オレのアンドロイド 2

「改めて問う。貴様は一体何者なのだよ」
「知ってるくせにぃ」
「はぐらかすな。真面目に答えろ」
「高尾和成だよ。はい。真面目に答えたよ」
「――高尾は死んだのだよ」
「うん、まぁ、オレは一度死んだね。でもいいじゃん。こうやって帰ってきたんだからさ」
「オマエは本物の高尾和成なのか? それとも、ただのアンドロイドか?」
「うーん。そこんところはオレもよくわからないなぁ。気がついたらここにいたっていうか――つーかさ」
 高尾がにやりと笑った。
「オレの裸見たんだろ? 真ちゃん、オレに欲情しなかった?」
「き……機械に欲情するわけないのだよ」
「機械ってひっでぇな。アンドロイドだってば。――ま、同じようなもんか」
 高尾は明るい声で笑った。その笑いが何となく虚ろみたいに聴こえたのはオレの気のせいか……。
「何か都合が悪くなると笑って誤魔化そうとするのは高尾の癖だったな」
「うん。まぁね……それより真ちゃん、随分寂しいところに住んでいるんだね」
「大きなお世話なのだよ」
「……でも――あれ、ここ、オレが昔、『ここいいね』と言っていた部屋に似てない?」
「その通りなのだよ。オマエがいいって言った部屋なのだよ、ここは」
 ここでオマエと過ごしたかったのだよ。――高尾。
「え? マジ? あの時の部屋なの? あの時にいいなってオレが言った部屋――真ちゃん、忘れてなかったんだ……」
「――当たり前なのだよ」
「でもさ、ここに一人で住んでて虚しくならない?」
「もう慣れたのだよ」
 オレはいつも思い出を抱いて寝てるから、別段寂しくはないのだよ……。目の前のアンドロイド、高尾には言えないことだがな……。
「どうしてここに住んでいるの? 真ちゃん。オレのこと待ってた?」
「……そ、そうだとしても、オマエに何の関係があるのだよ」
「――真ちゃん!」
 高尾が急に抱き着いて来た。
「な……何なのだよ……!」
「今まで一人にしててごめんね……でも、もう一人置いてくなんてことはしないから! いつも一緒だよ。いい?」
 まぁ、アンドロイドでも何でも、ここにいたいという者を無碍に追い出すこともしたくないし。ここにいていいのだよ、高尾……。
「ここで一緒に暮らすのだよ。高尾」
「わぁ、それってプロポーズみてぇ」
「先に言ったのはオマエの方なのだよ」
「あ、そうだった?」
 高尾は舌を出しながらウィンクする。いわゆるテヘペロってやつなのだろう。やがて高尾はきょろきょろと辺りを見回し始めた。
「エロ本ないの?」
「ない」
 オレはきっぱりと答えた。
「えー? じゃあ真ちゃん今までどうやって抜いてたの?」
「ほっとくのだよ」
 高尾が死んでから、オレは性欲に悩まされることがなくなった。けれど――今、オレはこの高尾に欲情している。
(機械に欲情するはずないと言ったばかりなのに……。ここにいるのはただのアンドロイドなのに……どこまでオレというヤツは不埒なのだよ。我ながら……)
 オレはふぅっと溜息を吐いた。オレは自分に呆れているのだよ。
「しっかし、見事に何もない部屋だね……ラッキーアイテムはどうしたの?」
「もう全部捨てたのだよ」
「うっそ! おは朝は?!」
「――もう観てない」
「ええっ?! おは朝信者でラッキーアイテム探しに執着しない真ちゃんなんて真ちゃんじゃないじゃん!」
「オマエ……オレをどういう目で見てたのだよ……」
「ラッキーアイテムを持ってなかったせいで死にかけたことがあったの忘れたの?! おは朝観ようよ、真ちゃん! ラッキーアイテムも探そうよ! 一緒に!」
 そう言ってから、はっと高尾は我に返ったらしい。
「高尾、オマエだって生前、おは朝にこだわるのは不健全だと言ってたじゃないか。忘れたのか。まぁ……オレがおは朝を観なくなったのは別の事情からだがな」
 そうオレが口にすると高尾が訊いてきた。
「もしかして――オレのせい?」
「……否定はしないのだよ」
「そっか。オレのせいで、真ちゃんはあんなにこだわっていたラッキーアイテム探すのやめたのか……自然に離れられるのなら喜ばしいことだけど。でも、オレのせいで信じなくなって、それで死んだら元も子もないじゃん。それとも、いつ死んでもいいと思った?」
「ああ」
 オレは頷いた。
 高尾は顔を覆った。変なタイミングで泣く奴だと思ったら、高尾は笑っていた。
「そっかー、オレのせいで真ちゃんラッキーアイテムにこだわるのやめたのかー。不謹慎だけどさ、すっげ嬉しい。オレと同じようにあの世へ行ってもよかったってことなんだね?」
「か……勘違いするな。全く……自意識過剰なのだよ」
 でも、オマエのいないこの世を生きるのは寂しいし物足りない……。そういう想いを抱くぐらいには……好きなのだよ。尤も、これも高尾には言えないことなのだが。
「はいはい。エース様」
 高尾は立ち上がった。
「何か食う? 作るよ」
「――いらないのだよ。さっき食べたのだからな」
「えー。真ちゃん料理できなかったじゃん。もしかしてインスタント?」
「そうだが悪いか?」
「悪いに決まってるっしょ! 真ちゃんのことだからいつもインスタントなんだろ? 体によくないよ! 待ってて! オレが今、愛情手料理作ってあげるから!」
 そう言って高尾は急いで台所へと向かった。
 相変わらずなヤツなのだよ……。本当にアンドロイドなのだろうか。しかも愛情手料理って……自分で言ってて恥ずかしくはないのか?
 まぁ、オレの方も『恥ずかしいことを言う』と再三高尾に指摘されているのでお互い様だろうと思う。
 傍の姿見に映ったオレの顔には僅かながら微笑みが浮かんでいた。

