オレのアンドロイド 1

 オレは自分の家に帰ってきた。
 必要最低限のものしかない、ラッキーアイテムもない殺風景な部屋。
「高尾……」
 オレは、今はいない友――恋人の名を呼ぶ。何も感じない。哀しみすらも。オレはどこかおかしくなったのだろうか。
「今日はインスタントで簡単に済ませるのだよ」
 或いは今日も、というべきか。何が変わったかといったら、独り言を言う癖がついたことだ。
 こうやってオレは静かに狂って行くのだろうか――それも悪くはない。
 オレは今、高尾と過ごすはずだった部屋に住んでいる。
 両親には反対された。そんな両親を鋭い舌鋒で説き伏せたのはオレの妹だった。
(お父様、お母様。お兄様のわがままも今回だけはきいてあげましょうよ)
 まさか、あれがオレの為に動いてくれるとは思わなかったのだよ。――まぁ、あいつは高尾の妹が好きだったからな。点数稼ぎといったところか。
 オレは料理はできない。高尾の方が上手かった。
 カップラーメンというのは役に立つ。体には良くないことはわかってはいるのだが。旨いことは旨いが少し飽きた。やはり、インスタントはインスタントだ。
 まぁ、味覚も麻痺し始めているので飽きたからってどうということも思わないのだよ……。こうやって日々自堕落になっていくのだろうか。学校には一応行っているが、学校すら辞めたら、オレは生きてるか死んでるか自分でもわからなくなっていくだろう。
 ピンポーン。
 チャイムが鳴る。誰だろう。
 妹が来ることもあるからまた来たのかと思った。
 女が立っていた。どこかで見たような女だ。
 黄緑色の美しい長い髪――オレの髪は緑だが、それより更に明るめの色彩の――、そして右目を覆う紫色の二房の髪。その女が宅配便の店の制服を来ている。美人の彼女には似つかわしくない。――あ、思い出したのだよ。
「緑間真太郎さんのお宅はこちらでよろしいでしょうか?」
「あ……ああ」
「お届け物です」
「あ、あの……もしやあなたはミザリィさんではないでしょうね? アウターゾーンの」
「あら。見知ってくれてて光栄ですわ」
 ミザリィは嬉しそうに笑った。
 アウターゾーンという、昔の、どちらかというとマイナーな部類に入りそうなマンガを知ったのは高尾が勧めてくれたからだ。
(真ちゃん。これ面白いから読んでみ)
 と全巻渡された。――確かになかなか面白かった。ミザリィという女が記憶に残った。
 ミザリィのコスプレをした女だとは露ほども思わなかった。誰であれ、本物にはそれなりのオーラがあるものだ。
 彼女は軽々と縦長の大荷物を担いで部屋に入ってきた。
「お手伝いしましょうか?」
「あら、いいのよ。これぐらい私なら何でもないのはあなただって知ってるでしょ?」
「しかし……」
「確かにお届けしました。ここにサインを」
「ああ……」
 ミザリィの言われるままに、オレは『緑間真太郎』と右肩上がりの文字で書いた。
「お邪魔しました」
 彼女は出て行った。
「何なのだよ、一体……」
 ミザリィが来たってことは、オレも不思議な世界――アウターゾーンに紛れ込んだということかな。
 差出人の欄を見た。――黒子テツヤ。存在感の薄そうな文字だ。文字でも薄いとはどういうことだ。
「黒子……?」
 一体黒子は何を送ってきたのか。
「この大きさだと棺桶とかかな」
 いや、それはないだろう。あいつは確かに何考えてるかわからないし、時々いらっと来るが、友達やライバルにこんな悪ふざけはしないのだよ。――特に、オレは帝光中時代には黒子のチームメイトだったし、高校に入ってからは覇を競うライバル同士だった。
 ――と思っていたが。
 本当に棺桶だったのでがくっと来た。
「黒子め……」
 この大きさだと、オレが入るには少し小ぶりだ。足を曲げないと納まらないだろう。蓋はちゃんと閉めることができるだろうか。
