猫獣人たかお 98

「山田さんね――親父さんの方ね――憑き物が落ちたように普通のおじさんになってたよ」
 オレが言うと、真ちゃんは、
「ああ――」
 と、アンダーリムの眼鏡の奥の緑色の目に奇妙な陰を落としながら頷いた。さらさらと梢が鳴る。
 ナッシュは、最初は山田三郎の友として彼の頭の中から生まれたのだろう。しかし、悪意で段々肥え太って行った。何故ナッシュがてっちゃん神様を知るようになったのかは神のみぞ知る。
 けれど、最終的にナッシュを抱き止めるのは、生みの親の山田三郎しかいないと思う。てっちゃん神様でも――無理なことはあるんだ。てっちゃん神様はナッシュを愛することはできないだろうから。ナッシュは山田三郎の悪意の化身だから。尤も、ナッシュが山田三郎に会いたがるかどうかわからないが――。
「行くのだよ。かずなり」
「うん」
 オレは真ちゃんの手を取った。

「はーい。高尾君、緑間君。撮影班来てるわよー」
 リコさんが上機嫌で言う。
「さ、私もおしゃれしなくっちゃ」
 リコさんが鏡に自分の姿を映す。
「どんなにいじってもそう変わらねぇのに……」
「何ですってぇー」
 リコさんがどかどかとタイガの脚を蹴る。
「いて、いて――」
「ったく……」
「あの……そこまでにしていただけませんか? バスケに支障が出ると困るので」
 てっちゃんがやんわりと止める。
「ああ、そうだったわね。バスケシーンの撮影もあったんだっけ」
 今、カメラを抱えて来ているのは、MHKのドキュメンタリーのスタッフ達だった。撮影~編集に半年はかかると言う。
『獣人会』の取材もある。赤司はいつも通り場慣れした調子で答えていた。
 影の薄いてっちゃんは忘れられてる――と思いきや。
「テツくーん!」
 桃井サンがてっちゃんに抱き着いた。あんなに影が薄いのに、オレはともかく、桃井サンはよくてっちゃんを見つけられるなー。オレがその疑問を口にすると、
「愛の力よ!」
 と、得意げに威張られた。てっちゃんはタイガが好きみたいだけど。オレもホークアイのおかげでてっちゃんの存在はちゃんと掴めるけれど。でも、てっちゃんの存在を的確に掴むことのできる人達は実は少数派らしい。リコさんだってたまに忘れるもんな。
「桃井さん、黒子さん、仲がいいのは宜しいのですが、そういうのも控えてください」
 うーん、さすが天下のMHK。折り目正しいと言うか、何と言うか――。
 近藤サンなら間違いなく、食いついてたとこだな、きっと――。
 そうそう。オレ達はこの短期間で随分有名人になった。イケメンと言うので雑誌記者も来た。でも、やっぱりオレは芸能人になる気はない。
 水森の気が知れないよ。尤も、水森もこの間、テレビより舞台の方が好きなんだ、ともらしていたが。
 赤司も元々有名だったのが、更に有名になった。あのぐらいまで行くともう、何をしても売名行為と言われない。いや、言ってるヤツもいるのかな。まぁいいや。赤司にとってもどうでもいいことだろうしね。
「おー、皆さん、お疲れ様ー」
「お疲れ様です。木吉さん」
 木吉サンは笑顔でスタッフに手を振った。まるで太陽のような笑顔だ。
「アップやるぞ、てめーら。木吉、お前もだ」
「はいはい」
 日向サンが木吉サンを連れて行く。
「あ、オレも行くっス~」
 と、黄瀬ちゃん。
「笠松センパイも一緒行こ?」
「てめーのスタミナにはついてけねーよ。でもま、真面目に練習しようとすんのはいいことだな」
「どうせカメラが回ってるうちよ」
 リコさんが溜息を吐く。
「あ、バレた?」
「アンタ達の行動パターンくらい読めるようになるわよ。今日は青峰君もちゃんと来てるし」
「あぁ? オレがテレビに出たらマイちゃんも観るかもしれないだろ」
 堀北マイちゃんとオレは数回顔を合わせている。マイちゃんは可愛いし性格も良い。みゃーじさんがみゆみゆのサインを皆に見せびらかしたおかげで、オレは青峰に、
「マイちゃんのサインももらって来い」
