魔法の天使クリ―ミィカズ 1

「頼まれたもん持ってきたぞー」
 木村信介が宮地清志にブティックの包みを渡す。
「これ買うのすっげぇ恥ずかしかったんだぞ! 妹へのプレゼントだと言ったけどな。これは元取らなくては割に合わねぇな!」
「おう、ご苦労さん」
「何やってんだ。オマエら」
 秀徳バスケ部のキャプテン、大坪泰介が二人に声をかけた。
「ああ。大坪。これ、高尾に着せようと思って」
 宮地はふわふわした飾りのついた赤地に白いドット柄のノースリーブのワンピースを見せた。
「これは……!」
 堅物の大坪は絶句した。宮地と木村がにんまり笑った。
「さっさと高尾呼ぼうぜ」
「ああ、そうだな」
「だが――」
 ショックから僅かばかり立ち直った大坪が口を挟んだ。
「あいつには確か女装癖はなかったはずだが」
「そのようっすね」
「大体、高尾にそんなもん着せてどうしようってんだ」
「ゴラクに決まってるだろ? そんなの。野郎ばかりのところにいるんだから、潤いが欲しいんだよ、オレ達は」
 女子バスケ部の部員も練習しているはずだが……。
「ああ。――なぁ、大坪。たまにはいいだろ?」
 と、木村も言い募る。
 確かに高尾には似合うかもしれないが、しかし――。
「ほんと言うと緑間が一番良かったんだが、あいつは図体がでか過ぎてな……まぁ、高尾サイズのもなかなかなかったんだけど」
 と、宮地。
 こいつら……後輩をそんな目で見ていたのか。
 オレは逞しい体とゴツい顔でつくづく良かったなぁ……と大坪はそういう風に生んでくれた神様と両親に感謝をした。
「んで、次善の策として高尾にこのドレスを着せることに決めたわけ」
「オマエらなぁ……そんなことしている時間があったら練習やれ、練習」
「あれー? キャプテーン。キャプテンは見たくないの? このドレス着た高尾」
 宮地が悪魔の囁きを口にする。
 思春期の男のプライドは砂上の楼閣のように脆い。大坪は赤くなりながら答えた。
「き……今日だけだぞ」
「了解」
「緑間がいなくて良かったなぁ」
 木村がのんびり伸びをする。緑間は、今日は珍しく風邪で休みなのだ。体調には万全の対策をしている彼でも風邪はひくのかと大坪は驚いていた。高尾は、「人事を尽くしてもどうしようもないことってあるもんですよねぇ」と笑っていた。――まぁ、早くても明日には元気な姿を見せるとは思うが。
「ところで、高尾にどうやって……」
「まぁ、見てなって。高尾ー。高尾ー」
「なんすか?」
 高尾和成が馳せ参じた。
「なぁ、高尾。何か欲しい物はないか?」
「欲しい物?」
 高尾はしばらく考えていた。が、やがて答えた。
「ないっすよ。チームメイトとバスケの他には何にもいらないっす!」
「……高尾、それは清らか過ぎっだろー。天使か?! 天使か?!」
「やばい……オレ、涙が出て来た……」
「オマエら……物で釣る作戦だったのか」
 宮地と木村に呆れ顔で大坪が呟いた。
「じゃあさ、単刀直入に言うけどな――これ着ろ」
「ヤです!」
 赤いドレスを見せた宮地に高尾が即答する。
「ちくしょー。この手もダメか……」
「つか、センパイ達、そんな下らないこと考えてたんすか?」
「いつもならオマエも絶対のると思ったんだけどな」
 木村が冷静に言う。
「うん。オレが当事者でなければいいっす」
「今はオマエが当事者なんだよ! いいから着ろ!」
「ヤだって言ってるでしょうが!」
「逆らうな! 轢くぞ!」
「待て待て。宮地、落ち着け。ここは恨みっこなしでじゃんけんで決めたらどうだ?」
 大坪がアイディアを提供する。
「おっ、いいね。こいつ緑間とのじゃんけんにはいつも負けてるからな」
「真ちゃんが強過ぎるんですよ! 真ちゃん以外なら負けないっす!」
「じゃあ、オレが代表してじゃんけんする。そもそもこの計画の言いだしっぺはオレだからな」
 やはり、宮地の思いつきだったか――大坪は心の中で納得した。計画というほどのものでもないだろう。宮地がやたら自慢げなのがわからない。
「オレが勝ったら宮地センパイが着るんすよ」
「おう! その条件のんでやるけどぜってー負けねぇからな!」
 じゃんけんぽんっ!
 宮地はパー、高尾はグー。――高尾は脱力して床に崩折れた。
「くそー。何で真ちゃん以外に負けるかなぁ、オレ」
「早い話、オマエじゃんけん弱いんじゃねぇの?」
 木村が的確なツッコミを入れる。ハイスペックな後輩高尾にも意外な弱点があったのだ。
「じゃあ勝負もついたことだし……高尾クン?」
 宮地が人の悪い笑みを浮かべる。まるで悪代官のようだと大坪は思った。
「や……やめて、カンベンして……」
 高尾は悪代官に魅入られた町娘といったところか。
「往生際が悪いぞ。もし着たくないならこの間貸した三千円、耳を揃えて返せ」
「――オレが悪うございました」
「なんだ。初めからこの手を使えば良かったんだ」
 宮地が言うと、木村もうんうんと頷く。
「……じゃ、着替えてきまーす……」
 珍しく憔悴した高尾の姿に対して、大坪に同情心が湧いた。高尾の相棒、緑間も今日はいない。
(あいつなら全力で止めるだろうな……)
 こんな馬鹿なことを、と言って――。勿論、止めなかった自分にも責任はあるのだが。
 だが、高尾の代わりにあの可愛いドレスを着ろと強制されたら大坪もこれは絶対ノーなわけで……。
「あいつ……遅いな」
「おーい、早くしろよー」
 ドンドンドン!と宮地が乱暴に更衣室のドアを叩く。
「あ……できました」
 その時、大坪、宮地、木村は息を飲んだ。
「あ、あの……」
 三人の注視に耐えきれず、高尾が口を開いた。
 黒髪に赤いワンピース。オレンジ色の瞳も赤に映えている。
 可愛過ぎる……。
(まさかこれほど似合うとは思わなんだ……)
 大坪でさえ感心している。その横では、
「緑間轢く、ぜってー轢く……」
 と、宮地が呪文のように唱えていた。高尾が緑間の相棒という名の恋人であることはバスケ部員の間では周知の事実だったからだ。
「もうこれでいいっすよね……」
 そこで、宮地と木村が声を揃えて叫んだ。
「いいや! 良くない! 絶対良くない!」

2015.7.9

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