「…………」
 オレは決めた。ここで寝てやる!
 どうせ高尾と一緒にオレの心は死んだのだ。黒子なりのブラックジョークだって構いはしない。
 そう思って、オレは十字架のついた棺桶を開けた。
「??!!」
 オレは声にならない声を出した。
 高尾が寝ている。素っ裸で。
「そ、そんなはずはないのだよ! 高尾は死んで、灰になって――!」
 そうだ。現に高尾の墓も既に存在している。
「黒子め、大抵のことは許すが、これは少し度が過ぎるいたずらなのだよ!」
 ミザリィも了承済みのどっきりだったのだろうか。あれはミザリィの格好をした、ただの女だったのだろうか。
 冊子が同封されていた。
『アンドロイド ~高尾和成~ 取り扱い説明書』
 の文字が踊っている。
「アンドロイド……なのか? この高尾は……」
 オレは高尾の裸を眺めた。何もかも生前のままだ。真ん中分けの黒い艶やかな髪。醜くならない程度にバランス良くついた筋肉。日に焼けた肌。胸についた小さな二つの淡い紅色の珠飾り。オレよりは低いが男としては標準的であろう背丈の体。小麦色に色づいた健康そうなペニスまで――。
「お……落ち着くのだよ……」
 オレは独り言を呟きながら、説明書をぱらぱらと読んだ。
「ふん……高尾そっくりのアンドロイドか……」
『ただし、アンドロイドになっても真実の愛を彼が見つけることができれば、人間に戻ることができるかもしれません』――最後の頁にそう書いてあった。
 ピノキオなのか……? 勿論、童話のピノキオとは少々違うが。
「起動するには彼が生前愛した者の接吻が必要です……か。『眠りの森の姫』も混じっているのだよ」
 まぁいいか。接吻ぐらい。この男は人形と同じようなものかもしれないが、キスぐらいはしてやっても良いのだよ。
 オレは高尾の唇にキスをした。感触が冷たい。
 何も起こらないな……。まぁいい。オレは高尾が愛した男ではなかったのだよ。
 落ち込み気味になる心を何とかして前向きに持ち直そうと思ったところ……高尾の唇がひくひくと動いた。
「た……高尾?」
 ぱちっと高尾の瞼が開いた。オレンジ色の瞳がこちらを見る。
「わぁっ!」
 オレは驚いて転倒した。高尾は棺桶の中で、うーんと伸びをした。
「あー、良く寝た。あ、真ちゃん、おはよ」
 高尾は生前と同じぺちゃぺちゃした明るい声で喋った。
「な、な、な……」
 オレも心の準備ができていないわけではなかったが、こうして目の前で高尾和成(或いはそのそっくりさん)が動き出せば少しはびっくりする。
「お、おはようは朝の挨拶なのだよ」
 今は夜の――十時半だ。
「いいじゃん、別に。芸能人なんて真夜中でも挨拶が『おはよう』だよ」
 こういう屁理屈をこね回すのは高尾だ……。
「ていうか……何だよオレ、裸じゃん」
「ふ……服を着せる余裕がなかったのだよ」
「ふぅん、んじゃ、真ちゃんオレの裸見たのかよ」
「――今更なのだよ。どこもかしこも生きていた頃と同じだったのだよ」
「もしかして……アソコも?」
 アソコとはペニスのことなのだろう。オレはこっくり頷いた。
 顔を赤くしながら――アンドロイドが赤くなることができるのかどうか知らんがオレにはそう見えた――高尾が叫んだ。
「真ちゃんのエッチ!」
「不可抗力なのだよ……」
「……ま、うなだれんなよ。冗談だってば。なんか服貸して?」
「構わんが、オレの服しかないぞ。オマエには大きいだろう?」
「いいよ。それで」
 ――高尾がオレの用意した衣服を身に付けて行く。ブラウスにジーパン。ラフな格好だが、その日オレは萌え袖と呼ばれる現象の破壊力を思い知ることになる――。

2015.4.10

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