オレのアンドロイド 6

「じゃあ、ちょっと場所を変えましょう」
 会計を終えるとオレ達はマジバを出た。
「話は高尾君の亡くなる二週間前に遡ります」
 人気のない秋の街を歩きながら黒子が語り始めた。
「隣町に『美沙里』という店ができました。僕がそこへ行くと、美人の店主さんと高尾君がいました。
『高尾君、どうしたんですか? こんなところで』
『ああ、ラッキーアイテムになりそうな品物がいっぱいあったんで、つい……』
――高尾君は帰りましたが、僕はその美人の店主、ミザリィさんと仲良くなりました」
 ミザリィと仲良くなった――。火神があまり面白くなさそうな顔で聞いている。妬いているのだろうか。
「でも、オレはそれ以来足を運んでいないんだよな。黒子はその後も会っていたみたいだけど。『美沙里』のミザリィがあのミザリィだったなんて、思いもよらなかったぜ」
 高尾が嘆息しながら言う。高尾には一目で彼女があのミザリィとわからなかったなんて……オレだってすぐに彼女があの女だということはわかったのだよ。高尾にはあの女のオーラがわからなかったのか? 高尾らしくもない。
「それで、僕がミザリィさんに頼んで高尾君のアンドロイドを造ってもらったんです」
 ――短っ! 高尾が秘密にしてた割には短かったのだよ。それともまだ秘密があるのだろうか。
 というか、そんな話こんなところでしてもいいのか?
「と言っても、誰も信じないでしょうね」
 いや、オレは信じる。
 でなければ、辻褄が合わない。でも、そうか。黒子がここでこの話をしたのは、オレ達以外、他の誰も信じないからという理由か。ミザリィも特に口止めはしなかったらしいし。黒子も一応人の少ないところを選びはしたようだが。
 本気でアウターゾーンの世界なのだよ……。
 オレ達のところだけ周りから空気が切り取られて別世界にいるような感じがした。
「こいつが――アンドロイド?」
「まさか……どっからどう見ても普通の人間じゃないスか」
 青峰と黄瀬が口々に言う。
「オレ、アンドロイドなんだよ……食事食べたりはできるけど、味、わかんないしさ」
 味がわかんないのに、あれだけの料理ができるとは――。
「やはり貴様はハイスペックなのだよ」
「――は?」
「弁当、旨かったのだよ」
「真ちゃん……」
 高尾は感極まったような声を出す。こころなしか、目もうるうるしているようだ。
 しかし――。知らなかった。味覚がないのなら、高尾には普通の人間に備わっている五感がないのか? 聴覚、嗅覚、触覚、視覚……。
 アンドロイドだしな。一応ホークアイは健在のようだが――。
「高尾は視覚や聴覚もないのか?」
「まぁ、普通の意味では――ないね。機械を通して目の前にいるのが誰か知ることはできるし、誰が何を喋ったかはわかるけど。オレのいる世界と真ちゃん達のいる世界に一枚の透明な膜が覆っている感じ」
「――五感がなくて……それで人生楽しいのか?」
「だって――真ちゃんがいるんだもん」
 こいつは――バカだ。
 大人しくあの世で眠っていた方が良かっただろうに、オレの為に生き返ってくれるなんて――。本当に、大馬鹿なのだよ……。
「真ちゃんがいれば、それでいい」
「高尾っちが眩しいっス」
 オマエも見習うのだよ。浮気者の黄瀬。
「つか、高尾って本気でできた嫁だなぁ」
 青峰も感心しているらしい。
「でも、人間になれる可能性は残っています」
 黒子が淡々と言った。
「ミザリィさんを感動させることです」
 ――ミザリィを感動? というか、真実の愛はどうなった? 真実の愛を高尾が見つけて、ミザリィがそれに感動すれば全てOKなのか?
 高尾をアンドロイドから人間に変えさせる。オレにとってはほんの少しの希望だが、その希望さえあれば。人は、何でもできる。人事を尽くすオレに不可能などない。ミザリィのことだって速攻、感動させてみせる。
 待ってろ、高尾。オマエはオレが、人間に戻してやる。
