猫獣人たかお 99

「ねぇ、真ちゃん」
「何なのだよ、かずなり――」
 夕飯後のひと時であった。オレは尻尾をぴこぴこさせる。
「あのね――エッチしよ」
 オレがそう言うと、真ちゃんがお茶を噴いた。
「かずなり……そう言うのは、はっきり言うことではないのだよ」
 ふーんだ。真ちゃんだって嫌いではないくせに。それに、真ちゃんも人のことは言えないはず。
 でも、オレは真ちゃんの性奴隷ではない。奴隷は力づくに自由にされるもの。真ちゃんは時々強引だけど、合意の上だしね。
 真ちゃんは眼鏡をかちゃかちゃ言わせている。
「まぁ、そんなに言うなら……付き合ってやらないでもないのだよ」
 真ちゃんがデレる。
「わーい」
「かずなり、シャワーを浴びるのだよ」
「はあい」
 ――真ちゃんとオレとは汗を流した後、ベッドで交わり合った。
 真ちゃんはオレのナイフの傷跡に舌を這わせる。いつもそこを念入りに愛撫するのだ。
 前にオレが、傷跡醜くない?と言ってからいつもそうしてくれている。
「醜くないのだよ――」
 そう言って真ちゃんは傷跡に唇を這わせたのだった。あの時は、それだけでイッてしまった。
 そして今も――イキそうになっている。
「にゃあうん。ちょっと……」
「何だ? 我慢できないか? もうちょっと待ってるのだよ」
「だって……にゃん」
 オレの体はとろとろに蕩けそうだ。
「そんな可愛い声……オレ以外の男の前で出すななのだよ」
「出さないよぉ……」
 だって、そんな機会ないじゃん。
「お前は結構モテるから心配なのだよ」
「真ちゃんだってモテるじゃん」
「オレはモテないのだよ……」
 それは真ちゃんが鈍いからでは――と言おうと思ったけど、止めにした。
 散々交合して、短いピロートークをした後、真ちゃんもオレも眠ってしまった。多分、眠ったのはオレの方が先だったと思う。まぁ、どっちだっていいけどね。

「たかお君、お話があります」
 てっちゃん神様が言った。生真面目な顔で。尤も、てっちゃん神様は人間のてっちゃんと同じで、表情豊かと言う方じゃない。
 それにしても、何だろう、話って。
「――ナッシュ・ゴールド・Jr.が消えました」
「え? 死んだんじゃなく?」
「ええ。跡形もなく。ナッシュも肉体化出来る程の力はもう残ってなかったようですしね。ジャバウォックも解体しましたし」
 そう言ったてっちゃん神様の目がふっと穏やかになった。それでオレはピンと来た。
「――溶けたんだね」
「ええ。山田三郎の中にね」
 山田三郎と仲直り?したのかな。良かった。
「てっちゃん神様はどうしてそんなことを知ってるの? 山田三郎とナッシュの間にどんなやり取りがあったの?」
「秘密です」
 てっちゃん神様がアルカイックスマイルを口元に浮かべた。オレもプライバシーをほじくりたくないから、別にいいけど。オレは肝心なことはわかってるつもりだから。何がどうした、誰がこう言ったなんてことは――ささいなことに過ぎない。
 ――それに、他にちょっと訊いてみたいことができた。
「てっちゃん神様は、オレの妄想ってことはない?」
「さてね」
 てっちゃん神様がふふふ……と笑った。
「何が現実で何がそうでないか――キミにはわかりますか?」
「はい! てっちゃん神様! わかりません!」
 オレははっきり答えた。
「なら、わからないままでいいんですよ。ボクもそう思えるようになりましたから」
「神様も成長するんだね」
「当たり前ですよ。成長する必要がなくなった時――ボクと言う存在は消えるんだと思います」
「ナッシュも?」
「まぁ、あれは本当は消えた、と言うより――いみじくもキミが『溶けた』と言ったように、やはり溶けたんでしょうね……今では山田三郎の一部でしょう」
「悪いヤツだったけど、いなくなった、と聞くと少し寂しいね」
「お人好し過ぎるんだよ、てめーは」
 てっちゃん神様を釣竿で支えながらカガミが言った。
「どうせ存在はいつか消える物です。別の存在に生まれ変わると言う考えもありますが、要するにそれは別の存在で、今ここにある存在ではありませんから」
「――難しいね」
「キミにはわかると思うんですがね。アルジャーノン君」
「にゃあ……その呼び方、やめてよぉ」
「アルジャーノンはお嫌いですか?」
「オレと被るところがあって苦手なんだよ……オレは真ちゃんと死に別れしたくない」
「でも、いつかは、君達も死ぬんですよ。同時に死ぬのは困難でしょう」
 うー。真ちゃんが先に死ぬんでも、オレがこの世に真ちゃんを残して行くのも、どっちも嫌だ。
「うううううう……」
「悩んだって仕方ないでしょう。まだ時間はありますから、思い出たくさん作ってくださいね。人生は長いんですから」
 獣人の寿命は人間と同じくらいらしい。獣人がこの世に現れてからまだそんなに時間は経っていないけど。専門家の話を聞いたことがある。
 今はもう、獣人はそう珍しいものではなくなってきつつある。
「みーくんも生まれ変わるの?」
 オレが話を巻き戻す。
「生まれ変わります」
 てっちゃん神様の目がきらりと光る。
「オレは生まれ変わっても、真ちゃんに会えるかなぁ」
「緑間真太郎君の魂を持つ者には会えるかもしれませんね」
 そっか。そう言う人のことをソウルメイトって言うんだって、本で読んだことがある。真ちゃんは下らん、と一蹴したが。
 真ちゃんて、何であんなに頭固いんだろうね。ガチガチの現実主義者って訳でもないんだろうけど。オレの変身のことについてはどう思ってるのか訊きたいよ。実はオレに合わせている振りをしていて、今でもまだ信じていないとか。
 まぁいいや。それは真ちゃんの問題だ。ったく、真ちゃんめ。おは朝のラッキーアイテムは信じているくせに。不思議体験だって一緒にいっぱいしただろうが~!
「ああ……そろそろ朝ですよ。緑間君を起こしてあげてくださいね」
「――うん」
 てっちゃん神様とカガミの姿がすうっと透明になる。そして――オレは現実に戻って来た。真ちゃんのいる現実に。
 うーん。いい気分で目覚めたぞ。
 真ちゃんは眠っている。眼鏡を外した姿だからあどけなく見える。
「真ちゃん、真ちゃんてば――」
 オレが優しく揺すり起こす。
「ん……かずなり……あ!」
「何? 真ちゃん」
「験を担ぐのを忘れていたのだよ」
「いいじゃん、別に」
「良くないのだよ。お前には馬鹿馬鹿しく見えるかもしれないがな」
 ――うん、確かに馬鹿馬鹿しい。
「真ちゃん……」
 オレはぴとっと真ちゃんの広くて逞しい背中にくっつく。
「真ちゃんを襲う災難はオレが全部追い払ってやるよ。オレが真ちゃんのラッキーアイテムになるからさ」
 真ちゃんは振り返った後、体の位置をずらして、ぽん、とオレの頭に手を遣った。優しい目をしている。そしてこう言った。
「そうか――かずなりがラッキーアイテムか。そいつは確かに心強いのだよ」

2019.10.06

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