぇ。――じゃあ、これ」
 そいつはオレの手に千円札を落とし込んだ。
「それ、お礼。そんじゃね」
 早速幸運が舞い込んできたのだよ。だからラッキーアイテムは効き目があるのだ。
 これで何か買って行こうか……いやいや、無駄遣いは厳禁!
 高尾はオレに何か話をしたいようだったが、クラスメートの壁に遮られてオレのところへ行けないようだった。
 ――まぁいい。オレも授業があるのだ。オレと高尾も専攻が違う。先生にも高尾のことは言っておいた方がいいだろう。ただし、真相は伏せて。
「そうか……高尾が戻ってきたのはいいことだ。私もなるたけサポートするよ」
 と、心強いお墨付きを頂いて、オレは自分の講義のある教室へと向かった。

 休憩時間。オレはスマホを取り出すと、黒子にメールをした。この大学は無闇に広い。会って話すことも考えたが、メールの方が確実だ。
『黒子、会って話がしたい』
『奇遇ですね。僕もです』
『今はそろそろ授業があるからあれだが、今夜、高尾の家に来れないか?』
『わかりました』
 文面は大体こんな感じだ。高尾の家に行くことに関しては、高尾も了承済みだ。黄瀬と青峰も連れて行こう。後は――
「あ、ミドリン」
 ――桃井だ。桃井さつき。バスケ部のマネージャーだ。
「ミドリンはやめろと言ったはずなのだよ」
「ごめーん」
 桃井はてへぺろっ☆てヤツをする。可愛い桃井には確かに似合うのだが、オレは高尾の方が好きだ。まぁ、桃井も黒子の方が好きだろうからな。
「今日一緒に来たの。あれ、高尾君でしょ?」
「そうだが?」
「高尾君……本人よね?」
 桃井は意外に頭がいい。目もいい。中・高と情報収集のスペシャリストとして活躍しただけのことはある。今もそうだ。
「そうだ。まだ話は聞いてないのか? 高尾についての」
「高尾君に関する話?」
 桃井はきょとんとしている。青峰のヤツ、まだ言ってないのだな。まぁ、仕方がない。
「どうして高尾君がここにいるのか――訊いていい?」
「待て」
 オレは黒子にメールを送った。――会合には桃井も来るかもしれんがそれでもいいか、と。いい、という返事が返ってきた。
「今日、オレ達は高尾の実家に顔を出すのだよ。お前も来るか?」
「行っていいの?」
「ああ。――黒子も来る」
「テツ君が?!」
 桃井の顔がぱあっと輝いた。なるほど。これが恋する乙女か。オレもどうして気付かなかったのだろう。こんなにあからさまなのに。高尾の嘘にひっかかるクラスメートどもを笑えやしない。
「じゃ、私、絶対行くね。リコさんも呼んだ方がいいかなぁ」
「リコを?」
「うん。必ず力になってくれると思う」
 これはまた――随分リコを高く買ったもんだな、桃井。だが、オレも同意見だった。リコを味方につけた方が何かと動きやすい。
 それから――あいつは来てくれるだろうか。
 赤司――赤司征十郎。
 確か、今は東大にいるはず。
 オレは赤司にメールをした。
『必ず行くよ』
 と、返信が来た。赤司の貴重な時間を割くのは申し訳ないが、赤司にとっても重要な話になるはずだ。
 紫原にも一応メールはしたが、
『めんどくさいから行かな~い。お菓子くれれば行くけど~』
 というゆるい返事が来た。……まぁ、紫原らしいといえばらしいか……。紫原は秋田の高校に通っていたが大学は東京だ――だから、来れないはずはないのだが。
 黒子からまたメールが来た。
『火神君も一緒でいいですか?』
 火神は筋肉馬鹿だが意外と頼りになるところもある。成績は悪いらしいが――成績と頭の良さは必ずしも比例するものではない。それに、ヤツも高尾の秘密を知っている。
 火神に協力してもらえれば、こんなに心強いことはない。オレは了解のメールを送った。ちょっと人数多くなるけどいいか、と高尾に訊いたら、構わないよ、との答えが返って来た。
 ――授業の時間が始まる。オレは教室へと早歩きで行った。授業はいつも通り真面目に受けたが、時々高尾のことが気になる自分に苛立つ。
 もう、高尾はいなくなることはないのだよ――だから、心配はいらないのだよ。オレは自分にそう言い聞かせた。

2015.10.14

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