「『美沙里』という店はどこだ」
「それが――僕と火神君が先程行ってみたら今日はお休みでした」
 残念だ。また直接ミザリィと話がしたかったのだが。やはり、焦ってはいけないということなのか? 明日にでも『美沙里』に案内してもらおうか……。
 オレが考えあぐねていると――。
「あー!」
 高尾が弾んだ声を上げた。
「何だ? 何だ?」
 青峰がきょろきょろし出す。
「これこれ。探してたんだよ。はい。明日のラッキーアイテム」
 高尾は店頭に置かれていた品物を見せて満面の笑みを浮かべる。そこまでして――オマエはそこまでしてラッキーアイテムを探していたのか。
「おは朝の占いが当たるのは、オレの気のせいと言ってなかったか?」
 礼を言いたいのに、つい憎まれ口が出てしまう。こいつは確か、おは朝観るのやめろとか言っていたはずでは。
「やぁ……そうだったんだけどね。死んでしまったり、ミザリィさんに会ったりしてから、こういう世界も本当にあるんだなという気がしてきた」
 因みに、高尾が差し出したのはホットプレートタイプのタコ焼き器。
「おっちゃん、いくら?」
 高尾がリサイクルショップの店主に声をかける。
「緑間……それ、学校に持っていく気か?」
「当たり前だろう」
 高尾の心づくしの品だ。持っていかない訳にはいくまい。
「ま、いいんだけどよ。オメーら」
 火神が口を挟む。何だというのだよ。
「高尾のことはこれからどうする。いつまでもこのままにするわけにもいかねぇだろ?」
「高尾は……重度の怪我を負って、最近帰ってきたことにするのだよ」
「そんなんで言い抜けられるか? 葬式も出したんだろ?」
「――じゃあよく似た別人ということにすればいいのだよ」
「何だか危なっかしい計画だな」
「大丈夫です。火神君。緑間君、僕達も協力します」
 黒子は、いざという時は頼りになる。誠凛の連中も、黒子を信頼していた。黒子は、やる時にはやる男だ。
 オレは黒子のそういうところが気に食わなかったのだが、味方になるとこんなに心強い存在はないのだよ。
「ったく、しゃーねーな」
 火神はボサボサの赤い髪を掻き回した。
「うし! 黒子も言った通り、オレも協力してやんぜ!」
「黒子、火神……」
 高尾が咽び泣いた。何でアンドロイドが泣けるのかわからないが、高尾は睡眠を取ることもできる。だから、まぁ、そんな感じなのだろう。上手くは言えないが。細かいところをツッコんで行ったらきりがないのだよ。それにしても、相変わらず笑ったり泣いたり、忙しい奴だ。
「いやー、いい話っスね」
「まぁな……さつきが喜びそうな純愛物語だ」
 目元を拭う黄瀬に砂を吐きそうな顔をしている青峰。対照的な二人だ。
「桃っちにも言うんスか?」
「ああ、まぁな。あいつは顔が広いし、口も堅い」
「なぁんだ。青峰っちは桃っちのこと、ほんとに信頼してるんスね。ほんとは好きなんでしょ? 桃っちのこと」
 黄瀬がからかうような口調で喋る。青峰は桃井が好きなのだろうか。
「うっせ」
 青峰が黄瀬の手をぱしっとひっぱたいた。
 桃井の本命は、今でも黒子なのだろうか――。でも、黒子は既に火神と恋人同士になっているという話なのだよ。どこまで真実か知らんが、黒子や火神の態度を見ると、信憑性は高そうだ。
「じゃあさ、皆、家に来てよ」
 高尾が言う。――ん? 待てよ。
「高尾、家って言ったら……」
「そう。今の真ちゃん家」
「こいつらをあがらせるのか?」
「――ダメ? ちゃんと掃除もしてあるよ」
「い、いや、ダメじゃないが――」
「せっかくたこ焼き器買ったんだから、たこ焼き焼こうぜ。一回使ったからって、ラッキーアイテムの効力がなくなるわけじゃないんだろ? あ、そうだ。たこ焼きひっくり返すやつも買わなくちゃ。――真ちゃん、お金貸して?」

2015.6.4

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