オレのアンドロイド 5

「久しぶりにマジバに寄るっスよ~。青峰っちも緑間っちも。マジバデートっス」
 黄瀬がぴょこぴょこ跳ねながら言う。
 全国の女子どもに問う。この馬鹿のどこがいいんだ。
 それに、デートにしては中途半端な人数なのだよ。
「――俺は帰る」
 家で高尾も待っているだろうしな。
「え~。冷た~い。緑間っち~」
「うるさいのだよ」
 黄瀬はオレの体にしがみついたまま離れない。オレは振り払おうとする。
「緑間。こいつはこう見えても一応オマエのこと心配してたんだぞ」
 青峰が割って入る。
「一応、じゃないっスよ。……でも、心配していたことは本当っス」
 そう言って黄瀬はへらりと笑う。
 オレのことを心にかけてくれてるとはな――馬鹿だけど優しい奴らなのかもしれないのだよ。
 こんな、オレの為に……。
「ど、どうしたっスか? 緑間っち。なんか涙目っぽいけど……」
「パソコンアイなのだよ」
 オレは黄瀬と青峰の間をすり抜けて通り過ぎていく。そうしないと泣き顔を見られそうな気がしたから。
「ま……待ってよ、緑間っち~」
 黄瀬と青峰がついてきた。
 オレは眼鏡を取って目元を拭った。
 秋。人が厚着をして背中を丸めながらこれから来る寒さに耐える時期。
 それでも。
 オレの心の中は暖かかった。

「んー、やっぱりここのバニラシェイクは旨いっスね~」
 飲み物を啜った黄瀬が言った。
「黒子っちもバニラシェイクが好きだったっスよね」
 そうだったか?
「黒子っちともこんな風にまたデートしたいっスね~」
「おまえなぁ……黒子は男だぞ。まだ黒子が好きなのかよ」
 黄瀬の台詞に青峰がツッコむ。
 というか――この量。
 青峰の前に積まれているハンバーガーの量は半端じゃない。
「青峰。食い過ぎなのだよ」
「いいじゃねーか。育ち盛りなんだし」
「いや、そういう問題じゃなくてだな……」
 オレははーっと溜息を吐いた。こいつら相手に議論をしても仕方ない。
「オレ、笠松センパイも好きっス。今でも連絡取り合ってるんスよ~」
 どうでもいい。そんなカミングアウト。
 黄瀬がでれっとした顔をしているのを見ると吐き気がする。――ちなみに笠松センパイとは元海常高校の主将、笠松幸男のことだろう。
 高尾がどういうわけかそいつのファンで、
『今日は笠松サンと話しちゃったなぁ』
 などと感慨深げに呟いていたのを思い出す。
「黄瀬……オマエ、男好きだろ」
「え? 何でそう言うの? 青峰っち」
「女に対する時と、男に対する時の態度が明らかに違う」
「えーっ? そんなことないっしょ」
「中学時代の蛮行も平気で口にしたって言うし……あ、そりゃ灰崎か」
「あー、あのバカ女に関したことっスか」
「バカ女とは何だ。女は女だというだけで偉いんだぞ」
「それ、あんまり思い出したくないからやめて欲しいっス。――青峰っちは女好きっスね」
「つーか巨乳が好きなんだよな。オマエも嫌いじゃねぇだろ? 巨乳」
「ま、そうなんスけどね」
「おめーは男でも女でもイケるクチだと思っていたよ」
 ――オレは些か呆れて黄瀬と青峰のやり取りを聞いていた。
 こんな人の集まるところでする話題じゃないだろう。
「あ、皆さん」
 どこかで聞いた声がする。
 高過ぎず低過ぎず――爽やかですらあるような声。
「黒子! ――火神!」
 黒子と火神の元誠凛光と影コンビがやってきた。
 そうだ! 黒子には訊きたいことがあったんだ!
 しかし、空気を読まない男黄瀬が邪魔をした。
「黒子っち~。火神っち~」
 黄瀬の声がぱあっと明るくなる。これでモデルで女にモテモテというのだから世の中はわからない。オレなんかから見ると黄色い犬にしか見えないのだが。まぁ、確かに黄瀬は顔とスタイルは良いかもしれん。
「黒子っち~、会いたかったっス~」
 黄瀬が黒子と抱擁を交わす。黒子は澄ました表情で、
「苦しいです、黄瀬君」
 と、涼しい顔をして答えている。本当に困っているのかどうかわかりゃしないのだよ。黒子の隣では火神が苦虫潰したような顔をしている。気持ちはわかる。
 もし黄瀬が高尾に同じことをしたら速攻リンチなのだよ。
 高尾には、黄瀬や青峰達とマジバに寄って帰ることを報告してある。
 でも――こんな時にこんなところで黒子達と会うとは思わなかったのだよ。訊きたいことはたくさんあるが、どこから話したらよいかもわからない。
 不思議の国のアリスの映画でこんなフレーズがあったような気がする。オレも高尾に対して使ったし。
『始めから始めて、終わりまできたらやめる』
 よし……。
「黒子……」
 だが、黒子は話どころではなさそうだった。黄瀬は相変わらず黒子にべたべただ。火神が実力行使に出るかと思った刹那――。
 ウィーン、と自動ドアが開き、「いらっしゃいませー」とやけに明るい店員の声が聞こえる。
「やっほー、真ちゃん」
 その人物はオレに向かって手を振る。
「高尾!」
 オレは高尾に駆け寄った。そして訊く。
「家にいたんじゃなかったのか?」
「んー、家にいたってかったるかっただけだしねー。日陰の花は高尾ちゃんには向かないんだよ」
 高尾は時々冗談で自分自身のことを『高尾ちゃん』と呼ぶ。
「――て、あれ? 高尾っち?」
「おい、どういうことだよ。高尾は死んだんじゃなかったのか?」
「そのはずだったんだけどね……」
 高尾がおでこぽりぽり。相変わらずデコピンしたくなるような額なのだよ。
 あの額にキスしたい。
 だが、公衆の面前でそんなことをしてはいけないと自制した自分を褒めてやりたくなるのはこんな時なのだよ。
「――仕方ないですね。もうちょっと環境が整ってから話そうかと思いましたが」
 黒子が言った。
 そうだ、黒子。オマエがそもそもの発端なのだよ。
 いや、発端は高尾が交通事故に遭ったことで――それは何故かというと高尾が猫と遊んでいたからで――。考えてみるといつどこが発端なのか誰にもわからないのだよ。そんなことを知っているのはミザリィくらいのものなのかもしれない。
 ミザリィ……アウターゾーンの案内人。彼女と黒子が結託しているのは間違いない。
「こうなったら、彼らにも全てを話しますか」
「だな」
 火神が頷いた。彼も事情を弁えているのかもしれない。高尾が生き返ったことは全然極秘事情じゃないみたいだ。明るみに出たらセンセーションが起こることは間違いがないのに。

2015.5.22

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