オレのアンドロイド 4

「よぉ、緑間」
「緑間っち~」
 青峰と黄瀬が声をかけてきた。オレ達は同じ大学に進んだのだ。
 尤も、青峰と黄瀬はスポーツ推薦で入ったのである。そうでなければこのレベルに進める頭など持ち合わせていない。
「緑間っちひどいっス!」
「オマエなー、ナレーション口に出すのやめろよなー。……まぁ、そん通りだけどよ」
「青峰は自分がアホだということの自覚は持っているようだ」
「だから、それやめろって!」
「傷つくっス~」
 青峰・黄瀬いじりはこのぐらいにしておこう。
「それはともかく、一緒に飯どうスか?」
 黄瀬は立ち直りが早い。
「――わかったのだよ。でも、オレは今日は弁当を持ってきているのだよ」
 高尾手製の弁当なのだよ。
「オレ達も今日は弁当買ってくるっス」
「おう」
「青峰は桃井が作ったのか?」
「とんでもない!」
 青峰は頭をぶんぶんと振った。よっぽど命が惜しいらしい。オレはその様がおかしくて笑った。オレはもともと滅多に笑わないのであるが。
「あいつの弁当食ったら命がいくつあっても足んねぇよ!」
 そう――オレもわかってて言ってるのだ。
 桃井さつきは可愛いし(オレにとっては高尾の方が可愛いのだが)、有能なマネージャーなのだが、料理だけは鬼門だった。被害者は数知れない。
 最も迷惑を被っているのは青峰大輝――つまり桃井の幼馴染のこの男というわけだ。
「桃っちもね~、料理さえ上手けりゃ完璧なのにねぇ……」
「だろだろ? オレもそう思ってるんだ。胸もでかいしな」
「でも、桃っちの弁当食べられるなんて青峰っちは幸せ者っスね」
「冗談やめてくれ~、オマエもあいつの腕前知ってんだろ! リーサルウェポンだぞ!」
「何の話?」
「わぁっ!」
 青峰が間抜けな声を出した。そうだ。言い忘れていたけど、桃井も同じ学校だったのだ。
 青峰が心配でついてきたという。確か高校の時もそういっていたような気がするのだよ。青峰と桃井。立派な夫婦なのだよ。――桃井は黒子が好きだったらしいけど、どこまで本気なのやら……。
 桃井が黒子を好きだというのも黄瀬の台詞でわかった。昔はそういうことに疎かったオレは黄瀬のおかげで知ったのだよ。――あ、あの時、黄瀬にサル呼ばわりされたことも思い出したのだよ。全く失礼なヤツなのだよ。思い出したら腹が立ってきた。
「でも、良かったっス」
 黄瀬がほっとしたような声で言った。
「何がなのだよ」
「緑間っち、ようやく元気になったっスね。表情も明るくなったし」
「そ……そうなのか?」
 鏡がないからよくはわからない。
「だなー。オレ、黄瀬と話してたんだよ。今までの緑間は――」
「そう! 生ける屍!」
 生ける屍は心外なのだよ。
「もしかして……恋でもしたっスか?」
「ああ……まぁ、な」
 高尾が帰ってきた。この二人にその話をした方がいいだろうか。
 ――いいや。今はまだ、その時期ではないのかもしれないのだよ。
 そんな話をしたら、高尾が煙のように消えてしまいそうで怖かったのだ。
「んで? 誰っスか? 相手の女子生徒」
「――勝手に想像するのだよ」
 まさか高尾が帰ってきたなんて思ってもみないだろう。
「んー、誰かなぁ」
「つか、緑間の好みなんて知らねぇし」
「やだなぁ、青峰っち。緑間っちの好きな人は高尾っちっしょ」
「何だ。じゃあ、オマエ、ガチだったのか」
 青峰が呆れたような声を出す。
「オレにはわからねぇ世界だわ。やっぱオレは女がいい。巨乳ならもっといい」
「青峰っちはおっぱい星人スからね」
 黄瀬がぷくく、と笑う。
 オレは――これでも何度か女性には恋をしたが、どれも叶わなかった。けれど、高尾とは何故か上手く行った。男が好きなんじゃない。高尾だから好きになったのだ。
 ――あいつも軽薄そうな顔して、真面目だからな……。そのギャップにも惚れたのだよ。
 そういえば、今、あいつはどうしているだろう。部屋にいたい、というので置いてきたが。オレは床に座り込んでいる高尾の姿を想像した。帰ったら掃除しよう。