 と、脅さ……いやいや、頼まれたのだ。因みに、オレがもらってきたマイちゃんのサインは青峰が家宝にしたらしい。
 そんなに巨乳(マイちゃんは巨乳でも有名なのだ)が好きなら、桃井サンだって巨乳なのに……。
 青峰と桃井サンて、絵になるっつーかまぁ、お似合いだと思うけどな。見てる分にはすっかり夫婦だ。
「あの二人が何故結婚しないのか謎なのだよ」
 と、他人の恋愛模様には疎い真ちゃんも呟いていた。黄瀬ちゃんの話によると、真ちゃんも恋愛に興味を持つようになったらしい。
「たかおっちのおかげっスね」
 と、その時黄瀬ちゃんがうりうりと肘で突いてきたが、オレには何でオレのおかげなのかさっぱりわからなかった。
 てっちゃんとタイガは今もいい感じらしい。
「カメラ回しまーす。三、二、一、キュー」
 皆、テレビに映っているせいか、気合いが入ってんなー。オレも負けないようにがんばらなくっちゃ。
「真ちゃん!」
 オレは真ちゃんにパスを回す。真ちゃんの3Pシュートが決まる。この瞬間は誰もが息を飲む。
 でも、鉄壁のコントロールだなぁ、流石オレの真ちゃん。
 ――オレの真ちゃんって言っていいんだよね。自分の心の声に、かずなり、ちょっと照れてまーす。
「何をしているのだよ。かずなり」
 真ちゃんが怪訝そうにこちらを見る。
「……にゃんでもない……」
「たかおくーん、頑張って!」
「たかお君、ちゃんとやって!」
 大勢の女子の間から、桃井サンとリコさんが檄を飛ばす。二人とも可愛いから、悪い気分はしない。ポイズンクッキングも似た者同士な女の子達ではあるが。
 あ、てっちゃんにボール取られた。てっちゃんのパスってえげつないからにゃあ。タイガにボールが渡る。タイガもしっかりダンクを決める。
「ふん。あんなダンク、サルでもできるのだよ」
 真ちゃんが憎まれ口を叩く。サルはバスケをしないと思うけど。でも、サルの獣人はするよな、うん。
「オレは虎だ! サルじゃねぇ!」
 タイガは頭に来ているようだ。つか、この辺ちょっと妙にデジャヴるものがあるんだけど――。
「お前の知能は虎並なのだよ」
 真ちゃん、密かにディスる。タイガが頭を掻いた。
「え? そうか? ははは……」
 ――タイガ、皮肉られてるよ。真ちゃんが薄く笑っている。
「火神君、馬鹿にされてます」
 てっちゃんが口を出す。
「おい、テツ。あいつらほっとこーぜ」と、青峰。
「そうですね」
「今度はオレにパス回せよ。テツ」
「わかりました。火神君と協力するんですね。青峰君」
「……ま、あいつの腕前は認めてやるからさ」
 タイガと青峰はプレイスタイルがというか何というか――存在自体反則だ! てっちゃんもだけど! 
 でも、こっちには真ちゃんと黄瀬ちゃんがいるもんねー。
 ……真ちゃんはともかく、黄瀬ちゃんはあまり頼りにならないような気がするのは何故だろうねー……。黄瀬ちゃんはキセキの技コピーできるから最強のはずなんだけどねー……。
「オレも3Pシュートっス!」
 黄瀬ちゃんがゴールを決める。周りの女子達が黄色い声を上げる。黄瀬ちゃんが活躍するといっつもこうだ。ここは編集でカットだな。きっと。
 笠松センパイはいつものようには黄瀬ちゃんを肩パンしない。ただ、すごい目で睨む。
 赤司は肩にジャージをかけたまま偉そうにふんぞり返っている。ムッ君はお菓子をバリバリ。
「次、出るぞ。敦。準備しておけ」
「ふぁ~い」
 赤司の言葉にムッ君はふぁぁ、と欠伸をする。リラックスしているように見えるけど、実はかなり緊張しているらしい。
「テレビとかそう言うの、興味ないし~」
 とか言いながら、ちらっ、ちらっ、とカメラの方を見るムッ君の視線を見逃すオレではない。――まぁ、カメラが珍しいからというのもあるかもしれないが。

2019.09.21

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