猫獣人たかお 92

「佐倉さーん」
「あ、高尾君に緑間君。そっちの人は宮地さん? 浅井さんから話は聞いたよ」
「初めまして」
「僕がいるから大丈夫だよ。――宮地さん、打ち合わせする時間はないけどいいよね? 君のキャラを浅井さんが気に入ったんだから。いつも通りにしていてくれていいから」
「はい」
 佐倉サンは大丈夫って言ったけど、本当に大丈夫かにゃあ……。
 みゃーじサン、キレやすいし、いっつも『轢くぞ、木村の軽トラで』とか言う人だし……。
「真ちゃん……」
 オレは何か気になって真ちゃんの方を見た。
「心配いらないのだよ、かずなり。宮地先輩はこう見えてもちゃんとTPOは弁えている人なのだよ」
 だといいけど……。
「じゃ、緑間君も高尾君もメイクに入って。宮地さんもいいかな」
「はい」
 みゃーじサンはいつもより何となく大人しい。現場の雰囲気に呑まれているのかもしれない。早く元気にならないかな。
 ――あっ!
「みゃーじサン、みゆみゆサンいるよ、ほら、みゆみゆ!」
 ドルオタはマッハのスピードでみゆみゆサンの方に駆け寄った。
「あ、みゆみゆですか? 初めまして。オレ、宮地清志と言います。高尾と緑間の先輩です。今度『ゴールデンスタジオ』に出させていただくことになりまして――」
「初めまして。学校の高尾君て、どんなですか~?」
「皆から慕われてますよ。ああいう性格だし」
「高尾君には、宮地さんのようないい先輩がいるんですね」
「いやいやあはは」
 みゃーじサンが照れ笑いをしていると。
「ちょっとみゆき、時間ないんだぞ」
 マネージャーらしき人が声をかけた。
「呼ばれちゃったから、またね」
 そう言うとみゆみゆはその場を離れた。
 ――みゃーじサンはぼーっと突っ立っていた。
「みゃーじサン、みゃーじサン」
「はっ」
 オレの呼びかけでみゃーじさんは物思いから覚めたようだった。
「オレ、本物のみゆみゆに会っちゃったんだなぁ……」
 みゃーじさんはぷるぷると震えて感激している。
「生で見るよりよっぽど可愛い……」
 うん。オレも初めて会った時はそう思った。顔も整っているし小さいし。まぁ、オレにとっては真ちゃんの方が可愛いけど。
「オレ、死んでもいい……」
「死んだらダメですよ。宮地先輩」
 真ちゃんがツッコんだ。
「あのなぁ、緑間。物の例えと言うのを知らんのか?」
 と、宮地先輩。
「それぐらいは知ってますよ」
 あ、真ちゃん、ちょっとムカッと来た?
「おいおい、おめーら。早くメイクしてもらえ。さっさと動け」
 浅井サンが言った。あっ、そうだ。この人誰かに似てんなぁとずっと思ってたけど、みゃーじサンに似てるんだ。流石に『轢くぞ』とは言わないけれど。
「んだとこの……」
 危ない! みゃーじサンがキレそうだ! 浅井サンは悪い人じゃないけど、口は悪いからな……。
「宮地先輩、ここは抑えてください」
 真ちゃんが止めに入ろうとする。
「おい、緑間、高尾、宮地君。今日は俺がマネージャー代わりだ。宜しく頼むな」
 いつの間にかオレと真ちゃんは呼び捨てにされている。でも、浅井サンは水森のことも『涼』って呼んでるしな。
「――わかりました」
 みゃーじサンはこらえた。みゃーじサン、エライ! みゃーじサン、大人!
 まぁ、真ちゃんなら、
「どんな言葉遣いされようとも目上の人には敬意を払うのだよ」
 と、言いそうなもんだが。
 メイクしてもらってカメリハが終わって、いざ収録本番!

「どうも。今日もまた『ゴールデンスタジオ』の時間がやって参りました。佐倉光です。隣りにいるのはみゆみゆこと林みゆきちゃん」
「林みゆきです。こんばんは」
「そして、今日も、今ネットで話題の緑間真太郎さんと高尾和成さんに来ていただきました。『ゴールデンスタジオ』は初めてではないですよね」
「ええ……」
「皆さん宜しく。イェイ!」
 オレは近藤サンからは普段通りやれと言われたので、普段通りやっている。真ちゃんはさっきぺこっと会釈をした。
「そして今日は何と! 高尾君と緑間君の先輩、宮地清志さんに来ていただきました! 拍手~」
 パチパチパチ。
「初めまして。宮地清志です」
「それからお馴染、中高生に大人気の水森涼君にも来てもらいましたよ」
「こんばんは」
「早速ですが宮地さんに質問。高尾君と緑間君の先輩として、後輩のお二人はどんな感じですか?」
「いいヤツらですよ。緑間は人事を尽くして天命を待ってますし、高尾は、ほら、あれだ、ムードメーカーの役割を担っているし」
「へぇ……そう言えば、高尾君を見てると和むと言う意見が沢山届いてますけど――みゆみゆもそう言ってたよね」
「はい! 高尾君、可愛いです! 後でサインしてくださいね」
「みゆみゆサン……」
 みゃーじサンがこっちを睨んでるんですけど……怖いんですけど……。
「佐倉さん、宮地先輩もみゆみゆの大ファンなんですけど」
 真ちゃん、ナイスフォロー! グッジョブ!」
「そうなんですか? 嬉しいです」
「後でオレにもサインください。じゃ、本題に戻ってください」
「君が仕切るなっての」
 笑いながらの佐倉サンのツッコミが入る。みゃーじサンも笑う。お客さん達も。お客さんの笑いは指示されての物ではない。『ゴールデンスタジオ』は自然ぽさが売りだから。
「水森君や高尾君など、人気者の獣人も増えて来たけど、水森君どう思ってる?」
「んー、今の時代に生まれて良かったと思います。その、オレなんかでもテレビで演技ができるようになったし」
「そんなにいいもんでもないよ。獣人と言うだけで虐待されたり危ない目に遭ったり――」
「かずなり!」
 真ちゃんが叫ぶ。知らんもんね。オレは水森のような偽善者がいっとう嫌いだ。
「高尾君は正直ですね」
 佐倉サンが動じずに言う。
「ええ。こいつは正直です。正直過ぎて時々轢いてやろうかと思いますよ。木村の軽トラで」
 みゃーじサン、おっかない……。みゆみゆに関する恨みがまだ残ってんのかな。佐倉サンが訊いた。
「木村さんと言う人は?」
「木村青果店という果物屋の跡取り息子です。あの男もみゆみゆのファンですね」
「うれし~」
 みゆみゆがにこっと笑った。笑うとますます可愛くなる。流石アイドル。まぁ、笑顔でいるのがいいのは、老若男女関係ないけどね。そう、オレ達獣人も。
「宮地サンはバスケやられてるんでしたっけ」
「ええ。そこでも先輩ですよ。教えてもらうことがいっぱいありますそうだよな。かずなり」
 真ちゃんが口を開く。オレはピーカンスマイルで「うん!」と答えた。
「先輩として教えることは何もないけどな。特にこいつ――緑間の才能は化けモン級だから」
「化け物とは失礼なのだよ。いくら宮地先輩でも……」
「それだけ強いってことだよ。緑間と高尾がタッグを組めば最強だとオレは思ってるぜ」
「宮地先輩……」

2019.07.18

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