李下に冠を正さず 5

「気持ちいーい」
「まだ寒いのだよ……」
「あら、これぐらいがちょうどいいのよ」
 ひなちゃんがオレと真ちゃんの方を振り向く。ここは屋上だ。
「ここで弁当食うの?」
「そ。高尾君は教室では食べづらいでしょ?」
 ――なるほど。確かに。ひなちゃんはオレに気を使ってくれたわけか。
 嬉しいな。へへっ。この事件のせいでどういうヤツが本当の友達かわかったし。だから、ちょっと真犯人には感謝してるんだ。
 今日、屋上で食べた弁当は、生涯で一番旨かった。

 五時限目――教室が準備で慌ただしくしてた頃。
「お邪魔します!」
 誠凛の女カントクさんと、桐皇のマネージャーさんが乱入してきた。相田リコさんと……えーと、桃井さつきサンだよな。何だろ。
「あのー……」
「うわぁっ! びっくりした!」
「テツ君……?!」
 黒子も一緒か。
「高尾君が困ったことになったというのでやってきました」
「黒子……でも、オレのことなんかお前には……」
「何言ってるんですか。友達のピンチに駆けつけなければ男じゃありません」
 黒子……。胸がトゥンク、とときめいた。
 真ちゃんがいなかったら惚れてたな……。
「それで? 何しに来たんだ? リコ」
「緑間君……私、今、激おこなの!」
「は?」
「ここにいる高尾君のクラスの皆! まさか『秀徳高校男子バスケ部ロッカー荒らし事件』の犯人が高尾君だと疑っていたんじゃないでしょうね!」
 相田サンは教卓に上がり、机をバンッ!と叩いた。クラスの女子達がひそひそと囁く。
「でもねぇ、あれはねぇ……」
「カッター持ってたって言うし……」
「カッター持ってるのが犯人だったら、マンガ家なんて容疑者だらけよ! トーン削るのに使うんだから!」
 今はデジタルトーンも普及してると思うんだけど……。それに言ってることがめちゃくちゃだ。
「実を言うとね……昨日私のスマホに緑間君からワン切りがあったの。緑間君はワン切りなんてしそうにないから、緑間君に何かあったと思ったわけ。黒子君と桃井さんに協力をお願いしたわ」
「僕はほとんど役に立ちませんでしたけどね……」
「そんなことないわ。桃井サンを説得してくれたし、それに――」
「私……最初、リコさんの考え過ぎだと思ってたんだけど……」
 と、桃井サン。
「皆が高尾君を疑っているとしたら――これは冤罪よ!」
 相田サンが机を再び叩いた。相田サンが眩しい……! 味方になるとこんなに心強いなんて!
「因みに秀徳で何か起こったんじゃないかと見抜いたのは黒子君よ」
「緑間君がワン切りなんて変だと思ったんです」
「真ちゃん……?」
「――リコの力を借りたかったのは事実だ。だが、それよりもまず高尾と向き合うことが先だと思って一旦切ることにしたのだよ。……で、後で連絡しようとしていたのだが……」
「忘れたわけね」
「――ああ……まぁ、そういうわけなのだよ……」
 真ちゃん、頭いいのにちょっと抜けてるからなぁ……。
「それに、時間も時間だったしな」
「カントクは気にしてませんでした。時間のことなど」
「ああもう、それは悪かったって言ってるじゃない!」
 相田サンはガリガリと頭を掻いた。
「裏サイトにアップされていた動画は後で編集したもののようです。高尾君がやったように見せかける為の。高尾君と言われれば高尾君かなぁと思うくらい画像が不鮮明だけど騙された人も多いと思います。でも、中には変だと思った人もいたようで、『のんびり動画なんて撮ってないで高尾止めろ』とか、『これ本当に高尾か?』という意見もありました」
 桃井サンが口を挟んだ。秀徳の裏サイト突き止めたんだ……。美人で胸もでかくて頭も良くて機械にも強いなんて……。
「テツ君の為に頑張っちゃった☆」
 いいなぁ、黒子。こんな美少女に愛されて。
「んで、犯人は?」
「私達で突き止めたわよ」
 えー、オレ達、今回いいとこなし?
「黒子君!」
「はい!」
 黒子はビデオカメラを再生した。そこに映っていたのは、三年のレギュラー落ちした元部員達。モザイクがかかっていて声も違っているが、オレにはわかってしまった。――ホークアイで。つか、あいつら見たことあるもん。
『高尾のヤツ、ビビッてたぜ』
『まさかひっかかるとは思わなかったな。ちょろい』
『アイツも一年のくせにスタメンだもんな。オレ達立場ねーぜ』
『まぁいいや。この状況を利用して、アイツ徹底的にハメようぜ』
『『緑間死ね』と書くか。高尾が書いたように見せかけて……』
「――もういいわね。高尾君、こんなヤツもいるから次からは身辺に気を付けるように。落ちてるカッターをホイホイ拾っちゃダメよ」
「はい……」
 言葉もなかった。
「ここだけの話にしておきたかったけど、この連中はやり過ぎだわ。中谷監督から許可をもらった後は――」
「ど……どうするの?」
「決まってるじゃない! 制裁あるのみよ。ぼっこぼこにしてやるわ」
「真ちゃん……相田サンが怖い」
「高尾、これぐらい平気でないとリコとは対等に渡り合えないのだよ」
 と言いつつ真ちゃんも脂汗。
「あ、あの……」
「ま、それでも一度はチャンスは与えるけれどね。もし改心しなかったら鉄拳制裁よ! さぁ、行くわよ、黒子君。桃井サン!」
「はい」
「ええ」
 オレ達のクラスメートは全員ぽかん、と口を開けていた。
「思わぬ幕切れね」
 と、ひなちゃん。
「でも、誠凛の女カントクさんがいてくれて良かったわ。私じゃとても犯人まで突き止められなかったもの」
「ひな子。高尾の無実は知ってたのか?」
 真ちゃんが訊いた。ひなちゃんは舌を出して、
「まぁね」
 と、言った。
「何故オレ達に隠していたのだよ」
「もっと証拠固めをして中谷先生――監督に提出したかったのよ。相田サン達に持っていかれたけどね」
 真ちゃんが、はーっと大きく息を吐いた。
「――それにしても、良かったな、高尾」
「え……あ、うん……」
「それより、問題はこいつらだ。お前ら、すっかり騙されてただろう。真犯人どもに」
 皆は目と目を合わせたり逸らせたりしながらもぞもぞしていた。
「えっと……高尾、ごめん! オレ、何もできなくて……」
「三波……!」
「ごめん! 高尾」
「ごめん!」
 クラスメートが次々と謝ってきてくれた。
「いいよ、もう――済んだことだ」
 オレは涙を飲み込んだ。ちょっぴりしょっぱかった。
 これからのオレは、少し人間不信になってるに違いない。それは成長と呼ぶべきか――でも、信頼に値する人達もいる。今回は苦い経験だったけど、いろんなことを学んだ。嫌な体験だったけど、この世に無駄な経験などひとつもないのだ。とりま、オレは『瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず』という故事成語の意味を噛み締めていた。

2016.3.21

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