猫獣人たかお 90

「さて、明日もがんばろう。これからも張り切って学業に励むのだよ」
 オレは、
「にゃあ」
 と、返事をした。
「何事も人事を尽くさねばならないのだよ。当然、夜の営みもそのひとつなのだよ」
 交尾にまで人事を尽くさなくても――。
 真ちゃんの座右の銘は『人事を尽くして天命を待つ』。でもちょっと人事の尽くし方を間違えているような気がするのはオレだけかにゃあ……。
 どうせ流されればこっちのものなんだから。
 オレと真ちゃんは唇に唇を合わせた。
「んっ」
 オレが真ちゃんの濃厚なキスにぷはっと息を吐く。だいぶ慣れてきたけどね。オレ達。
 真ちゃんは淡泊に見えて結構エッチだ。オレもそんな真ちゃんが嫌いではない。オレも……結構エッチだし。
 一戦で抑えようと思ったのに、四回戦までしてしまった。オレはちょっとへろへろになってそのまま寝てしまった。
 大好きだよ、真ちゃん……ずっとこの幸せが続けばいいのに……。

「相変わらずラブラブですね」
 おわっ! てっちゃん神様! ――ってことはここは夢の中かぁ……。
「真ちゃんは?」
「ぐっすりお休み中です」
 そうだよねぇ、出すモン出してすっきりしたんだもんねぇ。
「てっちゃん神様、何か用?」
 因みにカガミもいる。
「君にはいろいろ世話になっているから、そのお礼にと思って」
「それだけ?」
「いけませんか?」
「いや……もっとあるのかと……」
「そうですねぇ……未来がいろいろと変わって来ているということをお知らせしたいと思いまして。でも、これだけは肝に銘じてください」
「何?」
「どんな未来でも、未来は明るいものだと信じること」
 未来は明るいもの……未来は未だ来ぬ明日……。
「葉奈子さんや水森さんに会えたのも、未来が変わってきているからです」
 うーん、葉奈子さんはともかく、水森はなぁ……。
 てっちゃん神様がくすっと笑った。
「不服そうですね。たかお君」
「うん」
「正直でよろしいですね。これからも沢山の仲間達――そして、場合によっては敵になるかもしれない人とも会うかもしれません。でも、希望を捨てないでくださいね。どんな時も」
「うん」
「ボク達はそろそろ行きます。それでは」
「はーい。バイバイ」
「さようなら」
 ――気が付くと朝だった。
「かずなり、かずなり……」
 あ、真ちゃんだぁ。オレは笑った。てっちゃん神様も好きだけど、真ちゃんの方がもっと好きだにゃあ。
「大丈夫か? そのう……昨日、激し過ぎたか?」
「……うん。ちょっと腰が痛いかな」
 でも、これは幸せの痛み。
「学校、行けるか?」
 真ちゃんは責任を感じているようだった。いつもだったらずる休みなんて許さない真ちゃんも、今ここでオレが「休みたい」と言ったら折れそうな感じだった。
 でも……オレ、学校も好きだから――。
「真ちゃん。朝ごはん終ったら学校行こ」
 そう言って起き上がった。
「そろそろおは朝の時間なのだよ」
 おは朝はいつものスタジオにいつものメンバーで、自分達があそこにいたこともあるとは到底信じ難かった。
 真ちゃんはラッキーアイテムのコーナーを熱心に見つめていた。今日のラッキーアイテムは信楽焼きのストラップ。
 んなもんどこにあるんだと思っていたが、真ちゃんに死角はなかった。ちゃんと用意してあった。特に、信楽焼き関係は。――流石だ。

 学校へ行くと、ちょっとした騒ぎになった。
(見てー。緑間さんと高尾君よ)
(あいつら……マジでここの生徒だったんだな)
 写真を撮られるのも、動画のモデルにされるのも、初めはちょっと楽しかったが、慣れるとうっとうしい。
 あー、あれ、SNSとかいうヤツにアップされんのかなぁー……。
 芸能人という人達はよく我慢できるよなぁ……。
 これでも、オレ達はバスケ部の朝練に来たのだから、まだまだ人が少ない方なんだ。
「真ちゃん……」
「しっ。堂々としているのだよ」
「――そだね」
 オレがバスケ部の部室へ行くと――。
「よぉ、緑間。たかお」
「みゃーじサン! おはようございまっす!」
「おー、たかおはいつも元気だな」
 みゃーじサンが撫でてくれる。にゃふふ。
「どうしたんですか? 宮地先輩」
 あれ? 真ちゃん妬いてる?
「あ、そうだ。テレビ局でみゆみゆサンに会ったよ」
「えっ?! マジ?!」
 みゃーじサンがオレの話に食いついた。みゆみゆサンはみゃーじサンの推しメンなんだって。
「うん。楽屋にも行った」
「たかお! その話もっと詳しく!」
「――とても綺麗な部屋だったよ。いい匂いもした」
「くーっ、羨ましい」
 みゃーじサンは拳を握って悔しそうなポーズを取る。
「オレ、みゆみゆサンと握手したし、お話もしたし、色紙ももらったよ。ほら」
 オレはみゆみゆサン直筆のサイン色紙をみゃーじサンに手渡した。
「あ、あんがと……っ! 今、幸せだ……」
 みゃーじサンは震えてる。どしてかな。
 まぁ、オレだってみゃーじサンの気持ちは少しわかる気がするけどね。オレには好きな芸能人はいないけど、いたらこんな感じなかのかなって思う。
「この色紙は一生の宝にするぞ!」
「宮地先輩……」
 真ちゃんが呆れたような声を出した。
「――まぁいいや。行くぞ、かずなり」
「うん」
「高尾」
「あ、マー坊。おはようございます」
「マー坊ね……」
 マー坊――中谷教授は笑いを堪えた顔で言った。注意しないのはもう諦めたかららしい。
「早速走り込みなのだよ」
「あっ、待って真ちゃん」
「その前に――教授、獣人会の方はどうなってますか?」
「参ったよ。教授会もその話で持ち切りでねぇ……。会員制にしたのは正解かもしれんが、それでも入りたいという人達がわんさかいるらしい。相田は忙しいから桃井が仕切っているが……」
 まさかこんな大事になるとは思わなかったよ――そう言ったマー坊がほんの少し嬉しげに見えたのはオレの気のせいだけではないはず。

2019.06.23

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