李下に冠を正さず 6

 ――オレは職員室に呼び出された。
「どう? 高尾君。これで満足かしら?」
 と、相田サン。オレを嵌めた先輩達は頬が腫れ、口の端が切れて――相田サンの言う鉄拳制裁を加えられた後だったみたいだ。オレも相田サンだけは敵に回さないようにしよう。
 こんな先輩でも将来はあるそうなので、そうだな――名前は伏せて、先輩A、先輩B、先輩Cとしよう。
「オレも被害を受けたんだ……」
 この中では一番軽傷の先輩Cが言った。
「オレが動画の『高尾』です。高尾がやったように見えるけど、あれはオレです。他の二人に動画撮られて脅されたんです。まさかこんな形で流出するとは……」
「オレは全然知らなかったけど……」
 そんなことがあったなんて――。
「高尾君はその動画観なかったのね。まぁいいわ。観ない方がいいもの。顔とかは隠れていたけれどね」
 動画どころか、裏サイトの存在自体知らなかったんだけど……。
 まぁ、先輩Cはちょっとオレを思わす面差しや背格好をしている。ま、オレの方がいい男だけど。――どうやら、先輩Aと先輩Bは昨日の事件でオレが疑われたことを知って、更にオレを嵌めようとオレにちょっと似ている先輩Cの映った動画を利用することを思いついたらしい。先輩Cは動画がアップされるまでこのことを知らなかったようだ。
「裏サイトは閉鎖させることにした。それで、こいつらのことはこれからどうする?」
 中谷監督がオレに訊く。相田サンが続けて言う。
「なんなら全校生徒の前で土下座させることもできるけど」
「うーん……」
 先輩達の視線を浴びながら、オレは考え込んでいた。
「全校生徒の前で土下座はしなくていいです。……先輩達の処分は中谷監督に任せます」
 マー坊のことだ。血も涙もない処分はしないに違いない。
「そうか。わかった」
 マー坊――いや、中谷監督は明らかにほっとしたようだった。
「お前ら、反省文を書いて担任に出すように」
「え? それで許しちゃうんですか?」
「相田サン……」
「いいだろう? 高尾。やったことは悪いが、犯人にも将来はある」
「はい」
「お人好しねぇ。高尾君……」
 相田サンが溜息まじりに呟いたが、別に、オレが人並み外れてお人好しなわけでもない。ただ、オレは真ちゃんに許された経験があるから――。
「もう二度とこんなことするんじゃないぞ。お前ら」
 中谷監督の言葉に、三人はこくんと頷いた。

