猫獣人たかお 88

「あ、緑間君、高尾君」
 葉奈子さんは長い髪をおろしていた。
「葉奈子さーん」
 俺は手を振った。真ちゃんが言った。
「山田……」
「――来ちゃった。えへへ」
「どうしてここに」
「私、獣人会に入ろうと思って、赤司君に電話したの。そしたら、君と話したいから迎え寄越すって」
「涼とも会わせたかったからね。葉奈子には黙ってたけど」
「もうー。こんなサプライズ嬉し過ぎるんだからぁ」
 葉奈子さんが笑っている。良かった。すっかり明るくなったんだね。ありがとう、みーくん。
「みーくんの為に、私も頑張るから」
「葉奈子……早く精神の病を治せ」
「――わかってるわ。赤司君。薬もちゃんと飲んでるもの」
 そう言って葉奈子さんはVサインをした。こういうキャラだったんだ、葉奈子さん……。
 オレは体がうずうずし出した。そして――。
「葉奈子さーん!」
 オレは葉奈子さんに抱き着いた。
「あらあら」
 そう言いながらも葉奈子さんも満更でもなさそうだ。にゃんにゃん。
「おい」
 ドスの効いた低い声。言わずと知れた真ちゃんだ。
「かずなり――葉奈子が迷惑している。離れろ」
 真ちゃんはオレを葉奈子さんから引き剥がそうとする。ふーんだ。真ちゃんはオレじゃなくて葉奈子さんに妬いてるんだよね。オレ、知ってるんだ。
「私は別に迷惑じゃないんだけど……」
「葉奈子さん……!」
「こら、いい加減葉奈子から離れろ、かずなり」
「やだも~ん」
「真太郎、かずなり、痴話喧嘩は他でやって欲しいものなのだが」
「これのどこが痴話喧嘩に見える!」
 オレも真ちゃんと同じ意見なんだけどねぇ……。そうか……他人には痴話喧嘩に見えるか。
「私も獣人会に入会する為にやって来ましたの。ここって会員制なんでしょ?」
「ああ。最初は来る者拒まずの姿勢だったんだが、ちょっと騒ぎが起きてしまってね」
 獣人会に関する騒ぎがあったのか。知らなかった。
 まぁ、仕方ないと言えば仕方ないか。リーダーは赤司財閥の御曹司……あれ? それともリコさんだったっけ?
「相田さんという方に訊いてみたら、赤司さんの許可が下りればいいって」
「その話はリコから聞いてる。連絡が入って来た」
「それで――迎えを寄越すって言ってくれたの」
 オレんところにも迎えが来たよ。というか――。
「赤司、アンタのところ、運転手何人いるの?」
「常時動けるのは三台くらいかな」
 赤司が考え込んでいる。何それスゲー。タクシー会社開けるじゃん。
 儲かると思うんだけど、赤司んところはもう既に超お金持ちだもんな。
 真ちゃんの実家もお金持ちだし、お金はあるところにはある。『金は天下の回り物』だなんて嘘だ。
 人間の諺には不可解な部分も多いにゃあ……。
「山田葉奈子。君には入会する資格がある。だが誓ってくれ。もう、かずなりにしたような獣人虐待はしないと」
「わかってるわ」
「獣人虐待か――もう山田さんはそんなことしないよね」
 と、水森。
「ええ。私にも獣人の恋人がいるから」
「みきお君のことだね」
「ええ」
「あの再現VTRはいつ見ても泣けるよ。『ゴールデンスタジオ』でも歴代十位以内に入る視聴率だったらしいし」
 シチョウリツ? 何それ美味しいの?
 ――なんてね。視聴率ぐらいオレにだってわかる。テレビ屋さんが上げよう上げようと目の色変えてるあれのことでしょ?
 テレビ局のスタッフってみんな大変そうだもんなぁ。芸能人は舞台も重要だけど、テレビも重要みたいだからにゃあ。
「再現VTRで葉奈子とみきおが別れるシーンは瞬間視聴率29.8パーセントを記録したらしいものな」
 すごいじゃん! 今、テレビ離れが深刻化している中でその数字は奇跡だよ。皆インターネットで情報得ているもんな。オレだってそうだし。
 まぁ、今はメールとか凄過ぎてパソコン封印している状態なんだけど。
 真ちゃんはスマホを持っている。真ちゃんは今、その辺から情報を得ているらしい。
 オレもスマホを持っている。真ちゃんが買ってくれた。だいぶ重宝している。ありがと、真ちゃん。
「ケーキ、葉奈子も食べるか?」
「ええ。いただきます。本当は私、ケーキ大好きなの」
 そう言って葉奈子さんが可憐に笑う。以前オレを虐めてた女とは思えないにゃあ。
 やっぱりみーくんの力は大きいな……。
「美味しい……」
 一口食べて葉奈子さんの口元が綻ぶ。
「うちのパティシエが作った自慢のケーキだよ」
 パティシエ……赤司ん家にはそんなのもいるんだ。何か――僻みを通り越してただただ感心。
「君達ももう一つ食べて行くかい?」
「勿論!」
「もらいたいのだよ」
 同時に言った真ちゃんとオレは顔を見合わせて笑った。
「やっぱり獣人も飼い主に似るんだね」
 赤司が笑う。
「にゃあ?」
「オレはかずなりの飼い主ではない」
「にゃあ……」
 そっか……オレは真ちゃんの飼い猫じゃないんだ……落ち込んで尻尾がへたる。
「かずなりはその……恋人なのだよ」
「真ちゃん!」
 オレは真ちゃんの頬を舐める。
「こら。かずなり、止すのだよ」
「にゃあ」
「お熱いことだな。僕もいつか光樹と――」
 赤司がふふふ、と笑う。赤司は降旗のどこが気に入ったんだろう。降旗は本当に赤司に振り向いてんだろうか。どうも、こればかりは赤司の独り相撲のような気がする。
 どうでもいいっちゃどうでもいいんだけどね。赤司も友達だから――。
「水森君」
 葉奈子さんが言う。
「はい」
「――病院ではいつも水森君の活躍観てたわ。それで、そのう……サイン貰えると嬉しいんだけど。これに」
 葉奈子さんは手帳を渡した。
「粗末な物で悪いんだけど」
「わかりました」
 水森が嬉しそうに言う。あれは営業スマイルとか、そういうものではないな。その辺の嗅覚はオレは発達してるんだ。
「僕も――山田さんにサインを貰いたいんだけど」
「あら、私のサインなんて何の価値もないわよ」
「そんなことありません!」
 水森が力説する。
「山田さんは今、オレ達の間で大人気なんです! 可愛いし強いし――何より父親に背いてまで正義を貫こうとする姿勢が立派だと評判なんです! 山田さんのサインを貰ったと言ったら、皆で取り合い合戦が始まりますよ!」

2019.05.30

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