 しかし、高尾は一人で寂しくないだろうか。――オレは今まで寂しくなかった。けれど、高尾が帰ってきた今。
 オレはまた一人になったらものすごく寂しくなるだろう。孤独に苛まされるだろう。
 それは、降って湧いた幸運がまた奪い去られることだ。高尾がいなくなる前には平気だった『一人である』という事実に耐えられなくなるだろう。実際、高尾が一度死んだ時にだって周りの人々に支えられて、ようやく耐えてきたのだ。
 今度また高尾がいなくなったら――オレはぞっとした。
「何スか? 緑間っち。怖い顔して」
 黄瀬がオレの顔を覗き込む。
「――緑間にも事情があんだろ。それよりその唐揚げ、くれよ」
「……わかったのだよ」
 オレは大人しく弁当箱を差し出した。
「ん、うめ。でも、これ、どこかで食ったような気が……」
「緑間っち。ちょっといいスか?」
 青峰にやって黄瀬にやらないという法はない。唐揚げが減るのは残念だが、黄瀬にもひとつやることにした。
「そういえば確かになんか――食ったことある味っスね。あっ! 高尾っちっス」
「んだよ、黄瀬。高尾がどうかしたのかよ」
「高尾っちの作った弁当食ったことあるっしょ、オレ達。それと同じ味っス」
 黄瀬は馬鹿の割に鋭い。運動だって、見ていれば覚えるというのだから、本当はオレなんか及びもつかぬ天才なのかもしれない。――成績は悪いが。顔もいいし、相変わらず女にはモテるようだ。
「でも、なんで高尾っちの料理に味が似てるんスかね。緑間っちの彼女って高尾っち似?」
 黄瀬は首を傾げている。
 オレは――話そうかどうか迷った。青峰と黄瀬に話したことで高尾がぼーんと消えるようなことは……ないとも言えないところが恐ろしい。
「てか、そんなんどうでもいいぜ。うまけりゃよ」
 青峰はあっさり片付けようとした。が――。
「――先に『どこかで食ったことある』って言ったの青峰っちっスよ!」
「う……」
 青峰は言葉に詰まった。だが、コンビニで買った弁当を咀嚼した後、
「そんなのもどうでもいいんだよ!」
 と、怒鳴った。
 青峰の言葉にオレも救われた気がした。オレだって、高尾の生還を完全には受け入れられず、戸惑っているのだから。
 だが、嬉しいことには違いない。イエス・キリストがよみがえった時の弟子の嬉しさに似ているだろうか。けれど、オレは高尾の弟子じゃない。恋人だ。しかも、高尾はアンドロイドだ。
 アンドロイドだっていい。帰ってきてくれさえすれば! アンドロイドの高尾が来るまで、子を亡くした親の気持ちを味わっていたのだ。黄瀬が話題を変えた。
「あ、そうだ。緑間っち。今日のラッキーアイテム何スか?」
 ラッキーアイテムか……しばらく用意してなかったのだよ。けれど、今日は久々におは朝を観たのだよ。ラッキーアイテムもちゃんと持っているのだよ。
「おい、黄瀬!」
 事情を知っている青峰が黄瀬を叱った。黄瀬もそれは心得ていたはずだが。オレはいつだったか、「もうラッキーアイテムを所持していても無意味なのだよ」とこいつらにこぼしたことがあったのだ。
「あ、つい……」
「いや、またラッキーアイテムを集めることにしたのだよ」
「何?! ほんとか?!」
「それでこそ緑間っちっスよ~」
 高尾が戻ってきたのだ。ラッキーアイテムを二人で探すのはさぞかし楽しいだろう。高尾の生存は周囲の人間にわかってしまうだろうが、別に意図的に隠しているわけではない。ただ、バレたら高尾がどこかへ行ってしまいそうで怖かっただけで――。オレは「高尾は生きているのか?」と訊かれたら素直に頷くだろう。だが、高尾の方はどう考えているのだろうか。その辺は確認しておこう。
 ちなみに今日のラッキーアイテムはメモ帳なのだよ、と言ったら黄瀬から、意外と普通っスね……との答えが返ってきた。まぁ、信楽焼よりはポピュラーだろうか。
 後で高尾が帰ってきたお祝いに信楽焼ももっと大きいのを買うのだよ。

2015.5.6

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