「それで、許しちゃったんですか」
「ああ、まぁね」
 オレは黒子と真ちゃんとマジバにいる。黒子はせっかく来たのだからと、秀徳の練習風景を見て行った。相田サンと桃井サンは先に帰った。黒子は「秀徳のバスケ部もバッチリスパイしていってね☆」と相田サンに頼まれたみたいだ。それは冗談だろうが、相田サンに刃向うことのできる人間はおそらくこの世にはいない。
「あいつら――許さないのだよ」
 真ちゃんが怒気を振り撒く。
「でも、高尾君が許したんですから」
「そこが腑に落ちないのだよ。オレだったら一発ずつ殴っていたのだよ。高尾は優しくも慈悲深くもないはずだろう?」
「真ちゃん、ひっで! ――まぁ、オレだって本当の意味では許したわけではないんだけどね」
「じゃあ、何で……」
「何でかな。オレが真ちゃんに酷いこと言った時、真ちゃんは許してくれた。それが嬉しかったからかな」
「高尾……」
 真ちゃんはオレの手を両手でガシッと握った。
「前言は撤回する。やっぱりお前は優しい奴なのだよ」
「やめろって――」
 オレは黒子に目を遣った。真ちゃんは手を離す。
 黒子がずずず、と涼しい顔でシェイクを啜る。そして、その後、歌うように言った。
「我らに負い目ある者を我らが赦す如く、我らの負い目をも赦し給え――」
「え? 何? それ」
「うむ。主の祈りの一節だな」
 主の祈り――キリスト教に関係があるのかな。
「黒子、クリスチャンだったっけ?」
「いいえ。でも、本で読んだのを思い出したから――」
「ふぅん……」
 黒子達には本当に感謝だ。黒子や相田サン達がいなければ、オレは冤罪の濡れ衣を着せられたままだったかもしれない。噂が噂を呼び、オレは真ちゃんにも数少ない味方にも見限られ、あの先輩達はさぞかし溜飲を下げたに違いない。
「黒子――ありがとう」
「オレからも礼を言うのだよ。高尾を助けてくれて、ありがとう」
「君達はライバルですが、友達だとも思っています。ロッカー荒らしの犯人が高尾君でないことは初めからわかっていました」
「う……」
 真ちゃんは一瞬言葉を失くしたらしかった。無理もない。真ちゃんは疑ってたらしいもの。
「オレは――最初は疑っていたのだよ」
「でも、後から信じたでしょう?」
 黒子は聴聞僧のようににこやかな表情をしていた。
「ああ、だから、昨日高尾に『外を見ろ』というメールを送ったが、黙殺されても待つつもりでいたのだよ。それがオレの人事の尽くし方だと――」
「真ちゃんて変だね。そういうところでもじんつくなんだ」と、オレがツッコむ。
「……夏実にはこう言われたのだよ。真っ先に信じてあげるのが相棒だとな。オレは、すぐに信じてやれなかったから――」
「なっちゃん、ああ見えてずけずけ言いだから。でも、悪い子じゃないよ」
「夏実さん?」
「高尾の妹だ。今度中三になる」
「受験シーズンだよ。大変だよなぁ」
「こいつより可愛いかもしれないのだよ」
「何それ」
 オレはちょっと面白くなかった。そりゃ、なっちゃんは可愛い妹ちゃんだけどさぁ……。オレはぱくっとハンバーガーに噛り付いた。
「でも、オレは和成の方が好きだ」
「ゲホッ、ゲホッ、ちょっと待って……!」
 急にデレるなんて反則だろ?! 緑間真太郎!
「真ちゃん……ほら、黒子も見てるんだしさぁ……」
「緑間君のデレは傍で見てる分には面白いですよ。良かったですね。高尾君」
「こっちが恥ずかしいっての」
「コミケの薄い本も厚くなりますね」
「何? 黒子同人活動してんの?」
「まぁ、そうですね。勿論バスケ優先ですが」
「後で本見せてくんない?」
「いいですよ。たかみどもみどたかもあります」
「火黒はねぇの?」
 オレが訊くと、黒子はじろりと睨んだ。
「ボクにだってプライバシーというのがあります」
「何だよ。オレ達のことは散々ネタにしといて……真ちゃんだってそう思うだろ?」
「ああ……まぁな」
「待ってください。緑間君は、同人誌とは何か知ってるのですか?」
「こいつらと付き合ってたらそういう知識は嫌でも耳にするのだよ」
「そうですか……ご馳走様」
 黒子は席を立った。
「あっ、黒子。今日はオレがおごるから」
「ありがとうございます」
 黒子と店を出た後、オレはチャリアカーを置いたところに向かった。
「今回はジャンケン、なしにしてもいいぜ。嬉しいから」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうのだよ。――まぁ、ジャンケンで負けるのは高尾だろうけどな」
「うるさいやい」
 黒子がお幸せに、と耳元で囁いた。オレ達はチャリとリアカーを合わせた、他所から見るとさぞかし珍妙に見えるに違いない乗り物でその場を後にした。オレはまずは真ちゃん家に行かなくちゃだなぁ、と考えた。

後書き
この話、どうだったでしょうか。謎解きが少々甘かったですね。ミステリは読まないし書かないから……。
でも、緑高で幸せでした。楽しみながら書くのが一番!
この話は確か去年の冬に書いたものです。ちょっと季節外れですけど。
これは高尾嫌われのはずだったんですけど、緑高でした。彼らにはいつまでもラブラブでいて欲しいです!
2016.3.23

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