魔法の天使クリ―ミィカズ 3

「出してくれ。トマベチ」
「あいよ」
 トマベチ、と呼ばれた男は運転手らしい。トマベチは車を発車させた。
「えーと、君のフルネームは何だっけ?」
「高尾和成」
 野村の質問に高尾はぶっきらぼうに答えた。
「和成か……芸名を考えた方がいいな。和子なんてどうだい?」
「和子か。古いんじゃないの?」
 トマベチが言った。野村が訂正した。
「じゃあ和美か? 高尾和美。うん。いいかもしんない」
 野村は一人でうんうん、と頷いている。
「それにしてもよくこんな話に乗る気になったね。君」
 と、トマベチ。
「オレだって好きで引き受けたわけじゃ……」
「トマベチ。この子は歌って踊れて声もいいし、磨けば光るDカラーのダイヤモンドだよ」
 そして野村はこっそり付け加えた。
「――もし本当に女の子であればな」
 高尾はさっき、往来でヘビロテを歌わせられたのだ。
(あれは軽い羞恥プレイだったぜ)
 最後の方はノリノリで踊っていたことなど高尾はとうに忘れている。
「しかしねぇ……あんなところをどうして女装して歩いてたんだい? 趣味かい?」
 トマベチが高尾に話しかけた。
「んなわけないっしょ。これはその……罰ゲームみたいなもんで」
「身の危険は感じなかったわけかい? 君みたいな可愛い子」
「野村さんに捕まった時に感じました」
 高尾の正直な感想を聞いてトマベチは大爆笑した。野村はぶすっとした。
「そこまで笑うことないだろう。トマベチ」
「だーから俺はその格好はやめろと言ってるんだよ。野村。黒服にサングラスなんて、ふた昔前のスカウトマンじゃないんだから。今時そんな格好してんのはインテリやくざくらいのもんだぜ?」
「この格好は俺のポリシーなんだよ」
「そんなポリシー、俺だったら丸めてゴミ箱に捨てるがね」
 トマベチはまた笑った。
「でも、女装した男の子に明日音の代役をやらせるなんてとんでもないというか、神をもおそれぬというか――」
 トマベチは野村に比べれば割とまともらしい。苗字は変だけど。高尾が訊いた。
「トマベチサン、『トマベチ』って何て書くんすか?」
「ああ。俺の苗字? 苫小牧の『苫』に米という字に、地球の『地』さ」
 トマベチは機嫌よく答えた。
「俺だってなぁ……声聞くまでは女の子と信じて疑わなかったんだよ。そりゃ、女の子にしては背は高いし、胸はないけどな……」
 野村がぶつぶつ呟いていた。
「男の子だとわかってもどうして明日音の代役させようと思ったんだい?」
 トマベチが穏やかな声で野村に訊いた。
「もし正体がバレても、話題作りになると思って――」
「冗談じゃありませんよ!」
 高尾が怒鳴った。
「オレはねぇ! そういうマスコミの体質が大嫌いなんだ!」
「別に悪いことではないだろう? 美輪明宏の例だってあるし」
「ああいうのにはオレはなりません!」
 高尾はむくれた。シスターボーイなんかになる気はない。オレはれっきとした男なんだ。たとえ恋人が男であったとしても――。
(真ちゃん――)
 高尾はまた緑間真太郎のことを考えた。
 このことを知ったら、緑間は怒るであろうか。
 真ちゃんには今日のオレの歌うところ、見て欲しいような欲しくないような――。
 喜んでくれても、怒ってくれても、それが緑間の素直な反応だったら嬉しい気がする。
(真っ正直だからな。うちのエース様は――)
 いや、オレのエース様だな、と高尾は心の中でひっそりと訂正した。
「何だい? にやけて。さては恋人のことでも考えていたのかな」
 野村に図星を指され、高尾は慌てた。
「ちっ、違いますよぉ!」
「高尾君の恋人はどんな女の子なのかな」
「男っす」
 しん、と沈黙が下りた。しまった、と高尾は思った。訊かれるままについ答えてしまった。
 やがて、野村とトマベチが笑い出した。
「な? トマベチ。シスターボーイの路線もアリだろ?」
「ああ。そのようだな」
(何だよ、トマベチさんまで)
 彼はまともだと信じていたのに裏切られた気分だった。
 このオレがシスターボーイなんて!
 やはりトマベチも野村と同種の人物だ。
(やはり真ちゃんの言う通り、目の寄る所へは玉も寄るというか、類は友を呼ぶというか――)
 緑間のおかげで、諺には強くなった。
 特に、『人事を尽くして天命を待つ』という言葉は緑間の座右の銘ともなっている。
 そんな緑間が高尾は好きだった。
(本当に人事尽くしているもんな、真ちゃんは)
「高尾君、そんなに不安がることはないよ。今日一日の我慢だからね」
 トマベチが優しく諭す。やっぱりトマベチさんはいい人だ。
「高尾君に代役してもらっている間に明日音が見つかればいいんだが……」
 野村はそれを気にしているようであった。高尾としても、是非菱川明日音には見つかって欲しいと思う。
(実はファンなんだよね。オレ)
 菱川明日音が見つかったらサインを貰おうと高尾は考えていた。彼女のおかげでこんな目にあったのだ。そのぐらい頼んでもばちは当たるまい。
 ピロリロリーン♪ ポロポロリーン♪
 ――ガラケーが鳴った。この着信音は中谷監督からだ。
「出てもいいっすか?」
「あ、ああ……いいよ」
 野村は焦りながら答えた。
「はい。高尾です」
「ああ。俺だ。高尾」
「何の用すか? 監督」
「今日のJ-POPステーションに高尾が出ると大坪から聞いてな。私達も楽しみにしているよ」
「はぁ……」
 喋ったのか、キャプテン……。
 オレが女装して女みたいな歌を歌っているとわかったら、中谷監督はどう言うであろうか。緑間の次に反応が楽しみな人物ではある。
「録画もしておくからな」
 中谷監督なら、ぜいぜいビデオデッキしか動かすことができないだろうが。あ、でも、デジカメ使っていたこともあったか。電化製品には強い案外強い方なのかもしれない。
 まぁ、オレには関係のない話だが……。
 高尾がガラケーを切った。
「彼からか? 高尾君」
「違います。バスケ部の顧問からです」
「ああ、そうか。君はバスケ部だったんだ。じゃあ、さっきの君の先輩達も……」
「はい。バスケ部です」
「そうか。道理でみんなでかいと思ってたよ」
 あの面々の中では、オレは小柄な方なんだよな。真ちゃんだって195㎝はあるし。高尾は苦笑した。

2015.7.25

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