魔法の天使クリーミィカズ 6

「高尾和美ちゃんとは何者だ!」
「ちょー可愛い! オレ、ファンになった!」
「おい、誰かこっち来い!」
「どうしたんだい?」
「あ、丸橋プロデューサー! いえ、丸橋さんを呼びつけたわけでは――」
「電話がさっきから鳴りっぱなしだし、回線もパンク寸前です!」
「メールも続々来ています!」
「ほうほう」
 丸橋健二はさっきの人の良いおじさんの顔を脱ぎ捨てて、テレビ界の梟雄、丸橋プロデューサーになっている。無精髭の生えた顎を撫でている。
「面白いね……高尾和美……いや、高尾和成」
 丸橋はにやりと笑った。
「おい、ムラちゃん」
 丸橋はケータイを取り出して何やら指示した。
「ええっ?!」
 野村の驚いた声にも丸橋は動じない。
「な、ムラちゃん。頼むよ」
「――わかりました」
 野村は固い声で返事をした。
「これで丸橋プロデューサーの伝説が増えるというわけですね。丸橋プロデューサーには何人たりとも逆らうことができないという伝説が」
「一部の人が言っているだけだろう」
「とにかく、失礼します」
 ツー、ツー、と電話を切った音がする。
「――伝説、ね」
 高尾君も伝説になるかもな、と丸橋は得意げに考えた。これもムラちゃんのおかげだ。――この際、高尾君にはバスケは諦めてもらおう。

「あー、終わった終わったー」
 しっかり有名人のサインをせしめながら高尾が言った。高尾には野村の浮かない顔の理由がわからない。
(後で真ちゃんにも教えてやろう)
 オレのアイドル姿に失神するかもなー、なんてほくほくと考えている。野村によれば、大反響を巻き起こしたというのだから。
「ま、君が男だなんて思う人間は普通はまずいないだろう」
 と、お墨付きもいただいて。
(後で女装プレイもいいなぁ)
 なんて不埒なことを考えていると――。
「高尾!」
 スタジオのある建物の前に長身の男がいた。緑色の髪、瞳、黒縁のアンダーリムの眼鏡――暖かそうな緑色のセーターを着ている。下は黒のスラックス。――高尾の恋人である緑間真太郎が、そこにいた。
「真ちゃん!」
「あっ!」
 制止しようとする野村の声も聞かず――。
 高尾は一直線に緑間の懐に飛び込んだ。
「わっ!」
 緑間はびっくりしたらしいが、すぐに体勢を整えて高尾を抱き締めた。
「ねぇ、どうだった? オレの歌、聴いた?」
「あ……それどころではなかったのだよ。それよりその姿は……」
「あのねー」
 高尾が喋ろうとすると、パシャパシャとフラッシュの十字放射が彼らを照らした。
「さぁ、行こう。高尾君。君――えっと、緑間君かな。もう帰ってくれないか?」
「何故オレが緑間だと――」
「オレも一応月バス読んでるからね。丸橋さんに借りたりとかしてね。『キセキの世代』の緑間真太郎君だろう?」
「はぁ、まぁ……」
「んじゃ、高尾君、乗って」
 野村が促す。高尾は潤んだ目を緑間に向けた。
「野村さん、もう用事は済んだんじゃ――」
「早く乗って!」
 野村の苛ついた声に、高尾はどこか逆らえないものを感じた。野村も高尾も黒い車の後部座席に乗った。
「待ってください!」
 緑間が言った。
「高尾はオレが送りますから」
「いいよ。真ちゃん。風邪ひいてんだろ?」
「う……そ、それは……」
 高尾の指摘に思い出したように、緑間はくしゅんとくしゃみをした。
「ムリしないで。真ちゃん。オレもすぐ帰るから」
「高尾……」
「じゃーね。また苫米地さんに送ってもらうから」

 緑間はその時の高尾の表情を忘れることはなかっただろう。
 一見いつもの明るい、だが切なさの混じった顔――緑間はふと、高尾に永遠に会えなくなるのではないかと錯覚を覚えた。

「ねぇ、野村さん。オレ、帰っていいんでしょ?」
「まだだ」
「へ……?」
「君には高尾和美としてアイドル活動をしてもらう」
 高尾は、世界が一回転したようなショックを覚えた。じりじりと耳鳴りがする。
「何でだよ! ねぇ、何でだよ! オレ、帰っていいでしょ?! ほら、オレがアイドルになっちゃうと明日音ちゃんが帰ってきたとき困るじゃん!」
「困らない。あの人の指示通り動いていれば」
「誰だよ。あの人って」
「丸橋健二。これも彼の計画のひとつだ!」
「丸橋……さん……?」
 ぼろっと高尾のオレンジ色の瞳から大粒の涙が盛り上がってこぼれた。
「何だよ! あの人もそんな悪党だったのかよ! 悪党は野村さん一人だとばかり思ってたのに!」
「確かにオレは悪党だ。でも、あの人はオレの何倍も悪党だよ」
「野村さん……」
「しばらくオレが君のマネージャーになる。それから、君が男であることも翌朝、バラす」
「はぁ?! オレが男だってわかったら、計画おじゃんになっちゃうんじゃないの?」
「そうじゃないんだ。現在の我々はちょっとしたことには驚かないバビロンの徒だからね」
「はぁ?」
 高尾は首を捻った。とにかく、男であるということはマイナスにならないらしい。
「男だということで君に愛想を尽かす輩も出てくるだろうが、好きになる層はそれより更に上回る……丸橋さんはそう考えているんだよ。君が緑間に抱き着いたのは計算外だが、それも丸橋さんは何とかしてくれるだろう……」
 ――まるで悪夢を見ているようだった。信じていたものが足元から粉々に壊れていくみたいだ。
(真ちゃん……宮地センパイ……大坪センパイ……助けて……)
 流れる夜景を見つめながら、高尾は心細さからSOSを頭の中で発信した。
(真ちゃん……)
 ネオンサインに包まれながら、車は進んで行った。
「君にはバスケを辞めてもらう」
「ええっ?!」
「アイドル活動に専念させるということだ。君はそこらのアイドルより可愛いし、何より若い。なーに、君より不細工な子が大手をふるってアイドルでございと自慢している時代だ。君には性差を超えた変身の面白さを表現してもらう。キャッチフレーズは『魔法の天使クリーミィカズ』」
「クリーミィカズ~?」
『魔法の天使クリーミィマミ』――確かそんなアニメが大昔あったような……これもひなちゃん情報だが。
「要するにパクリじゃねぇか」
 高尾はぼそっと呟いた。野村が言った。
「まぁね。だが、使えるものは親でも使えっていうのがオレ達の方針でね。君はバスケをやっていた頃より人気者になる。このオレが保証する」

2015.8.14

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