オレのアンドロイド 7

「はー。食った食った」
 青峰が爪楊枝で歯間をせせっている。たこ焼きパーティーもお開きになった後だった。
「『食った食った』じゃねーよ! バカガミも一緒になってこんなに食いやがって! うちのエンゲル係数にも限りがあるんだぞ!」
 高尾はアンドロイドの癖に所帯じみている。つーか、それはオレの金なんだがな……。
「いいだろ? 別に。協力してやるって言ってんだから」
 青峰が反駁した。
「火神君の分は僕が払います」
「いや……黒子はそこまでしなくていいよ」
 高尾が遠慮する。遠慮なんて辞書にはなさそうな男なのに。黒子が言った。
「だって……僕は火神君のその……恋人ですし」
「黒子……」
 火神も勘に堪えた声を出した。結局言いたかったのはそれか。馬鹿馬鹿しいのだよ。このバカップル!
 オレと高尾も傍から見ればバカップルだったかもしれんが。
「いい加減にしろよ。このバカップル」
「青峰君は自分で払ってくださいね」
「それが元光に言うことかよ……ちっ、わかったよ」
 青峰はくしゃくしゃの千円札を取り出して高尾に握らせた。
「わりぃよ……こんな……」
「エンゲル係数で喚いていたのはどこの誰だったっけ? いーからとっとけ」
「――あんがと」
 青峰が金を払うなんて……昔じゃ考えられないことだ。大人になったのだよ。この男も。
「じゃ、僕達もう帰りますね。ご馳走様でした。後はごゆっくり」
 火神と自分の食費をしっかり払った黒子が火神と一緒に部屋を出て行く。
「あうう……黒子っち~」
 黄瀬が涙を流している。報われない奴だ。
 それにしてもうっとうしいことこの上ない。重りをつけて貯水槽に沈めて来ようか。
「やっぱり黒子っちは火神のことしか頭にないんだ~。オレが毎晩枕を濡らしているというのに~」
 こんな情けない男がモデルをやっているというのだから世の中はわからない。確かにイケメンなのかもしれないけど――。
 わからん。オレにはわからん。
「黄瀬。オマエには女子達のファンクラブがあるだろ」
 高尾が慰める。こんな奴放っておけばいいのに。
「高尾っち~!」
 黄瀬が高尾に駆け寄ってきた。
「高尾に触るな、馬鹿者!」
 オレが高尾の肩を抱き寄せて移動させた。黄瀬がずしゃっと派手に転ぶ。
「緑間……オマエ変わったな」
 青峰が呆れたような口調になる。失礼な。オレのどこが変わったのだよ。
「緑間っちは元々変り者っす」
 更に空気を読まない黄瀬。
「あ、まだジュース残ってる。飲んでいいか?」
 青峰は相変わらずマイペースだ。返答も聞かずに勝手にコップにオレンジジュースを注いでいる。
「どうぞ――って、もうとっくに飲んでんじゃん。まぁ、残しといてもムダになるだけだしね」
 と、高尾。
 やれやれ。こいつらを早く返してしまおう。一刻も早く高尾と二人きりになりたいのだよ。高尾といると落ち着くっていうか何て言うか……。
 ふぅ。やっぱりオレは高尾のことが好きなのだよ。
「青峰っち。オレにもジュース」
「もうねぇよ」
「そんな~」
「じゃ、オレ達はあれだな。もう行っていいか?」
「ああ。二度と来るなよ」
 オレは青峰に言ってやった。
「また来るぜ」
 青峰はこたえない。黄瀬を連れて青峰も去って行く。
「じゃあね~。緑間っち。高尾っち」
 帰る時、黄瀬が振り返らずにひらひらと手を振った。ああ、行ってしまえ行ってしまえ。
「ねぇ、真ちゃん。夕飯食べる?」
「もう奴らが食い荒らした後なのだよ。それに散々飲み食いしただろうが」
「あり合わせのものがまだ冷蔵庫に残っているから。真ちゃんの分くらいはあるよ」
「オマエは?」
「オレは――食べてもいいけど食わなくても平気だから」
 ……嫁さんをもらった気分なのだよ。
 エプロン姿の高尾を想像して思わず欲情してしまった。
 けれど、高尾はアンドロイドだ。あんなことができるわけが……。頬が熱くなる。つまりセック……直接話法は苦手なのだよ。
「真ちゃん。今夜、エッチしようぜ」
 高尾がオレの逡巡をぶち壊した。
「高尾……少しは恥じらいというものを見せるのだよ」
「ん……そういうプレイがお好みなら、そうしてやってもいいぜ」
 恥ずかしがって俯いている高尾が頭に浮かんだ。うん。いいな。
「でも、オマエはその……アンドロイドだろ?」
「オレ、セクサロイドでもあるんだよね♪」
「ふーん……」
 それよりも気になることがあった。さっきから頭に引っかかってる、何か。
「どうしたの? 真ちゃん」
 高尾の質問にも答えず、オレはアンドロイド高尾和成の取り扱い説明書を机の中から出した。
 やっぱり……間違いない。
 アンドロイドになっても真実の愛を彼が見つければ人間に戻るかもしれません――そんな意味のことが書いてある。
 高尾が未だにアンドロイドなのは、オレのことを愛していないからなのか?
 黒子はミザリィを感動させることができれば、高尾が人間に戻ると言った。どっちが本当なのだ?
 それとも、高尾が真実の愛を見つけてミザリィを感動で泣かすことができれば元に戻るのか? あの女が泣くところなぞ想像できないのだが。
「真ちゃん……」
 不安に思ったのだろう高尾がオレの部屋にそっと入ってきた。
「ああ。高尾。訊きたいことがあるのだよ」
 オレはごくんと生唾を飲んだ。
「オマエ、オレのこと愛しているか?」
「は?」
 虚を突かれた高尾が鳩が豆鉄砲食らったような顔をした。
「当ったり前じゃねーの。真ちゃん。んなこと改まってオレに訊くなよ。恥ずかしいじゃねーか」
「そうか……だったら何故オマエは人間に戻らないのだよ」
「――さぁな」
 真実の愛と言っても漠然とし過ぎている。そんなものが本当にあるのだろうか。少なくとも、オレはそんなもの高尾と会うまで知らなかったのだよ。この感情も真実の愛とは限らないが。
「オマエがこのままだとすると、いろいろと決めなくてはならないことが多いのだよ」
「黒子に任せとけば大丈夫だろ」
「オマエは黒子を頼りにしてるんだな」
 オレの口調には棘があったらしい。高尾はちょっと眉を顰めた後、にやりと笑ってこう言った。
「なんだ……真ちゃん妬いてんの?」
「バカな……」
 以前のオレだったらどうかわからない。けれど、今のオレは高尾を信頼しているのだよ。それに、黒子には火神がいる。
「いいことを思い出したのだよ。これは故河合隼雄の使った手だが――彼は自分には双子の兄弟がいると言ったのだよ」
「で? オレも双子の兄弟がいたということにするの? 双子ネタは古いんじゃね?」
「まぁ聞け。――河合隼雄は、父親の方針で双子で名前が違ったら差別につながるからと言って二人に同じ名前をつけた、と学生達の前でのたまったのだよ。ほら、数学を教えている方の河合隼雄は私の双子の兄だ、とな」

2015.6.11

次へ→

BACK/HOME