魔法の天使クリ―ミィカズ 5

 丸橋プロデューサーは背中を向けた。が、立ち止まって高尾の方に顔だけ振り向かせた。
「高尾和成……と言ったな」
「え……? あ、はい……」
 高尾が慌てて答える。
「もしかして秀徳の?」
「はい!」
「今年キセキの世代の入ったトコだろ」
「――よくわかりましたね」
 その『キセキの世代』の一人、緑間真太郎はオレの相棒で恋人なんだぜ、と高尾は少々得意になった。
「月バスを読んでいるんでね。インターハイ優勝候補として、特集が組まれたからな。秀徳は王者として名を馳せているしな」
 丸橋健二という有名プロデューサーにも名を知られていたのかと思うと嬉しかった。
 確かに月バスに取材に来られたことがある。――尤も、緑間中心だったが。
「俺もバスケットは好きだ。今、中学生の息子も秀徳に入りたいと言っている――インターハイでは残念だったな。誠凛はダークホースだっただろ」
「は……はい!」
 まさか誠凛に負けるとは思わなかった。新設校である上に、三年生の選手がいない。まぁ、確かに実力はあったが。
「ま、次がんばれ。応援してるよ。――しかし、奇遇だねぇ。高尾君とこんな出会いをするなんて」
 ええ、オレもまさかこんなことになるとは思いませんでした。高尾はこっそり心の中で呟く。
「しかし――本当に女装が似合うねぇ。息子には泣かれそうだけど」
「丸橋プロデューサーの息子さんて、名前何て言うんですか?」
「ああ。丈太郎だよ。丸橋丈太郎」
「後で良かったらバスケ部に入ってくださいと言っておいてください」
「ああ……丈太郎もそのつもりらしい」
 高尾と丸橋の話が弾んでいる。高尾のコミュ力はこんなところでも発揮されるものらしい。野村がこほん、と咳払いをした。
「丸橋さん、早く高尾君に関係者を紹介させたいので」
「ああ、わかったよ。頼んだぜ。ムラちゃん」
「はい」
「あの……野村さん、オレ、何歌えばいいんすか?」
「ああ。そこに新譜が置いてあるから。明日音ちゃんの新曲として発表する予定だったんだけどね。サプライズで。ちょっと歌ってくれる? あ、テープ用意しなきゃね」
「いえ、いいです。このまんまで」
 高尾は譜面の音符が読める。歌い終えると野村が盛大な拍手を送った。
「高尾君、君は天才だ! ああ、オレの見る目も確かだった。これで女性でさえあればなあ……」
 野村は密かに己の有能さに酔っている。
 それから何人かの人々に紹介され――こんなビッグネームを、と思われる人まで――高尾が挨拶していると、
「明日音ちゃんの代役か。がんばってね」
 と、司会者役の男に肩を叩かれた。
「は……はい」
 その男が去った後、野村が耳打ちした。
「井原――あの男は手が早いから気をつけて」
「気をつけて、って、オレ男っすよ~」
 高尾はいつもの調子を取り戻してへらへらしている。
「……井原はな、バイなんだ」
「むぐっ!」
 高尾は息を飲み込んで、その拍子に噎せてしまった。丸橋が傍に来て言った。
「高尾君……君、恋人いる?」
「こ……恋人……はい……一応……」
 恋人が緑間真太郎だとわかったら野村も丸橋さんも驚くだろうな、と考えた。
「男じゃないだろうな」
「は……実は……」
「君は男好きなのかい?」
 野村のそんな台詞に高尾はぶちっと切れた。
「――そんなことありませんよ! 俺は真ちゃんが真ちゃんだから好きなんです!」
「――真ちゃん? もしかして……」
 高尾は「あ!」と思った。でも、もう遅い。
「丸橋さんは俺にも時々バスケ談義をするんだ。真ちゃんというのは、まさか、キセキの世代緑間真太郎――」
「ち、違いますよぉ~」
「ふぅん……」
 野村はいたずらっぽい目つきでじろじろと高尾を頭の頂から足の先まで眺めていた。
「な……何すか」
 高尾は構えた。野村はにんまりと口元にアルカイックスマイルを浮かべた。
「いや。俺が緑間だったら確実にいただいてるな、と」
 野村もホモなのではないかと高尾は疑った。
「野村さん、井原さんのこと言えないんじゃないすか?」
「そうかもなぁ。でも、俺、彼女いるから」
 こんな変人の恋人になる女なんて、どんなヤツだろう。顔が見てみたいぜ――と、高尾が思っていると、ADが駆けつけてきた。
「和美ちゃん、来てください!」
 和美ちゃん? ああ、オレのことか。どうもこの呼び方にはまだ慣れない。
「おう、三浦。和美ちゃんのこと、宜しく」
 三浦という男は高尾に一瞬見惚れていたようだったが、
「はい!」
 ――元気な声で高尾を促した。
「ほら、早く。和美ちゃん」
 三浦は高尾を意識しないように目を合わせぬようにしている。
(へぇー。オレ、モテんだなー。……男に)
 ちょっと悪女として振る舞ってみようかとも思ったが、今日だけの代打だし、面倒が起きても困る。何より緑間が怖い怖い。
「僕が合図したら中へ入ってください」
 三浦の合図でスタジオに入ると、ひな壇に女性ギャラリーがひしめき合っている。何台かのカメラにカメラマン。
「こ……こんにちは……」
 途端にキャーッと言う声が聴こえた。
「はい。こちら、新人アイドルの高尾和美ちゃんです」
「――高尾和美です。どうぞよろしく」

 その時、中谷家では監督が泡を吹いてひっくり返っていた。どうしたの?! あなた!と監督の妻が叫ぶ。

 緑間も自分の家のリビングでテレビの中の高尾を観て、
「何やっているのだよ、あいつは……」
 と、呟き、風邪をひいているのも忘れ、即座に外に出てJステのスタジオのあるテレビ局に向かって走って行った。

「では、歌ってもらいましょう。高尾和美。曲は『あなたと私の恋の距離』!」
 高尾は歌った。みんなしん、となった。
(やっぱ……いきなりじゃ上手く歌えていないのかな……)
 何とか歌い終わったが、心が折れそうだった。
(ごめんね……中途半端な歌で……)
 真ちゃんだったらもっと人事を尽くして歌っていたに違いない。それを思うとますます足ががくがくする。
 ――とその時だった。
「和美ちゃーん!」
「すてきーっ! こっち向いてー!」
 ……え?
 スタジオは盛大な拍手に包まれた。
「和美ちゃん、良かったよ」
 井原は馴れ馴れしく高尾の肩を抱こうとする。高尾は野村の台詞を思い出して手を払った。男はおや、という顔をしたが、獲物を見つけた狩人のような不敵な笑みをその顔に貼りつけた。

2015.8.8

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