李下に冠を正さず 2

 ――スマホが鳴った。真ちゃんからだった。
 オレは……出なかった。まだ、裏切られたと感じていたからかなぁ……。いや、そうじゃない。そうじゃないんだけど――出る気がしなかった。
『外を見ろ』
 そんなメールが来た。オレが無視していると。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん! 真太郎さんよ!」
 というなっちゃん(オレの妹)の声が聞こえてきた。
 オレが窓を開けると――
 オレの相棒、緑間真太郎が立っていた。外はまだ寒いのに――。真ちゃんが笑ったような気がした。
 真ちゃん!
 オレはだだだっと階段を降りた。途中つんのめって転んだ。いってー!
 どこのゴールデンエイトだよと思いつつ、嬉しい気持ちは抑えられなかった。
「真ちゃーん!」
 オレは真ちゃんに抱き着いてしまった!
「高尾……」
 眼鏡の奥の真ちゃんの目は優しかった。そうだ。真ちゃんの優しさに何度助けられたことか。
「あ、ご……ごめん」
 オレはぱっと真ちゃんから離れた。オレは真ちゃんを信じなかった。そんなオレが、真ちゃんに優しくされるいわれは――ないのに。
「真ちゃん……」
「高尾……」
 オレ達は同時に言った。――ごめん。
「どうして真ちゃんが謝るの?」
「高尾こそ……」
「オレ、真ちゃんと話しようとしなかった。真ちゃんのこと――信じてなかったのかもしれない」
「いや、それはオレの方だ――オレは一瞬、お前を疑ってしまったのだよ。お前があんなことやる奴でないのは、オレが一番よく知ってるのに」
「…………」
「あんな態度はなかったよな。オレは――お前の相棒なのに……」
「――真ちゃん、信じてくれて、ありがとう」
「ふ――ふん。オレは……あんな陰湿な犯罪をお前がするわけがないと思ったまでなのだよ。それに、お前だったらもっと上手くやれていたはずだ」
「真ちゃん……それ、どういう意味?」
「とにかく、今回の件はお前は無実だと思っている。――となると……冤罪かな」
「冤罪……」
 冤罪。
 その言葉の重みがずしんと来た。
 冤罪ってあれだろ? 松本サリン事件とか、痴漢に間違われて訴えられるとか――あの冤罪だろ?
「怖いね、真ちゃん」
 オレはぶるっと震えた。
「寒いか?」
「いや、冤罪が怖いって話」
「正直言って、宮地先輩や主将、大坪先輩や木村先輩や監督以外――部員達はお前のことを疑っているようだ。宮地先輩情報によると」
「真ちゃん、大坪サンや宮地サンと連絡取ってたの?」
「一応な。それから宮地先輩には、高尾のところには緑間、お前が行けって言われたよ」
「ははっ、宮地サンらしい」
「頼りになる先輩なのだよ」
「でも、オレのこと、考えてくれてたんだね――真ちゃんも」
「お……オレは、別に……またバスケ部であんなことがあると困るから、宮地サン達にも一応電話しただけで……お前のことも――本当は少し疑ってたのだよ」
「うん……うん……あんな状況じゃ仕方ないよね」
 真ちゃん。ごめん。
 真ちゃんがオレのことを疑っていたんじゃないかと疑って――ごめん。
 いや、確かに疑ってはいたみたいだけど……あの後、すぐオレの無実を信じてくれた。
「で、これからどうする?」
「どうするって?」
「真犯人見つけて復讐するか?」
 復讐……。
「オレだったら、いつでも協力はするが?」
 オレはふるっと首を横に振った。
「真犯人は見つけてやるけど――復讐はしなくていい」
「そうか……和成は優しいな。オレだったら何度殺しても飽き足らない」
 うっ、真ちゃんが怖い……。それに――さりげなく名前呼びした。これってデレゲト?
「大体、神聖な部室を荒らしただけでも許せないのだよ。それに――」
「それに?」
「お前を一瞬でも疑ったオレ自身も許せないのだよ」
「――真ちゃん……」
「監督が言っていた。『高尾を信じろ』と。今は――お前を信じてる」
 緑間のことだけは許してやってくれ――マー坊、いや、中谷監督の台詞がオーバーラップした。
 うん。監督。オレは、真ちゃんを許すよ。真ちゃんを許す資格がオレにあるのかどうかわからないけど。
 ――だってもし、オレが真ちゃんの立場なら、真ちゃんを信じれるかどうか……いや、信じはするだろうけど、こんな風に真っ直ぐにぶつかって来てくれるかどうかはわからない。
 オレに拒まれること覚悟でオレの家に来た真ちゃんは……。
「真ちゃんは……偉いんだなぁ……」
「なっ……オレのどこが偉い!」
「ちゃんと……オレのところに来てくれた。オレに対して謝ってくれた。オレは――真ちゃんを裏切る算段をしていたことがあったというのに」
「昔の話だろう。それに、お前はどうやってオレを裏切るつもりだったんだ?」
「えー……無視する」
「お前に無視されたところで痛くも痒くもないのだよ」
 真ちゃんがフン、と笑った。
「オレだけじゃないよ。部員達も、クラスメート達も、皆で無視するの。オレがそうさせるの」
「それは――確かにきついかもな」
「でしょう? だから……今回の件では、そんなことを考えたオレに罰が当たったのだよ」
「だから、それは昔の話だろう」
「そ。昔の話。でも、神様はオレがそういうヤツだということもちゃんと知っていて――罰を与えた……ん!」
 真ちゃんがオレにキスをしたのだ。
「これ以上オレを傷つけるつもりなら――今度は押し倒すぞ」
 真ちゃんが掠れた声を出す。セクシーイケボ。真ちゃんはどうしてオレに傷つけられてるの?
 とにかく今言えることは――
 嬉しい!
「もう二度と、自分を貶めるようなことを言うな……喋っているお前はいいが、聞いてるオレは辛いのだよ……」
「優しいね。真ちゃん。でも、身勝手だ」
「ああ。身勝手でいい。オレが責められるより、お前が自分を責めてるのを見る方が辛い」
 わかってる。真ちゃんは……優しい。いつも人のことを思っている。だから、そんな自分を変える為に、わざと孤高のエース様を演じていたんじゃないかな。でも、それは、考えていたより辛くって……。
 そんな真ちゃんが、オレは大好きなんだ……。
 オレは泣いていた。真ちゃんがあんまり優し過ぎるから……オレは感動してるんだ。
「和成……泣くな。……いや、泣いていい」
「どっちなんだよ……」
「和成が泣くほど悲しいのは嫌だが、その……泣いているお前は……不謹慎かもしれないけど、可愛いと思うから――」
 真ちゃん、オレなんて全然可愛くないよ。
「悲しくて……泣いてるんじゃない」
 オレは涙を手の甲で拭った。
「手で目を擦るな。赤くなる」
 真ちゃんがオレの手を取る。そして――オレの手の甲を自分の頬へくっつけた。真ちゃんの頬、あったかい。オレに熱を分けようとしてくれているのかな。真ちゃんはずっと外にいて冷えているはずなのに、オレにはあったかく思えた。――長いようで短い時間が過ぎ、真ちゃんがオレの手をそっと放した。 
「真太郎さん、お兄ちゃん。家、入んない? 外寒いよ。お母さんがお餅焼いてくれるって。あんこ餅だよ」
 なっちゃんがオレ達を呼んだ。あんこ餅か……とごくんと唾を飲み込んで呟いた真ちゃんを引っ張ってオレ達は家に入った。

2016.3.13

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