オレのアンドロイド 3

「えーと、どこから話せばいいかなぁ……」
「始めから話して、終わりまできたらやめるのだよ」
「ぶはっ! 真ちゃん、それ『不思議の国のアリス』で聞いたことある! ディ○ニーの」
「母の趣味だ。オレも好きだったのだよ」
「オレもオレも。アリス可愛かったよねぇ……」
 オレはちょっとムッとした。高尾がアリスを褒めるのは何故か面白くないし、第一この調子ではいつ話が始まるのかわからない。
「さっさと話すのだよ」
「へーい。……あのね、オレね、あの日ぬこと遊んでたの」
「ぬこ?」
「ああ。猫のことだよ」
「……そんな異世界の化け物とうつつを抜かしているから事故に遭ったのだよ」
「ひっでぇー。オレ、猫大好きなのに。猫可愛いじゃん」
「あいつらは爪と牙という凶悪な武器を持っているのだよ。どんなに可愛い顔をしててもな」
「犬だって野良犬とかは人噛んだりするじゃん」
「でも、訓練された犬は飼い主の言うことをよく聞く」
「何だかわからないけど、真ちゃんは犬派ってことなんだね」
「猫よりはマシなのだよ」
「……まぁいいけど。んで、ぬこ……じゃなかった、猫と遊んでいたら車が走ってきたワケ」
「それではねられたのか……」
 オレは溜息を吐いた。高尾の『名誉でない』という言葉もわかる気がする。
 高尾はホークアイを自慢にしていた。
 それを使うとかなり視野が広くなる。俯瞰的に物事を見られる。試合の時、何度助けてもらったかわからない。
「ちなみにぬこ達は全員無事だったよ」
「そうか……」
 オレはちょっとほっとした。
 あ、そうだ。訊いておきたいことがある。
「ホークアイは今も健在か? 高尾」
「ん、まぁね。生前の特技は受け継がれているみたい」
「黒子は……」
「え?」
「黒子とはどんな繋がりがあったのだよ。――あいつがわざわざオマエをこの家に送ってきたのだよ」
「ああ、それ」
 高尾はへらっと笑った。
「気になる? でも企業秘密。ごめんね」
 ……後で絶対聞き出してやる。
 黒子に訊いた方が早いだろうか。あいつはアウターゾーンとも関係があるようだし。そもそもあいつは何者なんだ?
 黒子テツヤという男は、昔からわけのわからないところのある男だった。
 それでもまぁ、普通の学生だと思ってたし、アウターゾーンがバックにあるとは思わなかったのだよ。
 夕食が済むと高尾が言った。
「オレ……眠くなってきちゃったなぁ……」
 アンドロイドなのに眠いのか?
「機械が寝るなんて初めて聞くのだよ」
「オレ、ハイスペックなアンドロイドだから繊細なの! 布団は? オレ、真ちゃんの隣でもいいけど」
「そ……それはダメなのだよ!」
 一緒に寝たらこの高尾に欲情していることがバレてしまう。
「ま、タオルケット一枚あればそこのソファに寝転がってもいいけど」
「……オレがソファに寝るのだよ。高尾はオレのベッドで寝ればいい」
「本当?! 真ちゃん、やっさしーい」
「茶化すのではないのだよ」
 高尾がじっとこっちを見つめている。オレンジ色の瞳が潤んでいる。
「真ちゃんてさー、ほんとに優しいよね。高校時代も火神にアドバイスしてたじゃん」
 優しい? オレが?
「優しいなんて、聞き慣れない言葉だ……それに……あの時はオレが強くなった火神と対決してみたかっただけなのだよ」
「はいはい」
 高尾が手をぴらぴらと振る。
「だから真ちゃんのこと嫌いになれないんだよね。偏屈だし、変り者だけど」
 それは好きということか? 偏屈で変り者は余計だけど。
「じゃあ、オレ、皿洗ったら寝ていいかな」
「皿ぐらい自分で洗えるのだよ。いいから寝てろ」
「アンドロイドが寝るなんておかしいと思ったんじゃねぇの?」
「よくはわからんが、オマエが眠いなら寝るのが一番なのだよ」
「真ちゃん……」
 高尾の目元にきらりと光った粒が見えた。気のせいかもしれんが。
「おやすみ、高尾。寝室は隣だ」
「お……おやすみ真ちゃん」
 高尾はちょっと焦り気味に言った。どうしたのだろう……。
 まぁいい。取り敢えず皿を洗おう。
 今日は久しぶりにまともなものを食べたな。それに、精がついたのが自分でもわかった。
 高尾が生きていたら、きっとこんな感じで二人で過ごしたんだろうな……。
(黒子……)
 アイツには感謝だ。些か腑に落ちない点があろうとも……。
(これが夢でも……オレはこの夢を支えに生きていくのだよ……)
 生きる希望がようやく見出せた。今までのオレは生きながら死んでるのと同じだったのだよ。
 最後の皿も拭き終わる。
 高尾はちゃんと寝ただろうか。慣れない寝床でなかなか眠れないということはないだろうか。
 まぁ、生前からそんなデリカシーという言葉とは無縁のヤツだったが……。
 高尾は健康的な寝息を立てて眠っていた。
 相変わらず可愛いでこっぱちだ。寝顔は年より幼く見える。
 オレは高尾の額にそっと唇を落とした。
 今日は疲れたのだろう。アンドロイドに疲れ、というものがあったとしての話だが。
「よく眠るのだよ。高尾」
 オレは高尾の取り扱い説明書を再び読んだ。
『アンドロイドは精神的疲労が溜まると眠たくなることがあります』
 ……オレは、高尾に負担をかけていたのだろうか。
 ああ。そういえば、事故の時の話をさせたな。嫌なことを思い出させて悪かったのだよ……。車ではねられた時は痛かっただろうに。
 ……即死というから、案外苦しまずに死ねたのかな? だが、死ぬほど痛い思いをしたのは確かなのだろう。
 高尾、アンドロイドになっても何でもいいから、戻ってきてくれてありがとう。
 幸せな夢をありがとう。高尾、黒子、そしてミザリィ……。
 朝になって高尾が煙のように消え去っても……オレは一生幸せな気分で暮らすことができるであろう。
 だから――。
 翌朝オレが目覚めた時、まさかと思った。
「おっはよ。真ちゃん♪」
 高尾がエプロンをしてオレの朝食を作ってくれた。和食派のオレの為に、銀シャリと味噌汁、それにおかずも添えて。
 高尾が嬉しそうに言う。
「ご飯できたよ。一緒に食べよ」
 オレは――高尾に抱き着いていた。オレよりも小柄で華奢な高尾をかき抱く。高尾は何も言わず、ぽんぽんと肩を叩いた。
 そこでオレは――初めて泣くことができた。
 一人でいた時の哀しさや寂しさが涙に溶けてぽろぽろ零れ落ちていくような気がする。高尾は己より身長の高いオレの体を受け止めてくれていた。

 さて――
「どうしたものかな……」
 オレは頭を抱えていた。
 高尾の存在が夢でなかったことはいい。けれど、世間的には高尾は死んだことになっているのだ。
 高尾は、「アンドロイドになって生き返ったって言えば済むことじゃん」と生前と同じようにへらへらしていたが。――こういうところも全く変わっていない。閑話休題。

2015.4.26

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