「はい。真ちゃん。ご飯だよ」
 美味しそうな匂いがする。高尾が作る料理は久しぶりだ。味噌汁が湯気を立てている。懐かしい匂いだ。オレは席に着いた。
「――いただきます」
 オレはまず味噌汁を啜った。旨い……。お袋や家政婦が作ってくれる料理より旨いかもしれない。何よりこれは……オレが高尾家に遊びに行った時、生前の高尾が作ってくれた料理と同じ味だ。
「アンドロイドは何でもできるんだな」
 オレは皮肉を言ってやった。
「ハイスペックなアンドロイドなもんでね」
 高尾も負けてはいない。オレはつやつやしたご飯をよそおわれたご飯茶碗に手を伸ばして一口米を咀嚼して味わう。
「どう? 味の方は」
 高尾がきらきらした目でオレを見ている。オレにはこいつがあるわけのない尻尾をぶんぶん振っているような気さえした。
「不味くはないのだよ……」
「本当! 良かったぁ!」
 高尾はぺちゃぺちゃした声ではしゃいでいる。まるで女のようなのだよ。
「高尾、訊きたいことがある」
「何?」
「――どうしてオマエは車にはねられたのだよ」
「ああ、それね。そろそろ訊かれると思ってたんだ。でも黙ってたんだ。……あんまり名誉なことじゃないしね」
「何故だ! オマエにはホークアイがあるではないか! 何故むざむざ死んだのだよ!」
「あのね、真ちゃん。オレのホークアイはいつでも発動しているわけではないの。ホークアイは確かに視野は広がるけれど目の前のことは見えにくくなるの。何かに熱中してる時は普通の人間の目と同じだよ」
「そうだったのか……しかし、それではあの時のオマエにはそれだけ熱中したものがあったというわけか」
「うん、まぁね」
「何にそんなに熱中してたのだよ」
「聞きたい?」
 高尾が人の悪い笑みを浮かべる。きっと訊かれるのを楽しみにしてもいたんだろうな。仕方ない。
「――知りたいから話せ」

2015.4.18

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